女王の陣営
「―――ッとぉ……!!」
拠点へと続く最後の曲がり角を蹴飛ばして、行く先にまだ見慣れない妙な造りの城への道が開けた瞬間。思わず気が抜けてしまい、僅かにブレた体勢を慌てて取り繕い着地―――否、着水する。
いやはや、水が、ヤベぇ。
現実と相違無いレベルの服が張り付く不快感に加えて、濡れた分の重量加算がアバター操作の勘をエグめに乱してくるのが始末に負えない。
対トラ吉のラストとか、派手に決めるべく勢いで水中に飛び込んだのを秒で後悔したものよ。衣装には爆速機動でも脱げたりしない状態固定の補助効果が備わっているため、傍から見る分には伝わらないだろうが……
いやもう、フードの中は地獄絵図だったよ。二度とやらん。
まあ一応そこはゲームというか、水から上がって数十秒もすれば乾いてくれるのが救いっちゃ救い……と、それはさておき。
「まず一つ、だな……」
まあ序列持ち一人と引き換えなら、これ以上は無い特大のプラスだろう。
【蒼天の揃え・上衣】の袖口に隠れた飾り気の無い青色のアームレット、その片方を指先で砕く。
さすれば、装備者の意思を汲み取って容易く粉々になった装飾品は水を思わせる薄青の魔力光へと姿を変え―――起動から延々と暴走を続けていた【赤より紅き灼熱の輝琰】を封じ込めるように包み込んだ。
封じ込めるように―――というか、事実として封印なんだよなぁ……この俺専用ぶっ壊れ神アクセサリー、起こしたら最後こうして封じるか死ぬまで効果が永続するというハンドメイド呪物と化してるから……
もっと上手いやりようはあるらしいが、突貫仕様となってしまったのは事前依頼に思い至れなかった俺のせい=完全なる自業自得である。
僅かな時間でニアは本当によくやってくれたもんだよ……と、そうこうして拍焔を鎮めた俺が顔を上げれば、前方から歩いてくる黒い影が一つ。
「お、行くのか?」
「オーダーがまとまったからね」
数字だけを見るならば序列は一番下。そして本人が言うには年齢も「間違いなく」一番下らしい少年―――テトラだが……これまでの振る舞いを顧みると、俺の中では『余裕』という点で割と十席の中でも上位にいたりする。
気安いながらにどこか泰然とした雰囲気が崩れないというか……簡単に言えば、謎の頼もしさがあるのだ。
「こっちも随分盛り上がってたよ―――おつかれ、先輩」
そんな少年が擦れ違いざま、そこは子供っぽい笑みを浮かべて片手を上げる。その『先輩』呼びだけは、いつまで経っても違和感が薄れない訳だが―――
「サンキュー先輩―――テトラも頑張れ」
「任せなよ。まあ先輩の思う頑張るとは、きっと方向性が違うけどね」
打ち合わせた手をヒラヒラ振って、水滴の一つも飛ばさず静かにその身体が宙へと舞い上がる。そして迷路の壁面へと向かったのであろう少年のアバターは……
「……序列持ちは、ビックリ人間だらけだ」
フッと空中でその姿を掻き消し―――存在感も気配も何もかもを、俺の目の前から消失させた。
緊張の抜けた頭でボケッと数秒視線を送った後、首を戻して正面を向けば……今か今かと、俺こと【曲芸師】を待ち構える防衛班プレイヤー達の姿。
その最奥には満足げな顔で仁王立ちしているゴッサンに、傍らでピョンピョン跳ねている小っこいのその一。
更にその横で静かに立っている小っこいのその二と目が合い、
「はは……ですよねぇ」
その水色の瞳に浮かぶ労いと僅かばかりの興奮―――そして特大の憐れみを読み取った俺は、分かりきっていた未来に溜息を吐き出す。
諦めて一歩踏み出せば、すぐに近場のプレイヤー達が我先にと集まり始めて……その顔に浮かぶのは、溢れんばかりの興奮と好奇心だ。
二歩、三歩で早々に覚悟を決めた俺は、
「あー……―――質問は、一人ひとつずつで宜しくどうぞ」
必殺のバイトスマイルを貼り付けて、並み居る味方の軍勢へと挑み掛かった。
フード被ってるからスマイル意味無くない?
◇◆◇◆◇
―――四柱戦争開始から、早々に一時間が経過した。
ある一点を除けば、早々に序列称号保持者が一人脱落したという異常事の他には目立った動きは起きていない。
そしてその「ある一点」―――これまでに出現、及び再出現した『柱』の全てを……南北合計の三十本全てを悉く破壊されているという現状が、仮想世界と現実世界それぞれで盛り上がりを提供しているであろう事は想像に難くないだろう。
実際、こちら側では早々に一般プレイヤーvs【曲芸師】の全力鬼ごっこが火蓋を切り、柱周辺を基点にそこかしこで大騒ぎが起きている様子だ。
なおその戦績はといえば、この瞬間も得点が更新され続けるスコアボードが詳らかにしており―――
一位:イスティア 3655P
二位:ノルタリア 302P
三位:ソートアルム 75P
四位:ヴェストール 0P
今戦争の得点役である同盟陣営と比較して、スコア差は優に12倍強。言うまでもなく、過去に例の無い異常事態も異常事態である。
何より堪らないのが、かの【曲芸師】を討ち取らない限りは戦争終了までその勢いが止まらないだろうという事実。
となれば、いつまでも手を拱いている訳にはいかない。
初めから想定していた決着方法にポイントの多寡が関係無いとはいえ、こうも好き放題にやられっ放しでは陣営の沽券にも関わってくるからだ。
「―――想定していた中では、最悪の部類です」
南陣営ソートアルムの戦時拠点内部にて。
床から生えたバラバラの椅子やソファに腰を下ろした六つの影が顔を突き合わせる中、口を開いた【侍女】の声音は冷静な表情に似合わず微かに苦いものだった。
「直接見てないからあれだが……まあ、大言吐いたウチの二位が逃げ帰ってきたくらいだしなぁ」
「ダサいのは自覚してるからヤメてくれるー?」
スコアボードを眺めつつ、腕組みして呆れたように笑っていたオーリンが横目を向ければ……出動の折に「勢い余ってやっちゃったら―――」などと宣っていたユニが不貞腐れたように睨み返す。
「ヘレナさんの言う通り、最悪も最悪だよアレ。流石に一方的にやられる気は無いけど、多分よん……三割で事故ると思うよ」
「四割って言いかけたよね?」
「あーフジもうるさいうるさい―――全く、本当にイスティアはイスティアだよ。アレのどこが九位だってのさ、間違いなく序列上位並みじゃんか」
「ちなみに俺なら勝率どんなもんだ?」
「オーリンは無理。相性悪すぎ、百負ける」
歯に衣着せようぜ……と青年が苦笑いを浮かべる中、手を挙げたフジ―――南陣営序列四位【全自動】が、ヘレナに視線を合わせる。
「話を聞く限りだけど、僕は相性が良さそうだ。相手をしてみようか?」
話を聞く限り、件の曲芸師は敏捷特化の回避アタッカーに分類されるスタイルだ。加えてその脚が「過剰」なんて言葉では生温い「超過々剰」であると言うならば、その他のステータス―――おそらく、耐久力に関しては『無』に等しいのではないだろうか。
敏捷特化の低耐久……それが極端であればあるほど、とりもなおさず【全自動】のメインターゲットだ。
当然の推理から、自身の有利を確信しての提言。しかし彼にとっては意外な事に、ヘレナは首を横に振った。
「一対一に持ち込めるのであれば、おそらく貴方に絶対的な分があるでしょう―――ですがここまで明確にエースとして運用している以上、その天敵となる相手へのリソースは初めから割いているはず」
「はぁ……まあやっぱり、彼が来ますか」
「そういや今回は暴れてないね、犯罪ステルス爆撃お姉さん」
「チラホラ雛世の姐さんにやられたって報告はあるが……って事は【不死】とは別行動。あっちは最悪、お前だけをターゲットにして潜んでるまであるな」
そうまで言われてしまえばと、色濃い苦笑を浮かべてフジは手を引っ込めた。
かの黒尽くめの少年と相対する事があれば、文字通り何も出来ずに落とされてしまう。彼自身、それを認めているが故の納得。
「そしたら結局、当初の予定通り―――勝ちの目は、拠点制圧だけか」
「はい。苦肉の策ですが、仕方ありません」
話の本題へと入ったオーリンの言葉に、ヘレナは静かに頷いて、
「業腹ですが、『父』のリークは大袈裟ではなかったようです。今回の戦争は柱取りでは勝負になりません。ですから……皆さん、覚悟は良いですね」
普段は怜悧な光を宿すその瞳が、「自分はもう諦めた」とでも言わんばかりにゆっくりと閉じられる。
「戦闘狂集団へ―――総力戦を仕掛けます」
南陣営の実情あれこれ、長いので次話と合わせて前後編。