戦果重畳
―――不意に鳴り響いた、大鐘の音。
階段に腰掛けて目を閉じていた『彼女』が顔を上げ、城外を見渡せる大きな天窓へと視線を向ければ……その目に映るのは、煌々と天へ昇る金色の光柱。
『柱』の破壊演出よりも、更に大仰な戦果の狼煙。それは即ち、序列称号保持者の何者かが落とされたことを意味していた。
僅かばかり目を瞠って、次いでシステムクロックの時刻を見やり更なる驚きを得る。四柱戦争開始から、まだほんの十分程度しか経っていない。
ウィンドウを展開してスコアボードを呼び出してみれば、四陣営―――西を除いた三陣営で唯一既に得点を重ねているイスティアの欄には、『1200』という異常の数値が表示されていた。
ざわり、込み上げた何かを抑え付ける。
勝手に期待して、裏切られ、また勝手に落胆する―――そんなことを、もう何度繰り返したか分からない。
期待なんて、するものではない。自分はただ、待っているべきなのだ。
「―――……行かないのー?」
起こしかけた身を再び手摺に預け直せば、幼げな声はすぐ傍から。階段から生えた大きなソファに寝そべっている少女が、淡紫色の長い長い髪の奥で眠そうな眼を擦りながら問う。
「ええ、行かない」
答えを返し、再び目を閉じた彼女を暫く眺めてから―――問いかけた少女もまた、寝惚け眼に瞼を下ろす。
紅の城郭に、静かな吐息がただ二つ。
戦場の喧騒は、まだ遥か遠くにあった。
◇◆◇◆◇
これまでを振り返れば、プレイヤーとの戦いというやつは毎度のこと「戦闘!⇒勝利!!⇒喝采!!!」がデフォルトだった。
何故も何もなく、悉く一戦完結の舞台だったのだから当然である―――さて、そこをいくと今回の勝負……今まさに決着と相成ったvs【大虎】は戦闘⇒勝利と来て、次はどうなるか?
固唾を飲んで俺達のタイマンを見守っていたプレイヤーの数は、ざっと七十人超。そしてほぼ真っ二つに分かれて並んでいる彼らは陣営を異にする東、或いは南北同盟の戦士たちであり……この場は言うまでもなく、戦場の真只中である。
さあここでクエスチョンだ。タイガー☆ラッキーこと【大虎】が撃破され、《強制交戦》のフィールドが解除された今。
次の瞬間に巻き起こるであろう『声』は、如何なるものか?
A.1 歓声 A.2 罵声 A.3 怒声 A.4 何かもう色んな感情の入り混じった絶叫。
ちょっと簡単過ぎたかな?―――答えは、全部だ。
「「「「「―――――――――――――――ッッッ!!!!!」」」」」
『坊主ッ!!』
「わぁってるッ!!」
足元に落ちた【早緑月】の鞘を拾い上げ、即座にその場から飛び退る―――瞬間、殺到するは投擲物や魔法の雨霰。
南北のプレイヤー達にしてみれば、戦闘を終えたばかりで疲弊している可能性が高い序列持ち(残りHP一割)が目の前にいる状況だ。機を逃さんと仕掛けてくるのは至極当然のこと。
そらもう、誰だってそうするだろうよ。さすれば、俺が取るべき行動は、
「―――あと頼んだ!!」
「―――頼まれたよッ!!」
俺と入れ替わるように部隊を率いて前へ躍り出たロッタと手を打ち合わせ、味方陣営の集団へと潜り込む。
「ナイスファイトッ!!」
「あんたパネェわ!!」
「マジGGッ!」
「惚れたぜNinthぅ!!」
そう口々に称賛の言葉を置いては駆けていく御先達の面々に、流石に口の端が緩むのは誤魔化せないまま―――
『ったく……―――クソ上出来だ馬鹿野郎が。一旦戻って休め、ハル』
「了解ッ!!」
東陣営の部隊を擦り抜け、未だ効果の続く―――というか、効果を中断する事が出来ない【赤より紅き灼熱の輝琰】の恩恵をそのままに、加速の過程を踏み倒す脚がアバターを宙へと弾き出す。
……と、何となく『予感』を感じて、右手を真直ぐ横に伸ばしサムズアップ。
仮に振り返ったところで、この速度域では視認なんて出来やしないが―――後を任せた友人もきっと、似たような事をしている気がしたから。
◇◆◇◆◇
「―――……まあ、うん。所感はそんなところかな?」
『分かりました。追わない、という事ですね』
「だねぇ。トラみたく相性ゲーでボコられはしないだろうけど、流石にアレ相手に事故率ゼロは厳しそうだからねー」
『僅かでもリスクがあるのなら、その判断が正しいでしょう―――では帰還を。あなたの出番は、まだ先です』
「ま、だよね。りょーかい」
開戦直後―――まず間違いなく本戦争に於ける第一ハイライトとなるであろう、ド派手な一幕が繰り広げられた通路。曲がり角からその様子を観察していた小柄な少年が、念話越しの指令に従い踵を返す。
「あー、と……ここはどうしよっか? 片付けてく?」
その折、少年―――【重戦車】はまた足を止めて首だけで振り返り、腰に提げた短剣の柄へと手を掛けるが、
『必要ありません』
「ん、おっけー」
悩む素振りも無い即答。そしてそれを予期していた彼もまた素直に頷いて、柄から手を離して歩みを再開する。
そう、柱の一本や二本―――それどころか、この十分足らずで行われた『一掃』が、あと何度行われようが。
今回の四柱戦争では、どれだけ莫大な数を積み上げようとも……得点など何の意味も持たないことが、初めから決定付けられているのだから。
示し合わせもせずに背中を向け合ったまま同じポーズを交わすとかいう激エモ案件。
なお片方が爆速で離脱して行ったせいで本人達を含めて誰も気付けない。