曲芸師
「―――ッハ、ええ重さや!!」
交錯、そして激突。交わった紅刃と十文字の槍先が激しいエフェクトの光芒を散らして、足元で水面が弾け飛ぶほどの衝撃が互いのアバターに奔り抜ける。
「問題無く楽しめそうやな―――ほな行くでッ!!」
クイと巧みに流されそうになった右腕を引き戻せば、タイ―――トラ吉のギラついた眼差しが照準するのは、俺の顔面ド真ん中。
頭を傾け見開いた目の至近距離を十文字の横刃が突き抜け、
「ッ!!」
―――ない。
コンマのコンマ、ビタリと静止した刃を認識するよりも早く直感で膝を折れば、直角に軌道を変えた槍先が大鎌の如く直前まで頭のあった位置を食い破っていった。
否、現在完了形ではない。【大虎】の連撃は始まったばかり。
二本の持ち手が見惚れるような流麗さで駆け巡り、二メートルを超える長物が生きているかのように自在に動く。
スイングの勢いのまま回転して跳ね上がってきた石突が頬を掠め、一歩下がった俺へ追撃に踏み込んだその手から放たれるは、点の軌道ゆえ見切りの困難な目にも止まらぬ三段突き。
しかしそれら全てを視認して叩き落とせば、今度は叩き落とされた勢いを利用して槍全体が縦に回転。黒い旋風が吹き荒れるキルゾーンから再び一歩距離を取り―――再度の連突を打ち払う。
「オイコラ見えとんのか!?」
「あぁ、見えてるよッ!!」
一連のラッシュを一つ残らず捌いて見せた俺に、思わずと言った様子でトラ吉が目を瞠る。言葉を繰る内も止まらぬ槍撃をいなしながら、俺の脳裏に浮かぶのは唯一つ灰色の姿だ。
比べてしまうのは失礼かもしれないが、勝負の世界ゆえに致し方無し。
この半月、俺が誰と向き合い続けていたかなど知る由も無いだろう彼には悪いが―――既に対人戦に於ける俺の基準は、かの剣聖その人なのだ。
彼女の方が速い。
彼女の方が重い。
彼女の方が鋭い。
ならばその『師』に食らい付けるまでに至った今の俺が、如何な序列持ち相手と言えど―――かの一閃に劣る刃を、見切れぬ道理など無し!!
「ッ……ぬ、お!?」
五段突きの締めで再び鎌と化して襲い掛かった十字の刃を、左に喚び出した【輪転の廻盾】が受け止める。更にはそのままグルリと手首を返して刃元を掴み取り―――オラ逃がす訳ねえだろ!
右手の【兎短刀・刃螺紅楽群】を真上に放り投げ、代わりに喚び出すは【愚者の牙剥刀】の黒刃。
「《瞬間転速》ッ!!」
弾ける赤雷、欠け落ちる生命。そして手にするは、道理の超越。
《瞬間転速》というスキルは、ヒットポイントを代償に加速の過程を省略する―――そしてそれは何も、脚に限った話ではない。
ゼロから百で出力されたAGIが爆発的に点火し、盾を握り込んだ左手が振りかぶりも何もかもを捨て置くままに最高速度の拳撃を成す。
迸った拳突は果たして、束縛を振り払わんと暴れる寸前だった長槍を勢いよく弾き飛ばし―――得物を手放さなかったのは流石の一言だが、歪んだその顔が告げている。
好機、ここにアリってなぁッ!!
エンジンの連続点火。再度のトリガーで《瞬間転速》を続けざまに起動して上へ跳躍―――っと行き過ぎだ切り替え跳躍!!
上から下へ跳ね返るような軌道を描きつつ頭上を取った俺に対して、未だ衝撃の余波に流される大虎はそれでも強引に槍を引き戻して構えを取ろうとするも、
「【刃螺紅楽群―――」
悪いが、立て直しの隙なんてやらねえよ。
「―――小兎刀】ォッ!!」
黒小刀と入れ替わりに掴み取った【兎短刀・刃螺紅楽群】が紅光を放ち、落下する俺の眼前に召喚されるはスロープの如き短剣の並び。
《フリップストローク》は既に発動されている―――ならば後は落ちるままに撫でるだけだ。
目を剥いて迎撃に挑む奴は……あぁいや、それは流石に流石だわ。
苦し紛れながらも、その体捌きは紛れもない超一流。幾つかの刃は身体を掠めながらも、紅弾の雨霰を【大虎】は最小の傷で凌ぎ切り―――そこへ襲い掛かるは、本命の我が身。
「《ウェアールウィンド》ッ!!」
身体を取り巻く風を唸らせ、引き絞るは盾を構えた左手。
「ッんの、調子に―――」
そして更に、
「乗んなやぁッ!!」
起動するは《トレンプル・スライド》の進化スキル―――《ブレス・モーメント》。
かの軽戦士御用達便利スキルが成長を遂げたこのユニークスキルは、極シンプルに有能だった前身と比較して「特大のメリット」と「特大のデメリット」を内包するに至った。
まずデメリットに関しては単純明快、クールタイムが何倍にも長くなってしまった点。二十秒程度だった進化前に比べて、《ブレス・モーメント》の再使用待機時間は二分を超える。考え無しの連発は出来なくなってしまったという事だ。
ただし、それを差し引いてもなお有り余る特大―――否、超特大のメリット。
このスキルは前身の《トレンプル・スライド》と同様の高速機動にて、起動者のアバターを半径五メートル以内の任意の場所へと送り届けてくれる。
そう、例えば―――突き出される刃を自動で掻い潜り、敵対者の真後ろへ……とかな?
「なにッ―――」
不可視の力に運ばれるまま。グニャリと宙で落下軌道を変えた俺に、渾身の反撃をすかされた【大虎】は反応出来ない。
その、ガラ空きの背中へ。
「リリース」
引き絞ったままの左手を突き込み―――着弾と同時、その拳に宿した暴風を解き放つ。
「がっ……!?」
弾き飛ばされ、声を上げながらも、驚異的なガッツで水を跳ね飛ばしつつ制動した奴が―――振り向く先に、俺はもういない。
「懐がガラ空きだぞ」
「―――クッ……ソ!!」
下向けられた瞳に焦りが滲むのを見とめながら、
「リリース」
その腹へと当てた右掌から、二発目の暴風が撃ち出される。
再度の苦悶、そして宙へ浮いたそのアバターは―――特大の衝撃効果を伴う『暴発』効果を立て続けに喰らい、明らかな強制硬直に絡め取られていた。
そして俺は止まらない―――《瞬間転速》。
跳躍、そして切り替え跳躍。左手に喚び出した【白欠の直剣】を足場に宙を駆け、右に喚ぶは紅蓮の長槍。
《ブリンクスイッチ》、《コンボアクセラレート》、そして特殊称号【曲芸師】の効果が重なり合い、武器切り替えのクールタイムなどもはや無いようなもの。
足場の生産には事欠かない。《ブリンクスイッチ》―――向かうは無防備極まる、その背中!!
一撃で沈められるほど甘くはなく、また大得物のスイングを許して貰えるほど『暴発』のスタン効果は長引かない。
最速で駆け抜け、ぶち込むべきは継戦の為の一手。
STR:300、AGI:350のステータスから繰り出された石突の刺突が、【大虎】の背中ド真ん中へと突き立ち―――獲物を捉えてヒットストップの生じた【魔煌角槍・紅蓮奮】に先んじて落下する身のまま……
槍から離した左手に喚び出すは、【愚者の牙剥刀】。
そして、叫ぶ。
「―――《瞬間転速》ッ!!!」
敵と共に宙へ遊んだ槍を握り込む右手、右腕が再点火。
突き込んだ魔煌角の欠片を捻じ込むように、赤雷の迸る腕が道理を蹴飛ばして―――
「がッ―――っはぁ……ッ!!?」
満ち満ちた水を、通路の床が露わになるほどまで吹き飛ばす勢いで。
叩き付けられた【大虎】を磔にするかの如く突き立った石突の逆側―――屹立した【魔煌角槍・紅蓮奮】の刃元で輝く大紅布が、その戦果を示さんばかりに機嫌良くはためいた。
見さらせ世界、これが【曲芸師】だ。