集う視線
「―――これマジ?」
天へ打ち上がる五本目の光の柱を眺めながら、少年が呟く。
「開幕二分でスコア500はヤバいでしょ……例の【曲芸師】の仕業かなー」
「だろうな」
水路に対応した再編成も恙無く終わり、順次部隊を送り出していた南陣営。一先ず「様子見」を告げられてプレイヤー達の背中を見送るオーリン他二名は、得体の知れない東の九位が作り出したであろう状況に苦笑いを禁じ得ない。
「……これ、ペース的にさぁ」
「うん、全部取られるだろうねぇ……南北五本ずつ、合計1000ポイントのリードかぁ。稀に見る分かり易い逆境だ」
「いや、稀にも見ないでしょこんなの」
少年とフジが言葉を交わす中、オーリンが背後の気配へと振り返れば……三人と同じように、しかし落ち着き払った顔のまま立ち昇る六本目を見守るヘレナの姿。
「どう見る?」
オーリンが視線と共に言葉を送れば、彼女は光柱を見つめるままにモノクルの奥で瞳を僅かに細める。
「推測通り、件のプレイヤーによるものでしょう。【剣聖】が気紛れで表舞台に復帰したのでもない限り、こんな芸当の出来る者はいません」
勿論、それは東の序列持ちに対する侮りなどではない。敏捷に特化したプレイヤーが不在であったという、あくまでも事実に基づいた客観的な評価だ。
それをヘレナが口にすれば、長身の青年が頬を引き攣らせて見せた。
「それはなにか、新たな九位は『彼女』並だと?」
「そうだとするならば、序列上位には入っているでしょう。そうでなくとも、力と速さを併せ持った存在ではあるようですが」
―――七本目。破壊の狼煙は止まる所を知らない。
「大物には違いないってか……―――で、対応は?」
ヘレナが―――『女王』が、意識を向けている。それはつまり、アレをこのまま野放しにするつもりは無いという事だ。
「ユニ」
「うん?―――お、出番かな」
声を掛けられた少年―――ユニが振り向いて如何を問えば、彼女は頷き、
「偵察に向かってください。エリア内の状況が詳しく知りたいです」
「OK。アレの方はどうする?」
―――八本目。もはや驚きも薄れてきたそれを示せば、ヘレナは「任せます」と信を預ける。
「あなたの判断で動いてください。エンカウントするようであれば、それも良しです―――ただし、強駒を序盤で失う事は許容出来ません」
「はは、それもOK。ちゃんと帰ってくるから安心してよ」
娯楽志向が強い少年へ念を押すような視線を、ユニは軽く笑って受け流して……
「お姫様も、何だかんだ興味があるみたいだけど」
確かめるように腰へ提げた短剣の柄を握りつつ、『王』の待機する城へと視線を投げかけた彼は、
「勢い余ってやっちゃったら、謝るの手伝ってよね」
―――南陣営序列第二位、【重戦車】は子供のように無邪気に微笑んだ。
◇◆◇◆◇
「九本目ェ!?」
「うっそだろマジでさぁッ!!」
「一周回って笑えて来るわ」
「草生やしてる場合じゃねえんだわ! せめてラス一死守するぞ急げぇ!!」
巨大な四角形の迷路北側。マップ情報の共有もそこそこに泡を食って戦場へと繰り出してきた北陣営ノルタリアのプレイヤー達は、まさしく阿鼻叫喚といった様で水を蹴飛ばし進軍していた。
開幕五分足らずで、南五本と北四本の『柱』が倒された―――言うまでも無く、前代未聞の異常事態である。
ちなみに、なぜ倒された柱の内訳が分かっているのか……それはとりもなおさず、現在部隊の向かう先にノルタリアの陣営カラーである青の柱が屹立しているのを目視できているからだ。
四柱戦争でフィールドに出現する『柱』の数は、各陣営ごとに参戦している序列持ちの人数とイコール。そして何度か前の戦争から、南北同盟からの序列持ち参戦は各五人ずつの計十人が基本となっている。
理由は単純。それ以上に増やしてしまうと、戦力増強と柱という弱点の増加とでデメリットが勝ってしまうせいだ。
最初から最後まで一本残らず守り切れるのであれば問題無いが、逆に一本でも倒されてしまえば待ち受けるのは泥沼。
多くの柱へ防衛を割いた上で無理矢理捻出した部隊でもって、息つく暇もなくランダム位置に再出現する『柱』を追いかけ回すハメになってしまう。
なお、攻める側となる東陣営は当然の精強部隊。負け戦一直線である。
「―――とりあえず、間に合うたな」
立て続けに九本もの柱を破壊してのけた存在の手は、最後の十本目には届かず。周囲へ展開したプレイヤーが防御陣を構築する様を眺める一人の青年が、訛りの強い言葉を零した。
「俺らはこの場で待機っすかね、トラさん?」
「おう。奴さんが来るかどうか分からんが、気い張っときや」
「了解っす」
三パーティ連結十八名の指揮を執る部隊長に指示を預け、青年は長尺の槍をクルリと手の内で弄びながら陣の前へと歩み出る。
「【曲芸師】か……おもろいやないか」
水路に石突を叩き付け、お手本のような仁王立ち。
「―――来るならきいや、怪物めが」
果たして、彼の言葉に呼応した訳では無いだろうが。
何ともなしに睨め付けた通路の突き当り―――霞むような速度で躍り出たのは、白蒼の姿。此方を見とめたのか咄嗟に急ブレーキをかけたそのプレイヤーは、盛大に水を跳ね上げながら着地して……
数十メートル離れた位置。面を上げたソイツは目深に被ったフードの闇の奥から、ジッと青年へと視線を飛ばしてきた。
◇◆◇◆◇
「あー……ゴッサン悪い、全部は無理だった」
『何が悪いってんだアホたれ。望外の戦果だぞ、調子に乗りやがれ』
「調子に乗れなんて言われたのは初めてだわ」
急制動から視線を向けた先、十本目の柱は既に防衛態勢が敷かれていた。プレイヤーの人数はざっと二十人近く―――加えてその先頭、陣地から離れた位置に佇むのは見覚えのある顔。
「……で、こっちに関しては運が悪いというか何というか―――エンカウントってやつだな」
そう口にすれば、耳の奥……いや、頭の奥? 意識の向こう側で、《念話》スキルによって繋げられたゴッサンがおふざけを引っ込める気配が伝わってくる。
『誰か分かるか?』
「分かる―――北の七位だ」
『【大虎】か……』
詰め込み程度の知識ではある。それでも各陣営の序列称号保持者の称号と顔、凡その戦闘スタイルくらいは頭に入れてきた。
北陣営序列第七位【大虎】―――長槍を操る、ゴリゴリの純武闘派だ。
『捕捉されてる状況か?』
「気付かれてはいる。囲まれてるわけじゃないから、離脱は出来るぞ」
俺の役割はあくまでも柱の破壊役。序列持ちに加えて防衛網を敷いているプレイヤー達に正面から挑む暇があれば、既に破壊した柱の再出現に備えておく方が良い。
それはまあ、分かってる。
『なら良しだ。離脱しろ』
ゴッサンの指示も当然のもの。昨日のミーティングで約束した通り、俺の方も要らぬ口答えをする気は更々無い。
―――例え、悠々と此方へ歩み寄ってきている【大虎】が、意図を読むまでもない戦意に満ちた瞳を向けてきているとて、
「……なあゴッサン」
俺はせいぜい、逆らうではなく提案程度に抑える所存だ。
「勝てるって言ったら、やるのはアリか?」
『―――……』
五メートル先で、青年が足を止める。
此方が司令塔と連絡を取っているのは察しているのだろうが、手を出してくるような気配は無い。
『……おい坊主、マジで言ってんだな?』
「あんま怖い声を出さないでくれ。アリなら有用な提案かと思って、一応訊いてみただけだよ」
ついでに、この距離からでも問題無く逃げ遂せる自信も―――否、確信もある。
これは思い付きの戯言ではなく、あくまで冷静に思考した上での提言であり……
『―――分かった』
果たして、その意思表示は通され。
『吠えた以上、負けは許さん―――ピエロになるんじゃねえぞ、ハル』
《念話》の向こうに大将の笑みを感じ取り、預けられた信頼は深く胸に熱を宿す。
「問題無い。負けねえよ」
わざと聞こえるように嘯いた台詞は、当然ながら【大虎】へと届き、
「聞こえてんで、生意気もんが」
ノルタリア序列七位―――イスティアもかくやと言った戦闘狂で知られる青年は、称号に違わぬ獰猛な笑みを顔一杯に浮かべて鼻を鳴らした。
キャラの増加が止まらないけど頑張って付いて来て……!!
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