神造遊技場
四柱戦争の舞台となる大規模フィールドは、仮想世界唯一の大祭が開かれる度にその様相をガラリと変える。その変化は全体の広さや迷路エリアの構造だけに留まらず、内包する環境にまで及ぶのが通例だ。
時に草原、時に荒地、時に森林……また時には、溶岩溢れる極限の死地。
正確な名称は存在せず、単に「戦争の舞台」や「戦時フィールド」などと呼ばれるそれは―――この世界の住人たち曰く、女神が用意した遊技場。
『彼女』が稀人達のお祭り騒ぎを鑑賞する為だけに創られた、無数の星の輝きにより照らされた異次元空間。
そして天を覆わんばかりに巨大な月の下、雲間に浮かぶ十字の孤島。
少し突いただけで謎に満ちた情報が溢れるその存在は、熱心な考察勢にとっては尽きぬ欲を満たす話題の宝庫―――しかしながら、実際にその場へ赴く者達にとっては……
「―――うわぁ……」
「いやー……」
「ナニコレ」
「女神様さぁ……」
場合によっては心の底から「ふざけんな」と叫びたくなるほどに、理不尽な苦難を強いてくる予測不能エリアともなり得る訳で。
―――南陣営、【富裕】のソートアルム。
戦場に同期した城内部から次々とプレイヤー達が吐き出され……そんな彼らの表情が片っ端から様々な形に歪んでいく。
言うまでもなく、ネガティブな感情を原因としてだ。
「こりゃまた……今回は特に荒れそうだな」
一般プレイヤー達に遅れて、五つの影が姿を現す。
そのうち身の丈ほどの大剣を背に引っ提げた長身の青年が、苦笑いを零しつつ見据える先。拠点となる城から迷路エリアへと伸びる、長い通路を染め上げているのは―――星空。
否、星空を映す一面の水だ。
「水没フィールド……いや浸水フィールド? 何にせよ、考える事が多そうだねぇ」
長身の青年の隣に顔を出したのは、ローブ姿で痩身の男性。通路ではなく『水路』と言う他ないその有様を見て、彼もまた同じく苦笑いを浮かべ目を細める。
「これさー……編成見直した方が良くない? 表面だけじゃなくて、わりと深そうだよ」
遠くを見るのに手を翳し、早くも水路に足を突っ込んで確認を始めているプレイヤー達を観察していたのは小柄な少年。
腰に二本の短剣を提げた彼は、バシャバシャと派手に打ち上がっている水飛沫を見て「うへぇ」と顔を顰めていた。
「とりあえず、軽戦士は常時特大のデバフ喰らったようなもんでしょ。俺でも100%では動けないと思うよアレ」
「魔法士も有利不利が強く出そうだね……火炎系主体のプレイヤーは厳しいだろうし、水と氷は大暴れしそうだ」
「だな……―――で、どうするよ? お姫様方」
と、それぞれに意見を口にした男性陣が振り返る先には、二人の女性。
ソートアルム元第十位【侍女】―――或いは、女王様ことヘレナ。
そして第一位、仮想世界最強の【剣ノ女王】―――或いは、お姫様ことアイリス。
片や怜悧な、片や穏やかな……というよりも、単に感情が乏しいだけの無表情。色味は違えど揃って澄まし顔を見せる彼女たちは、互いに顔を見合わせて、
「……ヘレナ、よろしく」
「かしこまりました」
意思の疎通に要する言葉は、ただそれだけ。
踵を返し、当然のように城の中へと戻っていく『王』を咎める者はいない。
「猶予時間の内に部隊の再編成を行います。オーリン、フジ、各班のリーダーを集めてください」
「あいよ」
「すぐに」
【侍女】の伝令。オーリンと呼ばれた長身の青年、フジと呼ばれた痩身の男性は弾かれたように動き出し―――
「例の奴には会いに行かなくて良いのー?」
残った少年が、彼にも指示が下るより早く疑問の声を投げかける。
輝きのエフェクトを幻視するような、眩いばかりの青銀。長い髪を背に揺らす【剣ノ女王】は少年の言葉に立ち止まり、僅かばかり振り返って―――
「……初めから私が出て行ったら」
微かに覗いた横顔に映る感情は、どこまでも平坦で。
その透き通るような声音には、
「―――何も起こらない内に、終わってしまうかもしれないもの」
どこか寂しげな冷たさだけが、込められていた。
短い……ので、時間があれば夜にもう一本。