戦場へ
―――東陣営戦時拠点【異層の地底城-ルヴァレスト-】―――
「パーティ組み急げ!! さっさと合流済ませて最終確認しとけよー!!」
「ウチの支援職が行方不明なんだが!?」
「斥候各位はこっちに集合ー!! オラさっさ集まれやご自慢のAGIは飾りか貴様らァッ!!」
「編成終わった防衛班はとりあえずゾウさんかダックさんのとこ行け!! 順番に指示仰いで各自待機ー!!」
「ミカ君ちょっと来て!! 私んとこのリーダー、奥さんが急病とかで来れないかもしんない!!」
「おいマジか……!? 後でフォロー行くから、とりあえず遊撃B班はヘンゼルが面倒見とけ!!」
「嘘でしょボクぅ!?」
「ゲンコツさんいなくね?」
「なんッ……ちょっと連絡取れる人! ゲンさんに鬼電してきて寝てるかもしれないッ!!」
「はーもう東は毎回毎回……! この辺は南北を見習った方が良いんじゃないかなぁ!?」
「………………」
「どうよ新入り、良い盛り上がりだろ?」
まさしく阿鼻叫喚といった様子で、エントランス内を跳び回る無数のプレイヤー達。総勢三百名に上る陣営最精鋭集団のお祭り騒ぎを無言で眺める青年は、お気楽な大将の言葉に苦笑いを浮かべて頬を引き攣らせた。
「盛り上がり……? いや、賑やかではあるけどさ……」
吹き抜けとなったエントランス上階から下の様子を窺いつつ、目立たぬように柵の影に隠れながら―――期待の新顔こと【曲芸師】は呟きつつ、変な汗を浮かべて服の胸元を掴んでいる。
「流石のお前さんも緊張するか」
「なにが流石なのか分からんけど……選抜戦の前後すら緊張してたの、知ってるだろ?」
無理もないが、いつになく弱々しい様がらしくなくて笑ってしまう。
アレやコレやと無茶苦茶な結果を出してきてはいるものの、メンタルの方はそこまで怪物でもないらしい。
「緊張すんなとは言わんが、無様は無しで頼むぜ?」
「はぁ……まあ、良いとこ見せないとだからなぁ……」
「モテる男は辛いねぇ」
と、いつものように言い返してくるかと思ったが、ハルはむぐっと言葉を詰まらせておかしな顔をして見せた。
「あん? どうかしたか?」
「いや、まあ、別に……」
ははーん?
「なんかあったか」
「いや……」
「なんかあったろ?」
「いやぁ……」
「例のパートナーか? それとも細工師の嬢ちゃんか? ―――おいまさか、ういの奴じゃ」
「―――あぁっとぉ……!! なんかメッセージ来たわ、ちょっと失礼???」
強引に追及を遮り、わざとらしい大仰な身振りで離れていく姿をニヤニヤしながら見送れば、律儀にも肩越しにジロっと睨んでくる。
まだ年寄りというほど生きちゃいないが、ああいう若さに眩しさを感じる程度の歳にはなってしまったようだ。
さておき、どうもフリではなく本当に連絡が来ていたらしい。ウィンドウを開いて何かを確認してからすぐ、思わずと言った様子で気の抜けた笑みを零していた。
「『彼女』か?」
「女性ではある」
戻ってきたところへ揶揄い文句を投げてみれば……どうしたことか、ハルは若干ながら自然体を取り戻したようで。
「チラッと会う予定だった専属魔工師殿と連絡が取れてなかったんだけど、その人から応援メッセージがな」
「あぁ、【遊火人】の嬢ちゃんか」
「そこも周知されてんのかよ……まあ、うん。『頑張りな』って、一言だけ」
「っは、信頼されてるようで何よりじゃねえか」
本当にな、と青年は笑みを零す。その身から緊張が消え失せたわけではないのだろうが……そもそも端から心配などしていない。
思い返すのは、選抜戦第四試合。
ガチガチに固まっていたかと思えば、人が変わったように縦横無尽に暴れ回り―――最後には、不倒の壁を薙ぎ倒して見せた怪物だ。
火蓋が切られさえすれば、勝手にどこまでも駆けていくことだろう。
「んで……このまま待機で良いのか?」
「お前さんはな。俺はそろそろ……っと、ほれ。お呼びが掛かった」
階下から手を振る雛世に視線で応えつつ―――柵に凭れて胡坐をかいているハルに大きなフードをひっ被せ、上から励ますようにバフバフと頭を叩く。
「ま、俺みたくこっぱずかしいスピーチも何もねえんだ。気楽に行けよ、曲芸師」
「……はいはい。了解だよ、総大将殿」
何だかんだ言いつつ、四柱の大舞台を目前にしてこの程度の緊張で済んでいるのなら―――やはり、コイツは大物なのだろう。
そりゃもう、見守る側も不安より期待が勝ってしまうくらいには。
「ついでに、堂々と胸も張っとけや。序列九位に剣聖の弟子―――二つも背負ってる今のお前さんを笑える奴は、そういねえからよ」
「…………そりゃどうも。じゃ、出番になったら呼んでくれ」
「おう―――まあ、そうは言っても」
―――間もなく【四柱戦争】開始時刻です。
「お前さんの出番も、すぐだがな」
―――参加プレイヤーは、各陣営の戦時拠点内で待機してください。
―――間もなく戦時フィールドへの転移を開始します。
―――間もなく戦時フィールドへの転移を開始します。
―――間もなく戦時フィールドへの転移を開始します。
聞き慣れたアナウンスの中、一段一段と階段を降り行く身に視線が集まるのを感じる。もうこれで都合十度目……【総大将】などと呼ばれ始めてからも、九度目の舞台だ。
緊張など、もはや感じる事はない―――されど、
―――転移開始まで、六十秒。
「―――よう、お前ら。準備は良いか?」
つい先程までの馬鹿騒ぎは何処へやら。シンと静まり返ったエントランスホールを、一段高い階段の踊り場から見渡しながら声を響かせる。
―――転移開始まで、五十秒。
雛世を始めとして、それぞれに散っていた十席の面々もゴルドウの下へ集い……その中に先程まで姿の見えなかった第八位の姿を認め、密かに胸を撫で下ろしつつ。
「今回もまあ、堅っ苦しい意思表明は無しだ―――あぁ、いや……正しくは、意思表明はもう挙げちまったからな」
―――転移開始まで、四十秒。
「ここにいる連中は見てねえ奴ばかりだろうが、最近ウチに新顔が入ってなぁ」
―――三十秒。
「俺ぁ言ったのよ―――今度の戦争は、そのとっておきの隠し玉をもって」
―――二十。
「とびっきりの勝利を、くれてやるってな」
―――十。
「まあ……そういう事だ。何が言いてぇかは、分かるよなぁ?」
―――5、4、3、2、
―――1、
「―――いつも通りだ、勝ちに行こうぜ」
緊張など、今更そんなものありはしない。それはもう、この場にいる歴戦のプレイヤー連中のほとんどが同じ事だろう。
されど、この戦前の高揚だけは。
腹の底から滾ってくる熱だけは―――何度この時を繰り返したとて、冷める事は無い。この戦意の熱を失うような奴が、この場に立っている事など、有り得ない。
果たして、告げた宣言に続く声は要らず。
ひりつくような静寂と、身を焦がさんばかりの熱気で満たされたその空間に、
―――戦時フィールドへの転移を実行。
―――これより、【四柱戦争】を開始します。
眩い転移の青光が、迸った。