来たる日、仮想世界にて
―――彼女は困っていた。
今回の件に関しては間違いなく『彼』が悪く、真面目に怒っても良いタイミングだった……というのは疑いようも無いだろう。
………………無い、のだけど。
「手、上げて」
「うん」
特急で用意した追加アクセサリーの最終調整を行いながら、素直に指示に従う青年の顔をチラチラと見ながらニアは激しく動揺していた。
―――落ち込んでる。メッチャクチャ落ち込んでる。
表情にも声音にも明確には出ていないが、その辺りに人一倍敏感な彼女はそれを余さず読み取れてしまう。
「ここ、違和感は?」
「無い。大丈夫」
ほら、声音の奥の奥。いつもの無邪気さというか、取り繕わない感じが薄れている。それから、あまり目を合わせようとしてくれない。
なんだか、また怒られるのに怯えてる子供みたいだ。
昨日の今日である。和解もしたし『お詫びの品』も貰ったけれど……我ながら容赦無しに叱ってしまったという自覚があるため、直後にギクシャクするのも仕方ないのかもしれない。
ないのだけれど、青年の―――ハルの様子が少々予想外というか、彼の事だから寝て起きれば内心はどうあれケロッとした顔を見せるものと思い込んでいた。
「ペンダント、ストリングとチェーンはどっちが良い?」
「どちらでも。任せるよ」
それが、これである。
いつもの軽口など以ての外とでも言わんばかり、此方の機嫌を損ねないよう徹底的に気を遣っているのがバレバレだ。
「はい、そしたらこれで完成。間に合わせだけど、悪くはないと―――」
言ってしまってから即座に後悔。間に合わせとか、事実ではあるけれど口にする必要は無かったから。
「本当に助かった。ありがとう」
と、流石にその辺の取り繕いは上手い。ニアの余計な一言を受け流したフリをしながら、ハルは綺麗に笑って見せて―――
「っむ、ぐ……?」
それがもう大層気に入らなくて、思わず伸ばした両手でその頬を引っ張ってしまった。当然ながら困惑の様子を見せたハルだが……真直ぐ睨み付ければ、分かり易く怯んで目を逸らしてしまう。
―――なにそれ、なんで今更そんな態度取るの?
「ねぇ」
「ふぁんだ? へは、はいひへ……」
「本気で叱られるの、慣れてないんでしょ」
「………………」
―――図星、だったのだろう。合わせてやるつもりなんて無いと「いつも通り」遠慮無しに切り込んでやれば、一瞬ひどく驚いたように目を瞠った後、ハルはバツが悪そうにまた目を逸らした。
そんな事だろうと思った。自分にも似たような経験があるから、何となく彼の内心は読み取れてしまった。
ソラちゃんに叱られている所は見た事あるけど、あの子の場合は本気というよりじゃれ合いみたいなものだったし。
まぁ、深く突っ込むつもりはない。言いたい事は結局―――
「それ、やだ。やめて」
自分が好きになったところを、そんな風に隠さないでほしいというだけ。
「それ……?」
解放された頬を揉みながら首を傾げるハルから、今度はニアの方が顔を背ける。
「なに変な風に気使ってんの。アタシそういうの嫌いだから、余計怒るからね」
「えぇ……」
「……キミならいつも通り素直に受け止めてくれると思ったから、昨日は遠慮無く怒ったの。だから、いつも通りでいてよ」
歩み寄った棚を、意味も無くガサゴソ漁りながら。
「……―――いつも通り、無遠慮にぶつかって来てくれるキミの方が、好き」
やめときゃ良かったと、口に出して一秒で後悔。
そんなの自分こそキャラじゃない。首まで赤くなってしまっているのを自覚して、フードを弄るフリをしながら首元の肌を隠した。
背後からの戸惑いの気配と共に、当たり前のように沈黙が満ちる。振り向くなんて出来っこないから、返事を促す事さえ出来やしない―――
「―――悪い、ありがとう」
と、蹲りそうになっているニアの背中に、苦笑交じりの言葉が届いた。
その声音からは、今日会ってからずっと感じていた違和感は拭われていて……緩んだ己の顔を自覚して、もう本当に振り向けなくなってしまう。
「ん゛……んっ! よろしい! ―――それじゃほら! 暇じゃないんでしょ、さっさと行った行った!」
「この流れで秒で追い出すだと……?」
「ニアちゃんも暇じゃないんですー!! 心配しなくても、今夜はちゃんと現実世界から応援してるから!!」
「いや、なに、急にどうし―――アッハイ出ますお邪魔しましたッ」
振り向かないまま、ガッと掴み上げた宝石の原石を投擲直前の如く掲げて見せれば、背後では慌てて踵を返す気配がして―――
「…………えーと……何がしたいの?」
ドアを開きざま、背中を摘ままれたハルが困惑の声を零すのも、無理はないというもの。ニアとて、自分が一体なにをしたいのかなんて分かっていないのだから。
けれど、今はとりあえず。
「応援、してるから」
「お、おう」
「格好良いとこ、見せてよね」
「………………っは」
ちゃんと伝えるべき事は、おふざけ抜きで伝えないと。
そうしたら、ほら―――
「任せとけよ」
出会ってからずっと、歩みを止めないこの男の子はきっと……本当に格好良いところを、見せてくれるはずだから。
ちょっと短め。
流石にそろそろ察し始めるよね。