来たる日、現実世界にて
「―――春日君?」
「………………」
「もしもーし? はーるーかーくーん?」
「……ん? あっ、なん―――ごめん、なに?」
暫く前から上の空だった青年に声を掛ける。
すぐ傍からの言葉でようやく反応を見せた彼は、慌てた様子で誤魔化すように笑みを浮かべて―――四條楓はそんな様子に膨れるでもなく、むしろ申し訳なさそうに眉を下げて見せた。
「ごめんね、やっぱり迷惑だったかな」
来月からは―――という約束を踏み倒して、四月末のこの日に希を呼び出してしまったのは昼過ぎの事。
日曜日という事もあっていつもの四人で集まっていたのだが、とある話題で盛り上がった末に「やっぱり希も呼べねえかなー」などと俊樹が呟いたのが始まり。
ダメ元で連絡をしたところ、当然ながら初めは断られてしまったのだが―――
「そんな事ないって。夕方までならって言ったのは俺だし」
そう言ってフォローを入れる彼の笑顔は、何というか今日も綺麗だ。
笑い慣れているというか何というか……まだそれが本心からのものなのか作られたものなのか、判断できるほど仲を深められていないのが寂しいところ。
「顔出してくれたのは正直意外で嬉しかったけどよー。夜はマジでダメか? 絶対盛り上がるぞ?」
「悪い、今日の夜だけは本当にマジで無理だ」
と、対面から様子を窺っていた俊樹からの言葉に、希は「これだけは絶対」とばかりに取り付く島もなく断りを入れる。
当初の誘い文句も今日の夜についての事だったが、初めからこの調子。その際「夜だけはどうしても無理」という言葉を翔子がつついた事で、こうして初めて大学の外で会う事が叶った訳だが……
「……ん、どうかした?」
「ううん、なんでもない。アイス、溶けちゃうよ?」
まだまだ本日のメインイベントには遠い、前座の席ではあるものの。
よく足を運ぶカフェの一画に陣取ったいつものメンバーに、こうしてようやく彼が加わってくれた事が素直に嬉しい。自分でも分かってしまうほどニコニコと横顔を見ていたら、不思議そうに首を傾げられてしまった。
気を逸らすように彼の手の中でトッピングが溶け始めているドリンクを指差せば、度々上の空になっている希は「おっと」と思い出したようにスプーンストローを手に取る。
学食ではデザートなんかを食べているところは見た事が無かったけれど……翔子と楓のやりたい放題を真似て注文をしたところを見るに、意外と甘いものは好きなようだ。
アイスを口に入れて一瞬緩んだ頬を誤魔化している様子を目にして、少しだけ「かわいい」と思ってしまった。
「しかしまあ―――俺が声を掛けられたのも、色々と納得したよ。そういう集まりだったんだな」
と、ドリンクとデザートの境界を半ば失っているカップの中身を崩しにかかりながら、希が面々を見回しつつそんな事を言う。
というのも今日のイベント事にお誘いするに当たり、最初に楓が彼に声を掛けた理由の一端もネタばらしがあったからだ。
「あの、ごめんね? 本当に、覗き見ようとしてた訳じゃなくて……」
「分かってる。それに、どっちだって気にしないよ」
それは本当に偶然のこと。ある日の休憩時間中、彼がスマホで剣聖様についてのネット記事を調べていたところを見てしまったから。深く観察せずとも熱心極まるその様子に、『同類』の可能性を感じたからだ。
―――つまりは、自分たちと同じ仮想世界オタクであるという可能性を。
「もっかい言うけど、俺はまだオタクってレベルじゃないからな? あっちの情報に触れるようになってから、まだ二ヶ月ちょっとしか経ってないんだから」
「でも好きなんだろ?」
「それはまあ」
「なら同志。歓迎する」
どこか予防線めいた言葉に俊樹がツッコめば、希は否定する事なく頷いた。それを見て美稀が手を差し出すと、苦笑いと共に握手に応じながらも満更ではない様子。
楓の小学校からの親友は普段握手なんて求めるようなキャラでは無いが、一分野を除けば楓とは比べ物にならないほど重度のアルカディアンだ。
現実世界で趣味の語らいが出来そうな新たな友人は、純粋に大歓迎と言った心持ちなのだろう。楓が翔子と俊樹を紹介した時も、クールぶったまま大層嬉しそうにしていたのを覚えている。
ただ、こと希に関しては美稀よりも自分の方が―――いや、その辺は、まだ確定はしていないのだけれど。
「なおさら残念だよなぁ。用事があるんじゃ仕方ないけど、希だって初の四柱戦争ならリアタイしたかっただろ?」
「………………まあ、それは、そうだな」
「え、どしたの?」
「なんでもない」
歯切れの悪い返答に翔子が首を傾げれば、すぐさま取り繕ったような笑顔を浮かべるが……所々で謎にミステリアスを醸してくるのは、果たして狙っているのだろうか?
そんな事しなくても、十分にみりょ―――
「んぐっ、けほ……!」
「うおっ、ちょ、どうしたっ? 平気か?」
早まった思考に我ながら驚いて噎せ返ってしまう。別に彼の事を恋愛対象として見てはいないが、だからこそ滅多な事を考えるものではない。
驚きながらもすぐさま片手に紙ナプキンを用意して様子を窺ってくる希に、胸を軽く叩きつつ「大丈夫」と笑い返す。
ほら、こうしてスマートに気遣いも出来る……まあ、そういう男の子だから。
あまり浮ついた目で見ていたら、すぐに自分で自分を勘違いしてしまう事だろう。楓としては、それはノーセンキューなのだ。
希がもし自分の望む類の相手だった場合―――色々な意味で、余計な感情の無い対等な友人として付き合えるのが望ましいから。
………………もっとも、傍から此方を観察している三人は、楓のそんな内心など知った事は無いとばかり。希の目が向いていないタイミングを見計らって、何かとニヤニヤした視線を送ってくるのだが。
俊樹と翔子はともかくとして、美稀は酷いと思う。私のとある『情熱』に関しては、誰よりも理解しているくせに。
「まあ……うん。俺は後からアーカイブで、のんびり鑑賞するよ」
「あぁ、それじゃむしろそっちで改めて集まろうぜ? どうせアホみたいな数の視点が配信されんだ、何度も見返したって盛り上がれるだろ」
と、相変わらずニヤニヤを向けてくる翔子と美稀にジト目で応戦している折、俊樹が都合の良い提案をしてくれた。
それはそう。残念ながら目当ての人物が参加する事は無いとはいえ、楓だって四柱戦争が開かれるたびに何度とも知れずアーカイブを漁ったりするものだ。
それはもう、両親に「動画ばかり見ているんじゃない」と怒られてしまう程度には。
他の何物も太刀打ちする事など叶わない、比類無き世界一の娯楽なのだ。少しばかり夢中になってしまうのは、大目に見て欲しいところ。
「皆が良いなら、それこそ俺は喜んで」
楽しみだ―――と、そういう気持ちを希は素直に口にしてくれる。
何から何まで……なんて言えるほど、まだ深く知り合えている訳ではないけれど。色々と好ましい部分の多いこの男の子と、もっと仲良くなれたら良いなと楓は笑みを零す。
そうすれば、目敏い希は「どうかした?」とまた首を傾げて―――なんでもないと言って微笑み返せば、彼はただ不思議そうに眼を瞬かせていた。
二章ラストパート、助走から張り切って参りましょう。
あと女子が男の子に対して抱く「かわいい」はマジのマジで込められる感情が千差万別なので、容易に意図を読み解くのは不可能なものと思え。
※梶沢さんのお名前を美月→美稀に変更。
特に理由は無いのでお気になさらず。