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スリーカード

「相変わらず、こっち・・・は親しみ易さがねぇなあ」


 深い赤を基調とする、どこか重みを感じさせる豪奢な調度。自らの陣営の集会場とは趣の異なる風景を見渡して、金の偉丈夫―――ゴルドウはおどけるようにそう言った。


「―――相変わらずはどっちですか。急に押し掛けてきたと思えば、一言目がそれなの?」


 そんな言葉が向けられた先。東の円卓とは似つかない長卓の最奥の席―――その傍らに控える女性プレイヤーは、非難の意を隠す事もなく彼に冷たい視線を向けていた。


 一房の青銀がアクセントになっている、黒髪のミドルロングウェーブ。同じく黒の瞳は片眼鏡モノクルに彩られ、知的かつやや怜悧な印象を纏っている。


 スラリとした体躯と現実世界のスーツにも似た装いも相まって、誰しも一目で「秘書」という肩書きが思い浮かぶような女性だった。


「お前も相変わらずじゃねえか。何か言う前から冷てぇ目で見やがって」


「この顔は生まれ付きです」


「アバター姿でなぁに言ってんだ」


 ともすれば険悪とも取られそうな、温度も遠慮も薄いやり取り―――が、極めて自然体で向き合うそれぞれの間に漂う雰囲気は、どうあっても棘を持つ事は無い。


「全く……現実むこうの生活は、ちゃんとしてるんでしょうね」


「心配すんな。最近はキッチンを新しくしてよ、自炊だってしてんだぜ?」


「どうせ、焼いて炒めてが精々なんでしょう」


「舐めんな。こないだ煮物をマスターしたとこだ」


 ただ遠慮が無いのではなく、必要が無いだけ。数分も二人のやり取りを見ていれば、誰しもそんな簡単な答えに辿り着く事だろう―――


「……それで」


 もっとも、この場にいるもう一人―――女性が侍る上座……『玉座』に座っている者は、今更そんな風に観察するまでもなく彼らの関係性は理解している。


「何の用なのかしら」


 故に、口を挟む事を躊躇ったりはせず。差し込まれた透き通るような声音に……東陣営イスティア第三位【総大将】ゴルドウ、そして南陣営ソートアルム元第十位・・・・【侍女】ヘレナはじゃれ合いを切り上げた。


「わりぃな、お姫さん。ちょいと明日の戦争に関して、個人的な提案があってな」


 一歩下がり、気配を沈めたヘレナの隣。彼女の主にして、ソートアルムの―――否、この仮想世界における全プレイヤーの王たる【剣ノ女王】、アイリスは首を傾げるでもなく瞬きだけで問いを返す。


 その「続けて?」とでも言わんばかりの鷹揚な態度が、これ以上ないほどにハマっている。自分の半分以下しか生きていない娘に毎度の事ながら気圧されそうになっているのを自覚して、ゴルドウは滲みかける苦笑いを押し殺して口を開いた。


「お前さんの事だから既に興味津々だろうが……明日、ウチの新顔を表に出す」


 ピクリと反応を見せたのは、アイリスではなく傍らのヘレナ。王たる少女はいつも通り、滅多な事ではその表情を動かしたりはしない。


 ただし―――


「もし、戦場で会う事があれば……会いに行くつもりなら―――」


 流石に、続く『提案』にはその芸術品のような鉄面皮も崩れることだろう。そんな事を思いながら思惑を告げれば……果たして、


「…………それ・・に、何の意味があるの?」


 僅かに……本当に極僅かに表情を動かしたアイリスを見て、ゴルドウは己の『提案』が通った事を確信する。


 質問をさせた―――つまり興味を抱かせた時点で、此方の思惑に乗せられたも同然。彼女が何よりも自分の好奇心に率直である事を理解しているヘレナも、椅子の影で小さく溜息を零していた。


「何がどうなるって、確証は無い。が、俺も人を見る目にはそれなりに自信があってな」


 勿体ぶって言葉を切れば、アイリスは焦れるように目を細める。一度興味さえ引いてしまえば、彼女は決して無感情な人間ではない。


 確かな手ごたえを感じながら、ゴルドウは満足げに頷き―――悪い笑みを浮かべた偉丈夫は、まるで宣戦布告の如く言い放った。


「四の五の言わず試してみろよ―――もしかしたら、もしかするかもしれねえぜ?」



 ◇◆◇◆◇



 外から響いてくる車のドアが閉まる音は、予定の時刻通りのこと。


 諸々の支度を既に済ませて寛いでいた身体を持ち上げて、日本の民家には似つかわしくないメイド服を纏った女性―――斎は素早く玄関へと足を向けた。


 彼女の主は、行き過ぎた世話を好む人間ではない。ノブに手を掛けたりはせず、玄関口で大人しく待ち構えていれば……外から鍵が開けられて、一人の男性がドアを開けて入ってくる。


 切り揃えられた黒髪に、整えられた顎髭。男性としてはやや小柄だが、一分の隙も無くスーツを着こなす姿からは身の丈以上の威厳が発せられている。


 四谷よつや徹吾とうご―――夏目なつめいつき雇用主しゅじんであり、何より愛する『お嬢様』の父親だ。


「お帰りなさいませ、旦那様」


「あぁ、ただいま斎君」


 過度な迎えの言葉も、労いの言葉も、互いに欲していない事は分かっている。雇用関係とはいえ、彼らが既に自分を『家族』の一員として扱ってくれている事を、斎もまた理解しているから。


 上着を預かるくらいは許してくれる主人から薄手のコートを預かり、靴を脱ぐ彼の傍らで邪魔にならないように控えている―――と、


「そらは、どうしているかな」


 予想通りではあるが……いの一番に愛娘の様子を気にする父親の姿に、文句などあるはずも無く。


「二時間ほど前に帰られて、お休みになっています」


 相変わらずの家族思いに微笑を滲ませつつそう答え―――転じて、その愛娘そらの状況を思えば笑みは苦みを伴ったものに変わってしまう。


「表には出しませんが、随分と参っていらっしゃいますよ」


「……そうだろうな。可哀想な事をさせてしまっている」


 立場的にもタイミング的にも、どうしようもなかったとは言え……現在、避けようもなく苦と楽に板挟みにされて、心を擦り減らしている少女の様子は正直見ていられなかった。


「ひとまずは、今日の相手・・・・・で最後なのですよね」


「あぁ、最後だ。暫くは全て断りを入れる」


 果たして、何より優先して言質を取っておきたかった言葉を聞けて、斎は顔には出さないまま胸を撫で下ろした。


 良かった。主人と久方ぶりの全面戦争に興じる必要は無さそうだ―――



「―――お父さん?」



 振り返れば、廊下脇の階段から顔を出す少女が一人。


 サラリと流れる黒髪を揺らして玄関を覗き込んでいた彼女は、父親の姿を見つければふわりと顔を綻ばせてパタパタと駆け寄ってきた。


「お帰りなさい。お仕事、お疲れさまです」


「ただいま、そら。ありがとう」


 娘の笑顔と労いなど、何にも勝る活力の源だろう。両手を差し出すそらへ素直に鞄を渡しながら、徹吾は威厳など見る影も無くなるほどに頬を緩めて笑みを零していた。


「今日明日はお家にいられると聞きました。本当ですか?」


「あぁ、本当だとも。明日なんかは、何処にいようとやる事は変わらないからね」


 寄り添い、連れ立ってリビングへと向かう親子から二歩遅れて続く斎は、頻繁に見る事の叶わないその光景を密やかに眺めながら、


「……ふふ」


 自らの心も暖かいもので満たされるのを感じて―――せめて一時の憩いを存分に満喫してもらうべく、自称メイドは気合を入れて職務に臨むのだった。





二章の第二節、これにて了と致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「今日の相手で最後」 ん?何?縁談? これは多分曲芸師がリアルで乗り込んで来てカッコいい所見せる展開ですね(無茶ぶり)。
[一言] ほぼ毎日これ楽しみに生きてるなぁ 頑張って
[一言] これはあれかな。 そらは父親もメイドも望んでいない縁談を何者か(多分うっとうしい親族とか祖父母辺り?)の横やりで無理やり押し付けられてるのかな。
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