ツーペア、護刀と赤色の場合
「…………それで? 結局、特に用事は無かったと思っていいのか?」
「そもそも別に呼び出してないしー」
そう嘯くチビ助に「どの口が」と半眼を向けるが、薄紅の瞳は気にした風もなく此方の視線を受け流す。
壮絶な「構ってメッセージ」を送ってきたかと思えば、これである。わさわざ円卓へ戻って来てやったというのに、ベタリと卓上に身を投げ出したまま起きようとすらしない。
相変わらずの勝手気ままな振る舞いだが……一年半程前に序列入りを果たしてからというもの、先輩に何かとちょっかいをかけられるのはもう慣れ切ってしまった。
―――慣れたというのはつまり、その表情から大体の内心を読み取ることも難しくは無いということで。
「大方、俺たちが殴り合いの喧嘩でもしてないかと心配になったか」
ぞんざいに推測を口にすれば、誤魔化せずピクリと反応を見せる素直な様子に苦笑いを禁じえない。
もうそれなりの付き合いだが、こういうところも何もかも変わらない奴である。
「お前達じゃないんだから、そんな事するわけ無いだろ」
「なにそれ、あたしとリィナちゃんはいつだって仲良しなんですけどー?」
よく言う。まだ知り合って間もない頃、馬鹿みたいな規模の大喧嘩に巻き込まれたことは絶対に忘れられる気がしない。
【ミナリナ大喧嘩】と称してアーカイブにも残ってしまっているのだ。もう少し序列持ちとしての自覚を持って欲しいもので―――まぁ、件の動画は物好きな連中に億再生されているわけで、こういうのも需要はあるのだろうが。
「そのリィナはどこ行ったんだ。お前が脱走するならともかく、あっちがいないのは珍しいな」
「夕飯の支度するってさー。今日は家に誰もいないんだって」
と、他人事のように口にするミィナは―――まあ、実際他人事なのだが。
瓜二つな容姿に、瓜二つな声音。加えて四六時中一緒にいるせいで勘違いされがちだが、コイツらは別に双子でも何でもない訳であるからして。
これでほぼリアルのままというから驚きの一言……いや、現実の方の姿は三年で随分と変わったようだが―――
「お兄さん、どうだったの?」
思考に差し込まれた声音に目を向ければ、卓上で頬を潰しながら顔半分を持ち上げたミィナが此方を見ていた。
「どうと言われてもな……本人の言葉通りだったさ。明日は心配いらないだろう」
そう思うまま返せば―――はて、その腹立たしい「何も分かってねぇコイツ」みたいな顔は何だと言うのか。
「そうじゃなくてさぁ……―――ちゃんと、ういちゃんの『弟子』になれてたの?」
あぁ、そういう話か。
「そうだな…………それも、もう心配いらない」
「そっか」
頷いて見せれば、ミィナは両手を突いて身体を持ち上げ―――
「ようやく、ちゃんと失恋できた?」
などと、戯けた事を宣った。
「はぁ…………何度も言ってるだろ? 俺は先生をそういう目で見たことは―――」
「あーあーそういうのいいから」
何もよくはない。そう反論をしようにも、奴の目は「言い訳なんか聞かないぞ」とばかり鬱陶しげに此方を睨め付けている。
「一目惚れして、勢いのまま同じ世界に飛び込んで、まっすぐそこに向かって会いに行って、生徒になって、夢中になって、並びたくて……で、ひとりぼっちにさせたくなくて、弟子を贈ろうとするくらいには想ってるんでしょ?」
「否定はしないが、それは」
「愛とか恋とか違うなんて、勝手に言ってればいいけどさ―――そのくらい大切にしてるのはそうじゃん。大切な人には違いないじゃんか」
「………………それも、別に否定はしないが」
「あと分かってるから。ういちゃんのこと恋愛的な意味で好きだって事くらい」
「………………」
少々強めに睨みつけても、残念ながら効果は無い。
「正確には、好きだったでしょ。そういうの、あまり女子の目を甘く見ない方が良いんじゃないかなー」
……向けられるその声に、瞳に、僅かでも揶揄いの色があったのなら、まだしもやり易かっただろうに。
適当な振る舞いの仮面を取れば、ともすれば相方よりもひどく生真面目な少女は―――こういう時、いつも此方を逃してくれない。
「…………あぁ……全く」
逃げ場は無いと観念して、椅子に深く座り込んで目を閉じる。軽い身体が床を踏む音がして、背もたれ越しに些細な感触が背中に届いた。
「で……大丈夫?」
「言うまでもない。随分と前に振り切った事だ」
「嫉妬とか、本当に無いの?」
「無い。あったとしても、それ以外で見えなくなる程度の些末なものだよ」
「そっか」
「そうだ」
ハルにも直接伝えた通りだ。全てが本心、引っかかりなど何一つ無い。
「じゃあ、お兄さんに対しては本当に、悔しいとかも無いんだ?」
「何度も言わせるな」
口に出来る答えなど、何度聞かれても変わらないのだから。
「そんなもの無い―――先生に弟子を届けられて、俺は確かに救われたよ」
「………………あっそ」
不服そうなその声は、続く言葉を予感させて、
「嘘つき―――元競技者が、負けて悔しくないわけないじゃん」
あまりにもストレートに胸の内へ踏み込んできた少女に、囲炉裏は怒るでもなく―――ただ、気が抜けた笑いを漏らした。
「……なに笑ってんのさ」
「いや……『女子の目』も、万能じゃないって事さ」
彼女の言う通りだ。口にはしない悔しさなど、目を向ければ実際は止めどなく溢れていることなど自覚している。
だが先も言った通り、期待や感謝や喜びなど―――他のポジティブな感情の方がずっと強いこともまた事実なのだ。
呑み込むことは、苦ではない。
そして、それを決して口にはしない事こそが―――
「男の意地ってやつだよ」
目を開け、誰へともなく不敵に笑い、思い切り格好付けてそう宣えば……
「…………アホくさー」
椅子の向こう側には、呆れたように笑われてしまうのだった。
もう片方との差よ。