ツーペア、曲芸師と藍色の場合
「―――お前は本当に何なの?」
「―――君は本当に何なんだ?」
お互いがお互いへと呆れ果てた声を投げつけたのは、完全に同時の事だった。
というのも、改めての握手を経てまた一つ歩み寄れたからだろう。これまでになく砕けた様子で、囲炉裏の方から「折角だから『別の道』ってやつを見せてやるよ」とまた軽い立ち合いに誘われたのだが……
ついアレやコレやと熱が入ってしまい、最終的にガチの殴り合いになってから数十分後の事。おそらく互いに向けて共通の感情を得た俺達は、こうして半眼を向け合うに至ったというわけで―――
「なぁにが【護刀】だよ……お前そっちが本領じゃねえかこの野郎」
「君こそ【曲芸師】が聞いて呆れるよ。何をどうやって『縮地』の技術を体得したのかと思えば、反則スレスレの力技じゃないか」
「おうこら誰がピエロかブロンド侍」
「おや失礼。鍍金の道化師は人違いだったかな?」
なんっ……どこ情報だよコイツ……!!
―――って、お師匠様以外有り得ないよなぁ? わりとガッツリ俺のことお話していらっしゃいますねぇ……!
「全く……先生以外の『縮地』を見れば何かしら拓けるかと期待したが、それに関しては見当違いだったな。もっと称号に相応しい繊細な技術を身に付けたらどうだ?」
「このッ……よし分かった。今から【螺旋の紅塔】を踏破して《兎疾颯走》を取得して来いや。摺り足が大股一歩に、一歩がジャンプに変わる世界をお前も体験してから言え……!!」
修行が本格化してからというもの、剣聖様の神業的な身体操作を再現しようと努力していた俺の脚を悉く引っ張って―――というか、好き放題に蹴飛ばして邪魔をしてくれたじゃじゃ馬様である。
いや、優秀なスキルだよ。機動力特化のビルドでやっている身としては、神スキルと称しても大袈裟では無いだろう。
が、それはあくまで一定以上の高機動操作を必要とする場合に限った話。細やかな脚捌きを要する繊細な体術を成そうとすれば、このスキルの「踏み込み動作の削減」という効果は途端に極大の足枷となるわけで……
「なんだそれ、ユニークか?」
「条件取得型の特殊パッシブだ。適当なステップ系のスキルを覚えた状態で、あの殺人兎の楽園を駆け抜ければ取得できるぞ」
「常時発動型……っは、遠慮しとくよ。《延歩》が変化でもしたら困る」
コイツ……!! 人の苦悩を鼻で笑いやが―――
「おぁ?」
「うん?」
と、つい遠慮無しにヒートアップしそうになる俺を諫めるかのようなタイミングで、メッセージの通知音が頭に響いた。
同時に声を漏らした囲炉裏を見ると、奴も何やら俺から視線を逸らしている。
チラと向けられた横目と視線が合えば……肩を竦めてシステムウィンドウを開いた囲炉裏に続いて、俺もとりあえずは其方を確認してしまう事にした。
はてさて誰から―――ん……? あ? え、なんだ?
何でこの子いきなりキレ気味なの???
「あー、とぉ……? ちょ、っと……悪い、用事が出来たっぽいから、とりあえず今日はこの辺で……」
突如送られてきた、勢いと怒りが十割みたいな文面から顔を上げれば―――おや、囲炉裏も何やら形容し難い顔で眉根を寄せているではないか。
「……奇遇だな。俺も、良く分からないけど用事が出来たみたいだ」
何となく顔を見合わせて、良く分からないまま俺達は互いに察した。
―――あぁ、コイツにもなんか謎のイベントが舞い込んだんだな、と。
◇◆◇◆◇
「―――さて、どうして呼び出されたのかは分かってるのかな?」
「分かりません」
ついでに、有無を言わさずアトリエの床に正座させられている理由も分かりません―――そう素直に首を横に振れば、部屋の主である藍色娘は大層ご立腹な様子で俺を睨みつけてきた。
ソラと同じく、全然怖くない―――とはいかない。こいつ、真面目な顔をしてさえいればそれなりに雰囲気はあるからな……職人としての姿を知っているからか、俺が勝手に凄みを感じてしまうだけかもしれないが。
「………………」
「…………えー……とぉ……」
ジッと此方を見てくるニアは、まるで「本当に分からない?」と圧を掛けてきているようで……まさしく本当に分からない俺としては、気まずいままに視線を受け止めるしかない。
「……四柱、明日だよね?」
「……はい」
「一昨日、服のメンテナンスで顔を出したのは偉いよ。よく忘れずに持ってきました」
「あ、あぁ……ありがとう?」
「ちゃんとカグラさんに装備のメンテも頼んでたんだね―――これ、アタシが預かったから返しとく」
「は、え?」
と、眼前に開いたトレードウィンドウから、問答無用でインベントリに流れ込んでくる武装の数々。それらは一昨日ニアに【蒼天の揃え】のメンテナンスを依頼したタイミングで、専属魔工師殿に預けていた品々で……
「何故わざわざ……明日カグラさんから受け取る予定だったん」
「あのさぁ」
ちょっと待って、怖い。何でそんな平坦な声出してんの怖い!
「武器も防具も、服も万全だねぇ―――で? 他に必要なものは無いのかなぁ?」
「いや、あの……」
ソファに深く腰掛けたまま足を組み、俺を見下ろす……見下ろすというか、もうむしろ見下しているニアは、答えに窮する俺を見てニコリと微笑んだ。
「アタシは何かな?」
「へ?」
「ア タ シ は 何なのかなぁ?」
「…………に、ニアチャン、デス」
ぼふんッ!!
「ひぃッ……!」
傍らから引っ掴んだクッションを自らの膝に叩き付ける暴虐の様に、人生で初レベルのクッソ情けない悲鳴を上げた俺を、これまでにない怒り心頭の様子でニアはキッと睨み付けて―――
「宝、石、細、工、師、でっしょうがぁ!!」
「そうですハイごめんなさいッ!!」
当然ながら「だからどうした」なんて言葉は出てこず、勢いに圧されるままにビシッと背筋を伸ばして肯定を返す俺。そして一言一言の合間に謂れの無い理不尽をクッションへと見舞うニア。
何だコレ。
「君はなに? なんなの? それでこの世界でも最高峰の戦場に何の疑いもなく赴くつもりだったのかなぁ!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 怒ってんのは分かったから、とりあえず落ち着いて順序立てて説明をだな―――」
「身に着けてるアクセサリーは幾つ!?」
「はいぃ!?」
「君が! 装備してる! アクセサリーの数は! 幾つなのかなぁっ!?」
なに、なんっ、数―――髪飾りとブローチと指輪で……!
「み……三つです」
「そっか三つかぁ―――アクセサリーの装備スロットは、七枠あるんですけど?」
「………………」
俺、ここに至り叱られている理由を完全に理解。
「君はさぁ……いつまで戦闘プレイヤーなら皆が当たり前に埋めてる装備枠を、空っぽのまま放っておくつもりだったのかなぁ?」
「………………」
「近くにさー? こんなさー? 君を応援してる可愛い宝石細工師がいるのにさー?」
「………………」
「それともあれかなぁ。巷で噂の超新星様には、ちゃちなアクセサリーなんて必要無いってことで―――」
「分かった……! 分かったから! 素直に悪かったよゴメンって!」
確かにこれは、糾弾されて然るべき完膚なきまでの俺の失態だ。
考えが及ばず、ニアに相談すら持ちかけなかった事は勿論のこと。彼女がこうして呼び付けてくれなければ、俺は無自覚のまま戦争に参加する全プレイヤーに舐めプを働くとかいう大罪を犯すところだった訳で……
頭を下げつつ窺い見れば、頼りにされなかった事が心の底から気に入らなかったのだろう。完全に拗ねてしまった様子の細工師様は、ギュウギュウと絞め殺すかの如くクッションを抱き締めながら頬を膨らませていらっしゃった。
「…………一言、弁解のチャンスをあげる。ハイどうぞ」
「………………」
と、剣聖様の『縮地』もかくやといった難易度のミッションを提示された俺は、たっぷり三十秒近くも悩みに悩み抜いた末―――
「……………………か」
「か?」
「…………肩でも、お揉みしましょうか……?」
―――果たして、ゴミみたいな解答に対する判決は勢いよく顔面に飛んできたクッションが一つ。
「……ばか」
綿の塊越しに聞こえた小さな声は、何と言うか……もう、本当に何と言うかで。
最終的に俺は唯々諾々と、齢十八にして「何でも言うこと聞く券」なる冗談みたいな代償を支払わされ……今後はもう少し色々と気を配って生きて行こうと、深く心に誓ったのだった。
正直ずっと迷っていたのだけれど、殴り合いはカット。
お披露目はここじゃないと両者に言われた気がしたので……
その分の熱は戦争本番に突っ込みます、ご期待ください。