刃のついでに
転移により導かれた先は、見覚えのある殺風景な空間だった。
物も何も置かれていない真四角の造りで、唯一の特徴は床面に描かれた大きな剣の紋章―――東陣営のシンボルマークのみ。
選抜戦の一番初め、予選の待合所になっていたあの場所だ。
もっとも見た目がそのままというだけで、あの時ほどの広さは無い。精々が「広間」程度のスケールに収まっており、好き勝手に動き回るための空間としてはお誂え向きと言えるだろう。
呼び名は「訓練場」だの「練習部屋」だの統一されていないようだが、各陣営の城―――イスティアで言えば【異層の地底城-ルヴァレスト-】に備わった便利機能の一つである、即時生成型ルームというやつだ。
別に序列持ちだけの特権とかでもなく、普通に一般プレイヤーも利用できる施設であるらしい。設定を弄れば的やら何やらも出せたりするので、戦闘職の多くがお世話になっているのだとか。
……以前からここの存在を知っていれば、通常フィールドで試運転に臨んでアレコレ事故を起こす事も無かっただろう。
大猪にペシャンコにされたりとかな。
「―――さて、それじゃ軽くやろうか」
「あぁ……まあ、それは構わんが」
さておき、ここへ足を運んだのは俺と囲炉裏―――【剣聖】様の『弟子』と『生徒』として、色々と感情や言葉を交わすため……と、最初は思っていたのだが。
俺には推し量れない何かしらの想いを瞳の奥にチラつかせながらも、彼が持ちかけてきたのは「軽い立ち合い」だった。
具体的に言えば、スキルも何もかんも全力全開でやり合う訳では無く、練習試合的なノリで雑談でもしながら時間を潰そう……みたいな体。
正直に言って、いったい何を考えているのやらと俺は困惑していた。
コイツがういさんに対して、言い知れぬ感情を抱えているのは分かりきった事だ。それを踏まえて、彼女の弟子となった俺に何かしら思う所があるだろう事もまた明白。
ぶっちゃけ、分かり易く決闘でも挑まれるのではないかと思っていたのだが……まさか軽い練習試合を御所望とは。
「先生から刀を頂いたんだろう? 慣らすにも、相手がいた方が都合が良いだろ」
と、戸惑っている俺の胸中を読んだ訳では無いだろうが、囲炉裏は自分の刀を抜きつつ尤もらしい事を言って此方を促してくる。
いやまあ、どうあれそれで相手をするつもりではあったが……あれだな、もう余計な気を回すのは止そうか。
単純に時間潰しの交流をお望みとあらば、俺とて気乗りしない訳ではない。
あの【護刀】が相手になってくれるというのなら、この『刀』にとってもこれ以上ない初陣の場であると言えよう。
「そうだな……それじゃ、頼む」
《ブリンクスイッチ》―――【早緑月】。
左手に喚び出すは、師から賜ったばかりの打刀。ずしりとした重みは羽のような軽さの【兎短刀・刃螺紅楽群】などと比べ物にならないのは勿論、オーソドックスな直剣タイプである白欠と比べても倍以上に感じるが……
「――――――……うん」
翠鋼の刃を音高く抜き放ち、柄をしかと握り締めて一振りすれば―――【剣聖】がその手で打った至高の刀は、まさしく右手が延長の如く。
誰かの師となる事を望み続けていた彼女が、今日に備えて「是非」と言って用意してくれたものだ。
弟子に刀を贈る―――これもまた『憧れ』だったのだろうかと思えば、言い表せない感情で胸が満たされてしまう。
……俺も大概、既にお師匠様大好き侍だな。いや、剣聖に師事したとはいえビルド的には侍ではないが。
「……見事だな」
「あぁ、流石だ」
避けようもなく見せ付ける形になってしまったが、これは囲炉裏にとっても敬愛する『先生』の業に違いないわけで……
感嘆の言葉を発する彼と一緒になって、俺は暫しその刀身の輝きに見惚れていた。
◇◆◇◆◇
「―――思ったより振れてるじゃないか。刀の扱いはそこまで教え込めなかったと、先生から聞いていたんだが」
「誰の剣を、どれだけ見てたと思ってんだ?」
直接教わる時間が十分ではなかったとはいえ、目にし続けたお手本がお手本である。強く記憶に焼き付いている師の剣をなぞれば、例え不完全であってもそれは生半なものではなくなるというもの。
言葉を交わしながらの立ち回りについても、数え切れないほどこなしてきた『鬼ごっこ』で慣れたものである。
更には攻め手と守り手の攻守入れ替えも踏襲しつつ、俺と囲炉裏は自然とかの鍛錬に近い形で刀を振り合っていた。
「ハル。仮想世界の刀で引きを意識しなくていい。現実世界の日本刀とは違うんだ、叩き付けるくらいの方が威力は出るぞ」
―――更にはそんな具合に、序列第七位から個人レクチャーのオマケつき。
おそらく感覚的な俺に合わせ意図しての事だと思うが、ういさんは教えの際に言葉で詳しい説明を入れたりはしない。
結果的に「修行の成果は実った」と胸を張れる現状に辿り着けている事から、彼女の身体で覚えさせる方針は間違い無かったと断言できるのだが……それはそれとして、異なる方向性が刺激となるのもまた事実。
「そう……かもしれんが、ういさんは多分意識してるよな?」
「先生は先生だから良いんだ。出来ない事を真似しようとして他を乱すより、出来る事から意識して研ぎ澄ませていった方が良い」
「そりゃそうか」
納得して余計な意識を右手から抜けば―――成程、見る見る振り手が自然になるのが分かる。
「それから左手。先生が作られた物なら、その鞘も刀と同様に攻守に耐えるものだろう。飾りにしておくのは勿体無いんじゃないか」
「あー……それはその、なんだ…………お前、たぶん分かって言ってるだろ?」
と、今度は地味に痛い所を突かれて眉を顰めれば……
「あぁ、なんだ―――やっぱり苦手なのか」
特に意外そうな素振りも見せず、囲炉裏は「やはり」と納得して頷いていた。
選抜戦でもそうだったしな、バレていても無理はないだろう。
「まあ、その辺は今後の改善に期待という事で……」
「ならいい―――励めよ、剣聖の弟子」
「―――………………なぁ」
慣らしに付き合ってくれるのは有難い。指導を挟んでくれるのだって、願っても無い事だ―――しかしながら、いよいよもって膨れ上がる困惑を無視していられなくなり……
逡巡する気持ちは未だあれど、俺はそれを口にせずにはいられなかった。
「俺に思う所があれば、言ってくれな」
―――囲炉裏の足が止まる。
互いに刀を下ろして視線を交わせば……その碧眼に宿る「何か」は、俺に声を掛けた先刻からずっと変わらぬままだ。
「前に言ってただろ。折角の縁だから、仲良くしたいって」
「…………」
「あれさ、正直わりと嬉しかった」
だからこそ、照れ臭さとか遠慮とかは脇に置いといて―――
「俺も、まあ……なんだ、後腐れは無い方が良いからさ」
俺を見る囲炉裏が、その瞳の奥に思いなり言葉なりを抱えているのは分かりきった事だ。
つまるところ、何が言いたいかといえば……
「話せよ先輩―――ここらで改めて、友達になっとこうぜ?」
「…………はぁ……全く」
果たして、こっぱずかしい思いは押し込めながらそう言えば、囲炉裏は盛大に溜息を吐き出して―――
「生意気な後輩だ」
次いで苦笑いを浮かべる、その顔に。
ずっと気になっていた取り繕うような色は、もう見当たらなかった。
心も交えていこうぜ。