想像外と予想内
「うーし……まあ、こんなところか」
最終的にゴッサンが締めを切り出したのは、ミーティングを始めて三十分ほどのこと。正直もっと長い時間、みっちりと続く会議的なアレを想像していた俺としては拍子抜けだが……
「うふふ、何だか拍子抜けって顔してるわね?」
と、顔を見られていたらしい。胸の内まで読み取ってみせた雛世さんがクスリと笑みを零せば、隣の囲炉裏も椅子に深く腰掛けながら続く。
「前にも言っただろう、俺達に降りてくる雑務はそう多くないんだ。アレコレ難しく考えるべき事の大半は、それ専門のサポーター達が受け持ってくれてるよ」
「……お給料も出るし?」
―――その通り、などと当然のように囲炉裏は笑う。
その辺、未だに若干イメージが追い付いて来ないんだよな……ゲーム内で給料貰って仕事するって、どういう心持なんだろうか。
「まあ結局、俺達は頭というより正確には『顔役』なんだ。先頭に立って仕切り、音頭も取るが……何より求められてるのは、腕っぷしに違いねえからな」
解答を引き継いだゴッサンが、俺の……は無いにしても、すぐ隣に座っている赤色娘の胴ほどもありそうな剛腕を叩いて笑う。
「指揮を執る俺にしても、実際に戦争に出場するプレイヤー全ての統率を取る訳じゃねえ。同じく『顔役』たるお前さんたち序列持ちと、隊分けした小隊長や中隊長なんかに指示を出すくれえよ」
「いやそれでも大変そうだけどさ……まあ、分かった。少なくとも俺は、あまり難しい事を考えずに暴れ回れば良い―――良いというか、そうすべきって事だな」
「その通りだ。細かく頭を使うのは、そういうのが得意な連中に任せときゃ良い―――お前さんも知り合いの、ロッタとかな?」
成程な、納得だ。
しかしロッタか……『四柱運営委員会』だもんなぁ。選抜戦からこっち会う機会も無かったが、そういう事ならさぞかし多忙に追われている事だろう―――
「そういやロッタンが最初お兄さんに目を付けたんでしょー? 流石の【見識者】だねぇ」
ロッタン……というか、ん? いんさ……何?
最初からこれまで、緊張感の欠片も無く卓上に突っ伏しているミィナ。その口から出た聞き慣れない言葉に首を傾げる俺を他所に、わりと毎度のこと仲良さげな三位と四位で会話が繋がっていく。
「おうよ。らしくもねえ勢いで『怪物を見つけました!!』とかメッセージが飛んできてよ? で、実際見物に行ったらまあ……そこに惚けた顔して座ってる怪物が、選抜常連相手に瞬殺くらわしてるじゃねえか。そりゃあ笑ったぜ」
「んぁーやっぱあたしも観戦したかったなー。結局まだ戦績と足速いって事くらいしか知らないしさぁ」
「明日を楽しみにしとけよ。アレから更に伸びたってんなら、流石に此処にいる初見の奴らも度肝を抜かれるだろうぜ」
なんか謎にハードルを上げられたな……さておき、
「なあ、ゴッサンと知り合いで赤……ミィナ? が愛称で呼んでるくらいだし、ロッタってわりと地位高めというか重要ポジなのか?」
「ねえ、なんであたしの名前にハテナくっつけたの?」
いやまあ心の中で散々「赤色」としか呼んで―――
「ロッタさん、元序列称号保持者」
なかった、から………………
「………………」
睨み付けてくる赤色から視線を逸らした先、目が合ったリィナから端的に告げられた言葉に俺は言葉を失った。
……元序列持ち? ロッタが? あの、さも「僕はそこそこ強い程度の平委員だから」みたいな振る舞いで通してたイケメン妻子持ちが?
―――直接の本戦出場者は格が違うものと思うように。
―――全員、僕なんかじゃ歯が立たない相手だと思って臨まないと、ダメだよ。
選抜戦の予選を終えた後、奴が宣っていた言葉を思い出す。
ほーん……?
ふーーん……?
はーーーん……?
――――――あの野郎ッ……!!!
ゴッと行き場の無いツッコミを思わず円卓に叩き付けると、隣で「えっ、なにっ」とテトラが慄いているがそんな事はどうでも良い。
―――ちなみに君、僕より確実に強いから安心して良いよ。
「クッソ……! おちょくってたなアイツ……!!」
「あぁ、もしかして……」
「ははーん」
「またあいつの悪い癖か……」
俺が漏らした恨み言に雛世さんとミィナ、そしてゴッサンが即座に反応を見せる。そこから思うに、どうやら奴は元からそういった性質を持っていたらしい。
「いん、さいたぁ? もしかしてそれが……」
「ん、【見識者】―――最高順位は七位、三回前の入れ替わりで序列から外れた」
序列称号……だったわけだ。リィナからの追加解説が入り、俺の脳内で人を食ったような爽やかフェイスで微笑むイケメンの頭上に「元序列第七位【見識者】」という栄光のタグが実装される。
「あー……まあ、アイツの事だからなに言ったかは大体分かるが……アレだ、東陣営の連中が自分の事を『大した事ない』だの言うときゃ、あんま信用しねえ方がいいぞ?」
―――そこの小僧みてえにな。と、ゴッサンが示すのは俺の隣に座る序列十位【不死】で……あぁ、そういやこの先輩も「戦いが得意じゃない」みたいな事を言ってたな。
ジロっと横目を向けると、テトラはふいと目を逸らした。
OK、俺、お前の「戦い不得手」発言も信用しない。
◇◆◇◆◇
余計な一幕に心を乱されつつも、その後は明日の集合時間なんかを改めて確認した後に解散となった。
俺も今日はゆっくり休むように―――なんなら、明日の昼過ぎくらいまで寝とけくらいには言われたが……いやぁ、流石にまだね?
仮想世界は夕暮れ時を過ぎて夜に入ったとはいえ、現実世界ではまだ午後五時に差し掛かった辺りだ。夕飯の時間にもまだ早いくらいで―――
「ハル」
どうしようかと迷っていた俺に、声が掛かる。
もう解散の挨拶も済ませ各々が退出していく中、俺の傍らに歩み寄ってきたのは……裃を纏った、侍の姿。
「中途半端な時間だろ、この後なにか予定は?」
「いや、無い。どうしたもんかと迷ってた」
素直にそう返せば、囲炉裏は頷いて、
「そうか―――なら、少し時間をくれ」
「………………」
その言葉を、
というよりは、この展開を―――
「分かった」
この先の展開を少なからず予想していた俺は、了承の言葉と共に椅子から立ち上がる。
向き合い視線を交わした碧眼は穏やかながらも―――決して、静謐とは言えない色を宿しているように見えた。
二節のラストイベントが始まりますよ。