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前夜の集い

「―――それでは、行って参ります」


「えぇ、明日は武運を―――いえ、違いますね。健闘を、祈っていますよ」


 頭を下げて、微笑みを受け取り……別れの挨拶は、そんなもの。


 この時に至るまで、言葉など尽きるほどに交わし合っているのだ。今更になって、大袈裟なやり取りなど必要は無かった。


 お世話になりました―――なんて言葉も不要だ。結ばれた師弟という関係は、きっとこれからも長く続いていく事だろうから。


「では先生、失礼します」


「はい。囲炉裏君も、頑張ってくださいね」


 ふわりと笑むういさんに隣の囲炉裏も頭を下げて……連れ立って道場を後にした俺達は、日も落ちて暗闇に染まりつつある竹林の中へ。


 俺はスイスイ進んでいく裃姿の背中を追い掛けるだけだが、コイツはよくもまあ道も何もない竹林の中を迷わずに歩けるものだ。


 ―――あの頃の囲炉裏君は、それはもう寝ても覚めてもといった具合で……


「………………」


 修行の折に、ういさんが囲炉裏について口にしていた言葉が蘇る。


 この道を通っていたのか、はたまた俺と同じようにずっと道場に身を置いていたのか―――正直言えば、過去の事をストレートに訊いてみたくはあった。


 ただ、どうにも憚られる。


 彼女を『先生』と、疑いようもなく心から慕うコイツに……果たして『弟子』と成った俺が、それ・・を訊ねても良いものかと。


「―――ハル」


 驚いたというほどでも無いが、不意に名前を呼ばれて返事を失しながら顔を上げる。迷いなく竹を擦り抜けていく背中は変わらず、囲炉裏は首だけ振り向いて俺を見ていた。


「先生から大体の話は伺ってるけど、君の口からも聞いておきたい―――修行の成果は、実ったか?」


 僅かな横顔だけでは上手く感情は読み取れないが……少なくともその声音は、落ち着き払った穏やかなものだった。


「まあ、そうだな……間違いなく、選抜戦での俺とは別物だよ」


「自信はあると?」


 念を押すような問い掛けに、俺は迷いなく頷いて見せる。


 重ねて、間違いなく以前の俺とは別物だよ―――戦闘技術だけではなく、序列称号保持者タイトルホルダーとしての自覚と覚悟もな。


 それを示すためにも、俺は躊躇いを振り切って口にする事にした。


「―――【剣聖】の『弟子』になったんだ。無様を晒す気は、無い」


「―――……」


 足を止めるかと、思った。


 しかし囲炉裏は、歩みをそのままに―――いつもの人を食ったような笑みとは違う、どこか柔らかい微笑みを浮かべて、


「そうか」


 ただ一言だけを紡ぎ、頷いて見せた。



 ◇◆◇◆◇



「―――よし、揃ったな」


 久方ぶりの『円卓』の席。囲炉裏と二人で顔を出せば、他の六人は既にその場に揃っていた。着席している面々に倣って俺達がそれぞれ席に着けば、大きな手で拍手を打ったゴッサンが口火を切る。


「まず訊いておこうか。坊主、首尾はどうだ?」


「問題無い……はずだ。お師匠様・・・・のお墨付きは貰ったぞ」


 囲炉裏と同じように、その辺の話は既に共有されているらしい。若干一名の赤色がお化けでも見るような目を向けてきている事を無視すれば、俺の言葉に大袈裟に驚いて見せる者はいなかった。


「っは、現状の東最強が認めたってんなら、文句はねえわな―――いいぜNinthナインス。お前さんも正式に、明日の戦争にメンバー入りしてもらう」


 と、総大将様から下された承認の言葉に頷き返していると、隣からヒョイっと細っこい少年の手が差し出される。


「おめでと先輩」


「おう、サンキュ」


 軽く握られた拳に同じものをぶつけて返せば、第十位の少年は口の端でニヤリと笑い―――


「これで、衆目に晒される犠牲者がまた一人増えた」


「……お前は性格良いのかそうでもないのか、どっちに舵を切りたいの?」


「いいじゃん。肩書きを望まない者同士、道連れだよ」


 ……ははぁ分かったぞ、貴様さては照れ隠しだな? 素直じゃない先輩こうはいめ。


「で? そしたら俺は、明日どう動けばいい?」


「あぁ、基本的にお前さんはランナー・・・・に徹してもらう」


 ランナーね―――まあ、大方予想通りだな。


「その辺の詳細に関しては……問題ねえよな?」


「勿論。前に説明された事も忘れてないし、一応あれこれ自習もしといたぞ」


 初心者向けの解説動画とかも幾つか見たし……何だっけ、ほら、ひよりんがどうとかいうアーカイブやら色々と。


「ランナー―――つまり、柱を叩いて回る得点稼ぎ役だな」


「その通りだ。勝敗に直結する花形だぜ? 気張れよ新入り」


「了解、総大将殿」


 活を入れるかのようなワザとらしい睨みに、こちらも同じくワザとらしい敬礼を返して見せる。ツボが浅いにも程がある偉丈夫は予想通り、カッカと愉快そうに笑っていた。


「先輩がランナーに回るなら、僕の役割は決まったかな」


「だな、テトラは坊主―――ハルの天敵排除・・・・を最優先に動け。【全自動オートマタ】さえ潰しちまえば、今のコイツが明確に事故る相手もそういなくなるだろ」


「OK、誘導は任せるよ。捕まえたら、後はやる」


 と、続いて俺にはよく分からんテトラとゴッサンのやり取りがあり―――


「あたしらもいつも通りで良いよねー?」


「それ以外ねえだろうよ。今回もお前さんらが守りの要だ、頼んだぜ」


「はいよー」


「うん」


 さらに続いて、俺には良く分からん赤青ペアとゴッサンのやり取りがあり―――


「テト君が単独行動となると、私は今回どうしようかしら?」


「雛世は遊撃に回ってくれ。一か所に留まらず、動きながら各地で前線部隊の援護を頼む」


「分かった。エンカウント・・・・・・は避ける方向で良いのよね?」


「あぁ、相手側の序列持ちは避けろ。無駄に時間を取られる動きはしなくていい」


 そして当然、俺には良く分からん雛世さんとゴッサンのやり取りもあり―――


「俺達は……まあ、いつも通りか」


「おう、囲炉裏とゲンコツは相性を見て序列持ちの排除に動け。一般連中の相手は周りに預けて、エンカウントを優先しろ」


「了解」


「任せろ」


 最後に、俺には良く分からん男三人のやり取りがあって―――


「どうしたの、変な顔してるけど」


「いや、まあ……俺が理解しといた方が良い事があれば、解説入れてくれ」


 あまり一度に自分には直接関係の無い情報を入れて、必要な知識が零れ落ちてしまっては元も子もない。


 気になる単語や話は幾つもあったが、理解する必要がある事ならば頼りになる先輩方が都度レクチャーしてくれる事だろう……断じてお勉強・・・から目を背けている訳じゃないぞ。


「各役割はそんな所だ。坊主―――いけねえ、癖になってんな……ハル、何か質問はあるか?」


「いやー……特に思いつかない、というのが本音かな?」


 ハッキリ言って、時間不足も時間不足。


 ここに至るまで真実、大学に修業に大わらわ。僅かな空き時間など一人暮らしゆえの家事に追われていれば瞬く間に消費され、知識のインストールに関しては最低限しか行えていない。


 電車通学の合間などに、情報サイトや動画を流し見る程度が手一杯だったのだ。有名な序列持ちなんかの情報なども軽く目は通せたかなというくらい……正直、自ら有効な質問が出来るほどの知識は蓄積されていない。


「まあ、気にするこたねえ。とりあえず一度は本番を経験しねえと、分かるもんも分からねえだろうよ」


 ありがたいフォローの言葉に続いて、ゴッサンは二ッと笑うと指を三本立てて見せた。


「お前さんが絶対に守るべきことは、三つだ―――まず一つは、死なねえこと。四柱戦争では、例え序列持ちであっても『逃げ』は恥じゃねえ。不利から逃げて有利でポイントを積み上げ、陣営を勝利に導くやつこそが勝者であり強者だ」


 ―――お前さんなら、逃げ足にも自信はあるだろ? ニヤリと笑いながらそう言われてしまえば、それはまあと頷くしかない。


 よろしい。こと駆けっこに限ればお師匠様相手だろうと完勝を揺るぎ無いものとするに至った、新生俺の健脚を存分に披露するとしよう。


「二つ目は、大将の―――まあ、俺の指示に従うこと。本番では専用のスキルで逐一指示出しをしていくが……早い話が、信用しろってこった。全体の連携を鑑みながら、即座の反応を期待して指令を出すからな。一々疑いを持たれても、悪いが個々に議論を挟んでいる暇がねえんだ」


「三百人の頭だもんなぁ……了解、()()()()()を全うするよ」


 これもまた是非も無く。どうせ初見参加の俺には戦いの趨勢など判断できる知見も何もありゃしないのだ。頭の指示に逆らう意味も意義も存在しない―――……てか、『大将』役はゴッサンがやるんだな。


 いや、そりゃそうか。他でもない【総大将】様だし。


「最後に三つ目だが……言わなくても分かるよな? 南の序列一位―――【剣ノ女王】に万が一遭遇するような事があれば、何を置いても全力で逃げろ」


「過去最高のマジ顔じゃん……」


 ヤバいヤバいとは聞いちゃいるが……いや、まあね、俺も師匠からそれとなく話は聞いたから分かるよ。


 ういさんに―――あの剣聖様に、「()()()()()()()()()()」と言わしめた存在であるからして。


「んで、まあ逃げられなくても気にすんな。アレはもう、四柱に於いては天災みたいなもんだと思っとけ。その『事故』だけは、誰も責任なんざ求めやしねえからよ」


「まあ、そもそも出てくるかどうかも分かんないけどねー」


 散々に俺を脅かすゴッサンの横から、円卓に上半身を投げ出してグデーっとしながら赤色ミィナが口を挟む。


「三回くらい前から、お姫様ずっと大将役だったし。今回もそうなら、お兄さんが暴れ回る迷路ブロックには入って来れないから―――」


「―――いや、今回は出てくるだろ」


 と、更にそこへ口を挟んで来たのは囲炉裏だった。


「二ヶ月前から誰かさんが立て続けにやらかしているアレコレのニュースに加えて、今回の序列入りの報せだ。彼女が興味を惹かれて出てこない筈がない」


「あぁー……そっかぁ」


「おい、合掌すんなヤメろ」


 その感じだとむしろ()()()()()出てくるみたいじゃ―――……え? まさかだよな? 誰もが仮想世界最強と疑わない天上人が、まさかそんなぽっと出の序列九位を積極的に狩りに来るみたいな事が……


「いや、まぁ……()()()()()、わざわざ忠告してんだよ」


「―――…………」


「ま、まあまあ……そんなこの世の終わりみたいな顔しないで大丈夫よ? 彼女が戦場に出てくれば注目は避けられないし、あなたの脚があれば遭遇を回避しながら動く事は難しくないでしょう?」


 そう、なのだろうか?


 いや、俺も流石にね? 最強と持て囃されている文字通りのトッププレイヤーの事くらい、当然ながら調べてはあるのよ。


 ただね、分かんねえんだわ―――()()()()()()()()()()()みたいな記事しかない中から、どうやって信用に足る情報を見つけ出せと?


 動画だって時間が許す限りは漁っても見たのだが……こう、確かにヤバい事は理解できたんだが、正直なにをやってるのかがサッパリで参考になったとは言い難い。


 なんか片手剣の一振りで三桁余りのプレイヤーが吹き飛ばされてる映像とかあったんだが、アレから一体なにを学べというのか。


 プレイヤーではなくボスモンスターとして見た方が良いんだろうな―――くらいしか構えようがなくない?


 俺のお師匠様も大概だが、ういさんと彼女―――【Iris(アイリス)】とでは、同じ埒外の強者としても方向性が違い過ぎるのだ。


「あぁ、そうだ。もう一つあったわ」


 突然まさかの「狙われる立場」である事を示唆されて慄いている俺に、ゴッサンが思い出したように四本目の指を立てた手を振って見せる。


「せっかくの初舞台だ―――楽しめよ?」


「この流れでソレぇ……?」


 このオッサンわざとかと疑うも、相変わらず快活に笑って見せるその様は気ままそのもので……我らが総大将殿は間違いなく天然なのだろうと諦めた俺は、僅かな時間で抱え込んだ不安の重さに引き摺られるように椅子へ沈み込む。


 ―――スッと目の前に手が差し出されるその光景は、つい先程も見たものだが。


「ドンマイ先輩」


「……………………あ、り、が、と、よ……ッ!!」


 面白がっているのだろう声音に応じてゴツンと拳をぶつけて見せれば……人の気も知らず、円卓は和やかな空気に染まり出す。


 ……もう明日だぞ? 新入りをイジメている場合かぁ?






ゲンコツさんとかいう無口の化身。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] んー125話からここまで 特訓パートで作者さんの言う違いはわかりました でも新たな情報から剣聖と剣ノ女王が未踏破で詰む理由がわかりません 単純にやる気ないからでしょうか 兎の方でこの2…
[一言] ヒロインと一緒じゃないと本気モードにはなれないけど?
[一言] 師と弟子と名乗ったときの囲炉裏君の胸中や如何に 己の不甲斐なさか、そこへ到達しようとする意志を燃やしたか、ハルへの嫉妬か、感嘆か このイケメン侍マジで心までイケメンぽいからなぁ… みんなの…
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