お戯れ
「お師匠様?」
「なんでしょうか、ハル君?」
「なんでしょうかじゃないんですよ。なにひとつ躊躇わずに確殺コンボを見舞ってきた件について、ご説明を頂きたいんですが?」
「かくさつこんぼ、というのはよく分かりませんが……私としては久方ぶりの負けられない戦いでしたので、つい張り切ってしまいましたね」
お恥ずかしいです、ふふ―――などと微笑む師に対して。
勝者の命のまま、再度いつもの縁側にてそのお膝に囚われている敗者はと言えば、遂に一切の遠慮を取り払って半眼を向けるまでになっていた。
弟子入りしてからというもの、浮き彫りになり始めていた彼女の性質……事ここに至り、俺はそれについて確信を抱く。
このひと、アレだ―――わかっていらっしゃる。
自身が『他』にどう思われているのか、どんな部分を魅力として見られているのか―――そういったものを、おそらく全て。
俺が穏やかな年上お姉さんにドギマギしていた事も、
微笑まれるたびに息を止めていた事も、
触れられたなら照れて体温を上げていた事も、
普段と刀を握った時のギャップにやられていた事も、
お祖父ちゃん子とか反則だろと常々思っている事も、
そして罪悪感だとか常識だとかは抜きにして考えれば、弟子として目一杯に可愛がられている現状に不服などあるはずがないと―――そんな当たり前の感情を押し込めている胸中まで、全てを。
だからこそ、退かないのではないだろうか。
俺が本心から彼女を拒絶できない事など、分かりきっているから。
そしておそらくは―――そんな俺の体面を、自分ならば守ることが出来るという確信をも持ち合わせているから。
「俺のお師匠様がつよすぎる……」
それはもう、なんと言うか本当に、あらゆる意味で。
「ふふ……今更ですね」
比喩ではなく正真正銘、基本的に隙など存在しない彼女は俺のごく小さな呟きすらも聞き逃さず……
「これでも私―――【剣聖】などと呼ばれておりますので」
無敵のお師匠様が変わらぬ微笑を湛えるに至り……俺は今度こそ、心の底から白旗を上げて瞼を閉じるのだった。
もうどうにでもなあれ。
「ほう……?」
「あら……」
「嗚呼……」
いやどうにでもなれとは思ったけどさ? よりにもよって初っ端から特に重そうなとこが来るもんかね???
「成程……そうか、成程……時に、ひとつ訊きたいんだが」
「な、なにかな……?」
「縦と横、どっちが良い?」
「分割の向きを問う……!?」
傍らに立つブロンド侍から極冷気の視線を向けられながら、俺は身体を起こすタイミングを失って―――いる訳じゃないんだよなぁ?
頭と肩を押さえられて、身動きを封じられてるだけなんだよなぁ!!
「ごめんなさい囲炉裏君、私の我儘なんです」
と、実は遠回しに俺の抹殺を目論んでいるのではという疑いは杞憂だったらしい。弟子を捕まえながらもすぐさまフォローに入ったういさんの言葉に、囲炉裏は目を瞬かせる―――
「成程、承知しました」
……みたいなリアクションを何一つ挟まずに、爆速で即理解からの即納得。
お前のその剣聖様大好き侍というか、全肯定侍っぷりは本当に何なの? 一体過去にどんなストーリーがあればそこまでの心酔状態に辿り着くんだよ。
「まあ、それはさておき……そろそろだぞ、行けるか?」
「あぁ……もうそんな時間か―――OK、問題無いぞ」
視界端のシステムクロックをチラと見やれば、確かにそろそろ集合時間が差し迫っている頃であった。
囲炉裏がこちらへ顔を出したのも、頃合いで誰かを寄越すとゴッサンからメッセージを貰っていた通りのことだ。
そうと来れば名残惜し―――いや、これ幸いと俺は身体を起こし…………起こ、起こし……起こして、起こ……―――
「何してんですかッ!?」
「っ……ふふ、ごめんなさい」
起き上がろうとするたびにグイグイと肩を押さえて妨害を試みてきたお師匠様に、俺は堪らずガチ遠慮無しのツッコミを入れてしまう。
普段こんな分かり易いイタズラなどはしない人だ、きっとこうして勢い良くツッコミを受ける機会など稀なのだろう。
ピクっと微かに肩を跳ねさせて驚いた後―――ういさんはお淑やかに口元を隠しつつ、楽しそうにクスクスと笑っていらっしゃった。
……こ………………の、ひと、もうさぁ……ッ!!!
「おい囲炉裏……! この人ヤバいって……!! 何とは言わんが際限が無いって……!!!」
「そうだな。とりあえず君は輪切りにするから、覚悟しとけよ」
「上等だこの野郎ッ……お前も口の端ニヤついてんだよなぁ!!」
あとそろそろ解放してくれませんかねぇ!
俺はいつまで水揚げされた魚ごっこをしてりゃいいんでしょうかぁッ!!
キリがいいかなと思って切ったら短くなってしまった。
ついでに主人公のお師匠様読みは絶妙にファンブル。