ひとつ、ふたつ、駆け抜けて
―――七歩。
向かって右へ逃げた影を追って、右足を大きく蹴り出し身体を開く。
―――八歩。
半歩退いて後退の素振りを見せたのは、おそらくフェイクだ。
そのまま左足を前に、距離を詰める。
―――九歩。
更に一歩、彼女は退くフリをしてから……予想通り、真直ぐに突っ込んできた。
俺は二歩続けて前へと下ろしかけていた右足を―――地に着く寸前、滑らせるようにして大きく横へ。
「っ―――」
僅かに目を瞠り……それでもなお、これまで通りに脇を擦り抜けようとした小さな身体へと―――
「つかまえ……たぁッ!!」
いつぞやとは違い、しっかりと反応した俺の手が―――遂に、届く。
捉えたのは肩。申し訳ないが、どこぞのブロンド侍のように接触を日和るとか絵面を考慮とかそんな余裕なんざ一切無かった。
だってこの人、最後の最後で見覚えの無い足捌きの予兆を繰り出して来たんだもの! そりゃ俺の手だって咄嗟にAGIフル稼働しますわ!!
「ふふ……私の負け、ですね。遂に捕まってしまいました」
速度でどうこうが主題では無いこの修行法で、腕とはいえ敏捷ステータスに頼ってしまった幕引きは正直スマートとは言い難いが……お言葉通り、俺の勝利を認めてくれた先生の判によってとうとう『鬼ごっこ』の攻略が完了して―――
「―――ッだぁああぁああああ!! 負けたぁあぁアアアアアッ!!!」
達成感に呆けるでもなく、勝利に歓呼するでもなく―――身体を満たす悔しさに引き摺られるように、崩れ落ちた俺は舞台の床に両手をついて敗北宣言を叫ぶ。
相棒の新衣装お披露目を経て、モチベ爆盛で臨んだ五日目から三日。
つまり、本日で修行八日目―――七日で【剣聖】様を捕まえたという【護刀】に、俺こと【曲芸師】迫真の敗北である。
いやクッッッッッッッッッッソ悔しいんだがぁッ……!!
突如として膝を折って打ちひしがれる俺の傍で、ういさんがオロオロしている気配を感じる。申し訳ないが恥などもう散々に見せてきたゆえ、今更奇行の一つや二つどうか受け流していただきたい。
あの野郎にリベンジを誓っている現状、俺的には割と真面目に負けられない戦いだったんだよ……!!
「あ、あの……囲炉裏君のこと、ですよね? 私が言えた事ではありませんが、そう気を落とさずとも良いと思いますよ」
と、身体を起こすように肩を支えられてしまえば、お優しい先生に対してみっともなく反抗する訳にもいかない。
ただまあ、我ながらしょぼくれた面をしていたのだろう。素直に顔を持ち上げれば、目が合ったういさんに「あらあら」と苦笑いされてしまった。
「時間で言えば、ハル君の方が早かったくらいですよ。あの頃の囲炉裏君は、それはもう寝ても覚めてもといった具合でしたから」
「そう……ですか……」
慰めには、なる……が、やっぱ日数が明確な判断材料だよなぁ……
なので俺的に、やはり今回は負けだ。
「流石だぜ先輩……って、納得する事にします」
「……しっかり切り替えが出来ることは、良いことだと思いますよ」
笑ってらっしゃいますけど、これもあなたを見習ってる部分があるんですよ。何から何までお手本になる先生に恵まれて、俺は幸せ者ですとも。
彼女も別に完璧な人間ではない。夢中になってやり過ぎたりもするし、言葉を誤って慌てたりもする。
けれどその度に素直に―――素直にというか、どこまでも心根まっすぐに反省して、切り替え、引き摺らない。
言葉にすれば簡単だが、誰にでも出来ることではないだろう。
ういさんはいつだって、ただ前だけを向いている―――彼女の生徒として、その小さな背中を見習わない訳にはいかない。
「それでは―――この勢いで、れっすんつーでも良い結果を期待しましょうか」
「はは……仰せのままに」
ほんわか笑顔のスパルタだって、もはや慣れたもの。
期待には応えなければ―――そのための『力』はもう既に、この身に積み上がっているという実感があるから。
◇◆◇◆◇
―――れっすんつー。四日前に『鬼ごっこ』が一区切りを終えてからというもの、既に並行して取り組んでいた次なる課題。
形式的には単なる立ち合い……つまりは試合だが、俺が徹底的にボコられてきたこれまでとは違いルールが設定されている。
一つ、ういさんは反撃しかしない。
二つ、俺の勝利条件は掠り傷でも良いから彼女に一撃入れること。
三つ、彼女の勝利条件は『鬼ごっこ』と同じく俺を捕まえること。
つまり、ういさんも積極的にタッチを狙って来るが攻撃はしてこない。俺は逃げるも迎撃するも自由だが、迎撃した場合は十中八九致死のカウンターが飛んでくる……といった具合。
勿論、俺からガンガン攻めるのもアリ。しかしその場合はガンガン反撃が飛んでくる事となり、これまでを顧みれば割と高確率で単なる自殺となるわけだ。
当たり前だが、反撃でやられた場合も俺の負け。相打ち前提の特攻は総じて無効である。
攻めても死。
迎え撃っても死。
結局また、基本は逃げ回るしかないのではって?
―――そんな情けない俺は、数日前に置いてきたよ。
《フリップストローク》、更に《トレンプル・スライド》を並列起動。
背後へ跳んできた気配から滑走で距離を取る俺の首元を風が撫でるが、迫る指先は確かに躱した―――上々!!
「小兎刀ッ!!」
振り返りざま、俺の右手がなぞる軌道にズラリと呼び出された紅短剣が一斉に射出されて……その先にはもう、灰色の影も形もなく。
「―――四の太刀」
スッと耳に届く声は頭上、反撃は成立―――それがどうした、ビビってる暇なんざねぇッ!!
「《ブリンクスイッチ》ッ……!」
喚び出すは【輪転の廻盾】、併せて《ガスティ・リム》及び《リフレクトブロワール》のお馴染み三点セットを展開―――更に《先理眼》起動!!
見上げた先、横倒しの体勢から振り下ろされようとしている大太刀の軌道は、
「ここ……だらぁッ!!」
目前、額のド真ん中。全力で振り抜いた裏拳が真紅の攻撃予測線へと重なり―――銀鋼の刃と激突した。
「ッ……見事です!」
跳躍後に頭上からの奇襲、更には空中での縮地とかいう理解不能な技術を用いた連続回転三連撃―――四の太刀《天雪》の弱点は、初撃の一太刀の軽さにある。
果たして、思い切り得物を弾かれて技を中断させられた剣聖様から疑いようもない賛辞が挙がるが、喜んでる場合じゃねえんだわ!!
体勢を崩されてなお、空いた左手がすぐ目の前まで迫っている―――!
軽いとは言っても、それはあくまで比較的にだ。ガッチガチに防御を固めてなお此方のHPをゴリッと削り取った威力にあおられ、もう一撃差し込んで相打ちを狙う余裕など俺には無い。
余裕が無くなれば、思考は乱れる。そして思考の乱れ=身体操作の遅延となっていた以前までの俺であれば、間違いなくゲームセットの場面―――だが、
『外』から『内』へ。
「っ……!」
咄嗟に引き戻された左腕が一瞬前まであった空を、抜き放たれた【兎短刀・刃螺紅楽群】の紅刃が噛み千切る。
「一の太刀―――」
反撃の成立。彼女の着地と同時、未だ閉じぬ予知の視界に紅線が走り―――
『内』から『外』へ。
「《瞬間転速》ッ!!」
死地からの離脱、そして―――再突撃!!
攻めなきゃ勝てねぇんだ、彼女は俺に『勝利』を御所望なんだよッ!!
「っ……! その意気ですっ!!」
耳に届くのは、これまでになく弾んだ声音。
彼女の高揚を感じ取った瞬間、反射的に足が竦みそうになったのを自覚して頰が引き攣る。あの状態の剣聖様に散々ボコボコにされてきたんだ、そりゃ怖気付きもするさ当然だろ―――けれど、
「ッは!!」
同時に笑みが溢れてしまったのもまた、その剣聖様の薫陶かもしれない……いや、その辺は元からか? 元からかもなぁッ!!
「質問が、あります、先生!!」
「ふふっ……! どうぞ、お聞きしますよ!」
「全力全開、で! 良いんでしょうかねぇッ!?」
「―――――――――勿論です、かかってきなさい!!」
激突する砕けんばかりの剣戟の最中、飛び交う互いの叫びに二人して笑顔を深めていく。嗚呼、もう本当に―――あの【護刀】の先生だよ!!
大きく距離を取り、『外』から『内』へ。歩を止めるのは一瞬―――
心臓へ刃を叩き込むのに、それ以上の時間なんて必要無い。
微かな破砕音が響き渡り、破片となり魔力となった紅緋の燐光が身体に宿る。
さぁ、見て、敷いて、辿れ。
―――かの【剣聖】に届き得る一歩をッ!!
「《瞬間転速》ッ!!」
基本出力は『内』のまま、本来想定されているであろう正常なステータス運用のままに踏み切る。
……過去に断言した通り、俺にはういさんのように二種の力を同時に出力するなんて出来そうにない。最初から最後まで外と内をピタリと重ね併せ、自由自在に操るなんて何年掛かろうと無理だという確信がある。
だが、ほんの一瞬。
同時は無理でも、ほんの一瞬だけ―――
『内』へ『外』を、後から重ねるくらいならッ……!!
「とど……―――けぇえッッ!!!」
そうして訪れた、刹那。
確かに世界を縮めた、その感覚を掴み取る。
果たして、自らの咆哮さえ置き去りに。
「―――……!!」
耳元で聴いたその音が、風か吐息かも分からぬまま。
色も形も失った世界を、握り締めた紅緋の短剣と共に駆け抜けた俺は―――
「…………………………はは、ダメ、か……」
横一文字に薙がれた胴。そこから溢れ出した真赤なダメージエフェクトと、空っぽになったHPバーを眺めて……
落胆のままに振り返った先で―――俺はこれまでにない、満開の華もかくやといった笑顔を見せる【剣聖】の姿を目にした。
何かの感情を堪えるように、強く大太刀を握り締める彼女の右腕―――その上肩には、決して小さくはない傷跡が赤色を散らしていて……それを確認すると同時、俺の視界は暗転。
幾度となく繰り返した、特殊セーフエリアでの即時蘇生を経て―――
「ハル君!!」
至近距離でそんな声を聴きながら再び目を開ければ、俺の視界は何やら真白に染まっていた。
「んう゛ぇ……???」
おや、どうも声さえマトモに出せない。
何故かって、なにかに顔一面を潰されているから――――――OK分かったここから先コレが何であるかは考えないものとする。
頭と首元に回されている二本の何かも同様だ。温もりも柔らかさもなんもかんも全部無視だ分かったか貴様ッ……!!
「―――素晴らしいです……! 素晴らしいですっ!! あぁ、なんてお恥ずかしい。私はまた貴方のことを侮ってしまいました……!!」
分かりましたから、あの、今は迅速に心を落ち着けて頂いて―――
「私と同じ特別だなんて、とんでもないことです……! ハル君も……貴方もソラちゃんと同じ、紛うことなき天賦の器……!」
それこそとんでもないです、過分なお言葉です―――なんて、迂闊に答える事も出来やしない。今ピクリとでも其処で口をモゴモゴ動かしてみろ、他の誰でもない俺がお前をぶち転がすからな……!!
初の試みをぶっつけ本番で形にした反動だろうか。首から下をピクリとも動かせないでいる俺はそんな感じで、大はしゃぎと言っても過言ではない様子の剣聖様に為されるがまま。
「あぁ、もう……! ごめんなさい、もう暫し許してください……!」
―――と、なんかこの天国はもう暫く続くらしい。
ならば彼女が落ち着くまでは仕方ない。俺は現在進行形で激しい頭痛に襲われている頭の奥にでも、意識を傾けて諦める事にしようか……
いや、ほんっ……と、マジで……冗談抜きで頭割れそうタスケテ…………
不埒を働いたら作者が主人公をぶち転がしますのでご安心ください。
ソラさんとニアちゃんはあくまで相棒&友人として遠慮無く接しているだけなので、これについては関与しないものとする。
あと! それから! いつの間にか!
ジャンル別の年間5位にランクインしておりました!!
本当に本当に、沢山の評価を頂いており励みとなるばかりでございます!
ここから先もより一層の精進を意識しつつ、
これまでと同じく楽しんで描いていきたいと思います!
まずは取り急ぎ二章のクライマックスへ向けて……!
……向けて……あと何話かかるんだコレ……?
物語が溢れて止まらない作者の不具合。