アレもコレも歩みは止まらず
「えー……ということ、でっ! ―――諸々オプション込みで、占めて130Mってところかなー」
「ひゃくさっ―――……」
「ハイ一括で」
「いっかつ……ッ!?」
「てか本当に、俺の【蒼天の揃え】の代金も払えるからな?」
「だーかーらー。あれはアタシが勝手に作ったんだから良いのっ!」
「え、勝手に……―――えっ!? アレを無料で貰っ……!?」
軽口を交わしつつトレードウィンドウで送金作業をする傍ら。俺とニアを交互に見ながら、ソラさんが一々驚愕に身を震わせていらっしゃる。
130M―――1M=1000000ルーナを表すので、実に一億三千万ルーナという大金だ。ビックリするのも無理はないというものか。
「っ……、…………あ、あの、ハル? そんなお金何処から―――」
疑問を口にしながら、自分と俺のインベントリが共有化されている事を思い出したのだろう。少女は片手でスイっと自前のウィンドウを呼び出して、
「―――…………………………」
おそらくはその所持金の欄―――何桁あるかも咄嗟に分からぬ数字の表記を見たのだろう。喉の奥からか細い声を出したかと思えば、ソラはピシリと全ての動きを停止した。
俺の……というか俺達の所持金、いま三十億ほどあるからね。さもありなん。
ソラから見れば降って湧いたようにしか見えないこの大金、出所がどこかと言えば何を隠そう専属魔工師殿だ。
ニアにソラの衣装を依頼する事になった時点で、纏まったルーナが必要になる事は確定してたからな。当然ながら手は打っておいたのである。
何かと言えば、現状の俺が明確に資金源に出来る物など限られている―――そう、【紅玉兎の魔煌角】を売りに出す事にしたのだ。
以前カグラさんに二百本ほどを預けたままなのだが、流石にまだ有り余っているとの事。ならばその中から適当に売りに出してみてくれないかと頼んでみたところ、投げ付けられたのがこの大金。
三十億ポンとくれたぜ。何本売りに出すつもりか知らんけど、そこまでの価値になるのか……あの素材、ある意味で欠陥品なんだけどなぁ。
「あの……あの、なん……な、これ、これ…………」
「あ、ソラも好きに使ってくれな? 今のところ俺は使う予定無いし、夫う―――パートナーの財布なわけだから」
シパンッ―――ねえ、いま何で叩いたのニアちゃん? しれっと提示金額に上乗せしてきたこの10Mは何???
いや、払うけどさ……
「それじゃ、用事もあるから御暇するな」
「はいはーい。修行頑張ってねー」
ニアには「特訓している」という事だけ伝えてあるので、用事と言えば=修行で繋がるのだろう。東陣営第二位の【剣聖】様から直々にしごかれていると知ったら、どんなリアクションをする事やら。
「ニアさん、あの、本当にありがとうございました。大切に着させてもらいます」
「ん。どーいたしまして! たまーにメンテナンスが必要だから、ソラちゃんも定期的に顔出してね。週一くらいかな」
「はいっ」
元気良く返事をしたソラが手を伸ばせば、握手を素通りしたニアに再三捕獲されていた。目の保養に他ならないから、無限にやっててくれて良いぞ。
「はー満足。それじゃあまったねー」
ソラの美少女成分を堪能して満たされたのだろうか。ご満悦でヒラヒラと右手を振るニアにペコリと会釈して、ソラから先にアトリエを退出して……
「―――ん……?」
俺は続いて扉を出がけに、袖が捲れて露わになった彼女の手首に視線を引っ張られて振り返った。
「ほお……アクセって追加で飾ったりも出来るんだな」
「はぇ……? ―――……っ!?」
一瞬「なに言ってんの?」と呆けたニアだが、すぐさま俺の視線に気付いてパッと右手を袖に隠す。……いや、今更隠されてもね。
先日、俺が贈った【小紅兎の腕輪】―――それが小さな蒼色の羽片で装飾されていた様子は、すっかり見えてしまった訳だが。
衣装の素材として渡した【幸運を運ぶ白輝鳥】の蒼空羽……の、余りかな?
何にせよ小物に至るまで流石のセンスというか……アレンジの才能まで備えているとは、隙の無い奴め。
「き、切れ端とか……勝手に使うからねって言ったし」
「あぁ、余りも好きにしてくれて構わんぞ」
だから別に、そんなばつの悪そうな顔をする必要はどこにも無いはずだが。
「よく似合ってるなと思ったから、そんだけ。んじゃな」
「なっ……が……!」
なが? まあいいか。
背中越しに手を振って、俺もアトリエから外へ出ると―――
「あ、お待たせソラさん―――……え、と、なにその顔は」
「……いえ、何でもないです」
何とも言えない表情で迎えられてたじろぐ俺を他所に、ソラはふいっと視線を外して廊下を歩いて行ってしまう。
その後を慌てて追いかければ―――
「ハルのそういうところは本当にハルだと思います」
「俺の名前は名詞なのか動詞なのか……」
何でもないと言いつつ秒で飛んできた追撃に、俺が困惑する間も。
新調したばかりのロングブーツが床を叩く音が、僅かに強く耳に届く気がしたのは……果たして、気のせいだったのだろうか。
◇◆◇◆◇
「―――という事があってですね……え、そんなにこやかに笑うところです?」
「笑うところです。ソラちゃんは可愛いですね」
いやまあそれは完全に同意なんですけれども。
「素直に褒める事が出来るのは美点と言えるでしょうし、私も好ましく思いますが……女性を褒めるのなら、時と場合を選ばなくてはいけませんよ」
「えぇ……女性はいついかなる時でも、褒められる点があったら即座に褒めろと叩き込まれたんですが……」
高校時代にバイトをしていたアイスクリーム屋の店長、美代子さん三十三歳バツイチから賜った薫陶だ。
良い人だったなぁ、俺が勉強にも追われている事を知ったら応援してくれたし。なんか元旦那が外国人だったらしく英語が堪能で、仕事が暇な時とかリスニングのレッスンまでしてくれたんだよ。
元気にしてるかな―――っと、
「―――っふう……」
二十歩。そして十歩。
もうすっかり習慣と化した鬼ごっこにて、守り側でういさんの攻めから逃げ切ること……もう何度目かな? その度に嬉しそうに微笑んでくれるものだから、生徒としてはやる気の途絶えようがないというもの。
「逃げる側は、もう完璧ですね」
「いやいや……ういさん、本気を出したら捕まえられてますよね?」
「それでも、少なくとも簡単ではないでしょう」
否定はしない所が実に剣聖様。本日も俺の先生は素敵でいらっしゃる。
「本当に、この短期間で見違えました―――そろそろ、私の事も捕まえてくださいね」
「ういさんもういさんで、お言葉の破壊力を自覚なさった方が良いのでは?」
私を捕まえてとか、そんな楽しげに微笑まれながら言われたら大抵の男は即死すると思うんですが…………俺? 俺は例の膝枕で既に命を落としてるから。
「それでは、これからは追う側を重点的に見ていきましょう」
「っす、お願いします!!」
修行開始から五日―――四柱戦争本番まで、あと十日。
遅いか早いかの判断は付かないが……一歩ずつ確かに、俺は歩みを進めていた。
奴の言動を形成する要因の一端である美代子さん三十三歳バツイチ。