ドレスアップ
「春日君、なんだかご機嫌?」
大学生活&修行開始から五日目。早くも慣れが出てきた遠山グループ……というより全体のノリを見るに、実際のところは葦原グループだった四人組にお邪魔しての昼時。
別に席が決まっている訳でも無いが、自然と毎度のこと隣り合わせになる楓にそんな事を言われる。
「あぁ、まあ、ちょっとね」
講義の内容で思うところがあったのだろう、ノートを開いて意見を交換している俊樹と美稀。そして傍でその様子を眺めながらデザートをつついている翔子を他所に、横から此方を覗き込んできた瞳に「大したことじゃないよ」と返す。
ここ数日で各々のキャラは掴めてきたが、楓は若干―――本当に僅かにだが、何となくソラと似たところがある。
大きな目をパチクリさせて、こうして俺の顔を覗き込んでくるところとか……その際、無意識なのだろうが距離が近くなるところとか。
あと多分、この子わりとお嬢様。立ち振る舞いとか些細な仕草とか、あとはよく周囲を観察して細やかな気配りを絶やさなかったりと……こう、育ちの良さが分かり易く見て取れる。
これはこの大学生活でさぞおモテになる事だろう。いまだって周囲の男子からチラホラ視線を向けられている事からも分かる通り、容姿も可愛らしい子だからな。
―――仮想世界で散々にファンタジー美女&美少女と交流していない頃の俺であったなら、そこらの男子と同様にイチコロだったかもしれない。
いやぁ……剣聖様の膝枕は兵器でしたね。
「なになに、聞いても良いお話?」
「うん? んー……」
当然ながら、俺が【Arcadia】のユーザーである事―――世間一般で言う『プレイヤー』である事は黙っている。そのため二つ返事で「勿論」とも返せず、とりあえず浮かべるのはバイトで培った愛想笑い。
序列入りする前までならば話は違ったが、あれよあれよと現実世界ですら持て囃されるトッププレイヤーの末席に飛び込んでしまった身だ。
わざわざ一般層を演じてまで、春日希と【Haru】を繋げる要素を開示する気にはなれなかった―――そもそも俺は「アルカディアのプレイヤーなんだぜ!」などと、自ら目立とうとする性質でもない。
現実世界での性格が、素面だと陰寄りであることは自覚しているから。
「何と言うか……あー、あれだ。オーダーメイドの服が届く、的な?」
ただまあ、仮想世界の話である事を伝えずとも会話の流れには乗せられる。嘘ではない事をスラスラ口にすれば、楓は「ほえー」という感じに意外そうな顔をして見せた。
「春日君、意外とお洒落さん? 休日はバッチリ決めて街へ繰り出してるのかな?」
「へ……? あぁ、いや、そんな大した物でもなくて」
と、これは嘘。
というか「大した物」である事だけではなく、そもそも実際は「俺の物」でも「届く」わけでもないから。
「ふぅん……ね、本当に時間が作れるようになったら教えてね? せっかく仲良くなれたんだから、大学以外でもお話してみたりしたいな」
興味を失った訳では無いのだろうが、自分が口にした「休日」というワードに引っ張られたのかもしれない。もう何度目かも分からない念を押すような確認に、「分かった分かった」と笑みを返す。
現状は仮想世界の慌ただしさからアレコレ誘ってくれている四人に頭を下げ続けているのだが、四月を過ぎたら暇が出来るからと約束をしているのだ。
俺としても楽しみだ。青春って感じで、実に良いではないか。
◇◆◇◆◇
―――で、それはそれとしてだなぁ……!!
◇【ハルニア】トークルーム◇
【Haru】:よう!
【Haru】:本日はお日柄も良くご機嫌如何お過ごしかな!!
【Nier】:…………
【Nier】:何なの、そのテンション。いつもと違い過ぎて怖いんですけど
【Haru】:何なのって決まってるだろ
【Haru】:お前が散々期待させたせいでもあるんだぞ。是非責任を取ってくれ
【Nier】:いや、分かるけどさぁ……
【Nier】:なんかムカつく。会ったら一発ひっぱたく
【Haru】:なんで???
【Haru】:まあともかく……完成、で良いんだよな?
【Nier】:ふふん、当然
【Nier】:もっともっと期待しておくがいいよ。二百パーセントで応えたげる
【Haru】:神はここにいたか……
【Haru】:ニア神様
【Haru】:献上品とか持って行った方が良いか?
【Nier】:ねえ本当にムカつく。三発ね
【Haru】:だからなんで???
【Haru】:それはそうと
【Haru】:ハルニアってなんかヘルニアみたいだな
【Nier】:
【Nier】:うっっっさいばぁーか!!!!!
◇◆◇◆◇
「―――っハイ一名様ご案内ぃ!!」
「な、にゃっ……!? なに、なんっ……なんですか……!?」
「だ か ら !! バァーンって入ってくるなぁ!!」
金曜日の午後五時から一時間ほど。
リアル多忙のソラさんがチラっと顔を出せるらしい定期タイムに待ち構えていた俺は、ログインしてきた相棒を拉致する勢いでニアのアトリエへとデリバリー。
お怒りのまま宣言通り三度ひっぱたいてくるニアに瞳をグルグルさせているソラを託して、お色直しの邪魔になる野郎は即座に退散した。
そして―――
「―――――――――………………」
「―――っ!?……、?…………っ!?!??」
「アタシは自分の才能が恐ろしい……」
主の許しを待ってから、再び足を踏み入れた宝石細工師―――否、神の如き仕立屋殿のアトリエにて。俺はガチの『天使』と対面していた。
形容するならばそれは、青空のドレス。
ノースリーブのシャツ部分からフレアスカートへ、純白から空色へと見事なグラデーションに彩られた本体。ふわりと広がる膝丈スカートの裾部分は素材となった『羽根』を思わせる装飾が施されており、薄らと透ける布地から僅かに覗くスラリとした脚のラインが実に蠱惑的。
肩に掛かるのはスカート部分よりも深い青色のショートケープ。ドレス本体とはやや質感が違い、角度によって何やらキラキラと僅かに輝いて見える。
紅と蒼―――対照的な色合いながら、空いた首元で輝く【小紅兎の首飾り】を上手く引き立てる文句の付けようがない配色センスだ。
細部の装飾から何から「ニアちゃん最強」と語彙力を失わざるを得ない抜群の出来だが、加えて想像外の働きを見せてくれたのがカグラさん。
新たな衣装に身を包んだ少女、その手足を守る【流星蛇】シリーズは、素材こそお揃いなれど俺の物とは全く違うカタチでそこに在った。
夜空に星を散らしたような紺碧に白粒の生地で作られたのは、二の腕までを覆うドレスグローブに編み上げのロングブーツ。
ブーツの方は形こそ違えど、造り自体は俺の深靴と同様にしっかりとしたものだ。
しかしながら、全体的にふんわりとした印象の本体に合わないなどという事はなく。むしろ土台となる足元に安定感が生まれたことで、より一層に主役たるドレスの魅力を際立たせていると言えるだろう。
そして特筆すべきはやはりグローブだ。手先はソラさんの要望通り指抜き仕様―――というか、中指に掛けるタイプのフィンガーレス。そこから二の腕に掛けて、まるで夜明けへの変遷の如く紺碧から空色、そして純白へと繊細なグラデーションを描いている。
そして手足揃って上端にワンポイントで飾り付けられた【浮流星片】は磨き抜かれ、宝石と見紛うばかりの涙滴となって落ち着いた輝きを放っていた。
カグラさんヤベェ……こんな繊細な一芸も備えていらっしゃったとは……!!
勿論ニアも……いやもう二人とも神。二柱の御業によって、無事ここに可愛いの権化が顕現を果たした―――!!
「「マジかわいい―――……!!」」
両手を口元で合わせ、拝むかのようなポーズでシンクロしつつ全く同じ言葉を零す俺とニア。ニアとは違い俺は大層気色悪い事になっているだろうが、そんなものこの場では気にしている余地など一切ない。
混乱のままに剝き出しの上肩、空いた両脇、そしてスカートが揺れるたびに顔を出す膝を気にしているソラさんが可愛すぎてもう優勝今生に一片の悔い無し……
「あ、の……あの……! これ、なん……っ、なん……!!」
ふらふらと倒れ込むようにソファに沈む俺、そして同じくふらふらと誘引され当然の権利のようにソラを後ろから抱き締めるニア。
サプライズで用意された新たな装い、それを手掛けた職人の片割れに為されるがまま。お人形のように抱かれたソラは、ただただ混迷を深めるのみ。
黙って勝手にやらかして勝手に撃沈した俺達を交互に見ながら、被害者の少女は言葉も紡げないままにオロオロと慌てふためくのであった。
頼む、伝われ……!!
私の頭の中にあるイメージ映像ではこの上ない天使に仕上がってるんだ……!!!