やれば出来る事はやれば出来るからやれ
さて、先生様が剣聖様で可愛くて辛いとかやってる場合じゃないんだわ。
四柱戦争本番は今月末。選抜戦が開かれたのが月の真ん中だったので……それから五日が経った現在、時間はあと十日ばかりしか残されてはいないのだ。
意味不明な癖などさっさと矯正して、次々教えを乞うていかなければ―――と、気ばかりが逸ってはいるものの。
「分゛か゛ら゛ん゛ッ……!!」
何をどうすれば『外』の出力に頼り切った現状を脱せるのやら、皆目見当が付かない。体力づくり自体はどれだけ重ねても無限に有効だろうと、『鬼ごっこ』を続けながらアレコレ頭を捻っちゃいるが……
「難しそうですか?」
頭を抱える勢いで座り込んだ俺の下へ、相変わらず連勝を続けるういさんが近寄ってくる。へばった生徒に付き合って隣に腰を下ろすと、悩みの如何を問うてきた。
「そうですねぇ……『外』の感覚自体は多分、ある程度は掴めました。今まで無意識でも散々やって来たわけですから、そこはまあ」
ういさんが言っていた、言葉には出来るが伝える事はできないという感覚。取っ掛かり程度でも掴めた今では、彼女がそう表現した意味がよく分かる。
まず、俺とういさんでイメージも何も全く違うから。
彼女は「内は込める、外は掴む」と表現していたが、俺としては「内は振るう、外は手繰る」と言った感じ。
詳しくどういう意味かと問われても、残念ながら答える事など出来ない。
手を振る『感覚』を事細か詳細に表現して解答せよとか言われても、そのまま「手を振るという感覚です」以上の説明文句は無いだろう。そういう類の問題だ。
俺の場合は操り人形を例に挙げたが、まあ大体そんな感じ。思考という名の糸で、アバターという名の人形を操っているようなイメージに近いだろうか。
「その感覚を掴めたというだけで、ハル君は十分に特別ですよ。残念ながら、それぞれの力を分けて認識するに至らない人が大多数ですからね」
そりゃあそうだと思うし、実際問題そうであっても本来なら大した『差』なんて生まれないだろう。僅かでも【剣聖】様が見ている世界を覗き見るに至った今、彼女がどれだけ恐ろしく高度な事をしているか理解できた俺にはそれが分かる。
『内』と『外』を寸分違わず同時に操作?
―――出来る訳ねえんだよなぁそんな事!!
同じマルチタスクでも、例えば「左右の手で同時に文字を書く」なんて鼻で笑うレベルにも満たない。般若心経と英論文を同時に書けと言われてもまだ其方の方が簡単なのではと思わずにはいられない、そういうレベルの無茶苦茶だ。
多分これ、難易度どうこうというか『適性』があるかどうかなんだろうなぁ……ありがたい事に俺はそこそこあるらしいが、ういさんには及ばない。
断言するが、俺が『縮地』を会得する事は不可能だろう。
しかし、別々にでも意識してコントロール出来るようにさえなれば……だ。俺はこれまで散々周囲に「異常」と言わしめた高速機動を保ったまま、無駄なスタミナ消費を抑えてこれまで以上の継戦パフォーマンスを獲得する事が出来る。
おそらくは長丁場になるのであろう四柱戦争を見据えている今、それは確かにプラスへと働くはずだ。
然らば、まずは―――
「切り替え……だなぁ」
「すいっち、ですか?」
隣でうい先生が首を傾げて、俺は目の前で手を閉じたり開いたりしながら頷く―――あと先生、その横文字ひらがな属性は俺に効くので控えて貰っても宜しいでしょうか。
「ういさんみたいに同時に自在に……は、多分だけど俺には無理です。ただせめて、自分の意思でメイン出力の切り替えくらいは出来ないと」
ハッキリ自覚した今ならば分かる。マジで俺、何から何まで『外』の出力しか使っていない。高速機動でも何でもない、こんな手の動き一つさえもだ。
これでは『内』―――300ポイントも振った筋力ステータスはそりゃもう泣いている事だろう。こちらも無意識下で多少なり使っちゃいるんだろうが……使いこなせているとは、お世辞にも言えないだろうからな。
「ただ、その現状裏返ってる出力のひっくり返し方がですね……」
浮かばないし、よく分からん。
思考操作に頼って身体を動かしてしまっているというなら、何も考えずにただ身体を動かせば良いという話……なのだが、もう素で無意識に考えて動かしてしまっているわけだからな。感覚的には今だって「何も考えていない」状態なのだ。
完全なるバックグラウンド動作だ。俺タスクマネージャーでも起動できれば、クリック連打でプロセス終了してやるというのに。
「自然に身体を動かす感覚を損ねてしまっている……『外』が表に…………つまり、いま一度『内』の感覚を引っ張り出す必要があるという事、ですね?」
「そう、ですね。これが素の状態になっちゃってるので……一回でも意識して引っ張り出せれば、そのまま留め置ける気はします」
「ならば、引っ張り出してしまいましょう」
「そうですね、そうしま……いえ、あの、そうしたいのは山々なんですが―――っと、と?」
それが出来ないから困っている―――サラッと言ったういさんに言葉を返すより早く、俺は立ち上がった彼女に引っ張り上げられて腰を浮かせた。
「えっと……」
「無意識にでも考えてしまうのが問題ならば、無意識にすら考えられなくなってしまえば解決するでしょう」
「………………………………そ、そう、ですね……」
―――いい加減、俺も分かっている。
ういさんは「やれば出来る事はとりあえずやる」お人だということを。
「それでは―――やりましょうか」
「はは……―――えぇ、それじゃひとつ、徹底的にお願いします」
俺だって、今更もう一々弱音を吐くつもりはない。
『先生』に相応しい『生徒』でありたいからな。
◇◆◇◆◇
でも心の中くらいは許してほしい―――鬼ごっこ三百連は激つらい。
恙無くぶっ倒れた俺は、予定通り息も絶え絶えに無事死亡していた。
「ハル君?」
「ぁぃ……」
「良い感じのようですね」
言ってることは鬼のようだが、その微笑みは天女のようだ。
俺の先生が今日もお綺麗で可愛らしくて剣聖様で実にういさん……
―――ん……?
「ぁぇ……?」
「いけませんよ。せっかく頭を空っぽに出来たのですから、そのまま何も考えずに寝ているように」
シュワシュワとした謎の感覚に満たされた疲労困憊の頭がグイッと持ち上げられて、何事かと開きかけた目を何かに塞がれる。
少々ひんやりとした何かは柔らかく、その心地よさに意識を吸い寄せられて思考は容易くほどけていった。
目を塞がれたまま、次いで右手が勝手に持ち上がった。そちらもまたひんやりした何か―――手かな、これ。ういさんの手に取られて、持ち上げて下ろしてを繰り返される。
「ほんの少しで構いません。力を入れて、ついてくるように」
ついてくる―――ついていく。
俺の手を上げ下げする彼女の手に追従して、俺も腕に僅かばかりの力を込める。
上げて、下げて、上げて、下げて―――果て、これは一体なんなのか。そもそも俺は一体なにをしていたのか……
上げて、下げて、上げて、下げて―――そこで、目元に置かれていた手が離れていき、
「………………?」
ぼんやりと瞼を持ち上げれば、いつの間にそちらも放されていたのか一人で上下している俺の右手がある。
動いている―――動いているなぁ。
何というか……―――重たい。重たい? 違う、これは言わば、力強いだ。
それはいつしか、気付かぬ内に失っていた感覚。欠けていたピースが嵌まり込むように、カチリと俺の中へ舞い戻ったその感覚は―――
「いかがですか、ハル君?」
「……………………はは……―――おかげさまで、取り戻せたようです」
紛れもない、本来アバターを動かしているべき基礎たる『内』の―――
「―――……、…………?………………???」
ういさんの顔の先に空がある。
「それは何より、ですね。れっすんわん、了と致しましょうか」
ありがとうございます。ふわりと微笑む剣聖様は、下から見上げてもお美しい―――いや、そうではなく。
あの……あのですね?
この『枕』は何でしょうか?
薄い布地の肌触りの奥、頭と首元に柔らかな温もりを伝えてくるこの枕は、一体全体なにごとなのかと問うてよろしいでしょうか……!!
「ひ、ひざまく―――……」
「あぁ……ふふ―――頑張った生徒さんに、特別ですよ」
加えて「内緒です」とでも言うように。
口元に人差し指を当てた彼女の微笑が、間抜け面を晒す俺へと直撃して―――
「っ―――――、―――――――――――――」
そうか。
今日が俺の、命日だったか。
ご褒美だぞ受け取れよ。
今回 「主人公 死す」 ドライブ・オン!