転じて一幕
大学生活と剣聖様の修行が始まってから、四日目の昼時。
二限目の講義を終えた俺は次々と退出していく生徒達の背中を見送りながら、講堂の端の席で一人机に突っ伏していた。
「流石の授業レベル……」
いや講義レベル? 難関で知られる有名大学の名は伊達ではなく、一から十まで片田舎の高校で経験してきた授業とはモノが違う。
流石に講義が始まって一週間足らずで置いて行かれはしていないものの、正直言えばついていくのが精一杯。ユニークというか特徴的な教え方をされる先生が多く、内容の面白さや興味深さから『苦』までは感じないが……
あと先生って『先生』って呼んでいいの? 大学だと『教授』とかになるんだっけ―――
「……こんにちはー?」
ノートを閉じて伸びをしている俺の横で、ふと耳に届く控え目な声音。近くの誰かが声を掛けられたのか、はて自分の近くに誰かいたっけと思いながらチラと横目を向ければ、
「―――ん゛ぇっ」
ライトブラウンの明るい髪の下でパッチリ開いた大きな目が、真直ぐに俺を見ていた。
驚きのままにおかしな声が喉から飛び出し、咄嗟に口を塞ぎながら身体を起こす。声を掛けたら秒で無様を披露された女生徒は、リアクションに困った様子で愛想笑いを浮かべた。
なにやってんだ俺、お手本みたいなコミュ障ムーブかましてんなよ……!
「ご、ごめん、ボンヤリしてて……えーと、俺に何か?」
講義の際に隣り合った者とチラホラ会話はしているが、彼女とは初対面だ。似たようなコマ取りをしているのか顔を見かけることは多いが、名前もまだ知らない。
「ううん、こっちこそ急にごめんね? えーとですねー……これもまた急にごめんなさいだけど、良ければお昼一緒にどう?」
「おひ……えっ」
彼女の言う通り、急で唐突な誘いである。ビックリして呆けていると、女生徒は何やらワタワタしながら手提げからノートを取り出して……
「あ、あの、ワタクシ、四條楓と申します。怪しいものではゴザイマセン」
表紙の隅っこに書かれた丸っこい記名を示しながら、真面目な顔してそんな自己紹介をするものだから―――吹き出しかけた俺が「ぐふっ」と喉を詰まらせるのも無理はないというもの。
笑われたことは察したのだろう、ジワリと顔を赤くして彼女―――四條さんは手提げにノートを突っ込みながら誤魔化すように「とにかく!」と言葉を繋ぐ。
「同じコマでよく顔見るし、君も文系コースでしょ? いつも一人でいるけど、とりあえず一回声かけてみるくらい良いかなって……」
忙しい人? それとも孤独主義? と、そんな感じに問われているような視線。
実際は単に仮想世界の慌ただしさにかまけて、大学生活の充実にまで目を向けられていなかっただけだ。
つまり俺としては、こうして向こうから声を掛けて貰えたのは願ったり叶ったりなわけで……
「ありがとう。ちょっと田舎から上京してきたりで、暫く余裕が無くてさ」
言いつつ教材を片付けて立ち上がり、辺りを見回す。
月並みだが『女子大生』という肩書きが良く似合う、お洒落で可愛らしい子だ。で、そんな子が一人で特攻を仕掛けてくるほど、俺が魅力的な男という訳も無い筈で……あぁ、彼らかな。
少し離れた位置で彼女を見守っている、男子一人女子二人の三人組を見つける。ひらひらと手を振って来た男子に手を挙げ返しながら、俺はソワソワと返事を待っている四條さんに笑んで見せた。
「誘ってくれて嬉しい。ご一緒しても良いかな」
◇◆◇◆◇
「―――後生だ、仲良くしてくれな」
「近い」
これ本当に学生食堂かぁ? と首を傾げたくなる、広々として尚且つスタイリッシュな空間にて。
各々昼食を確保して席に集ったかと思えば、誰よりも真っ先に新顔の隣に陣取った男子―――遠山俊樹が肩を組まん勢いで詰め寄ってくる。
というのも男子一人、女子三人という男女比で肩身の狭い思いをしていたらしく……贅沢だなんだという話をすると、仮想世界の俺のアバターに特大のブーメランがぶっ刺さるのでノーコメントで。
「男の絡みは趣味じゃないから他所でやってくれるかなー?」
丸テーブルで遠山の隣に腰を下ろした黒髪ロング、葦原翔子が彼の脇腹を肘でどつき、
「遠山君、春日君引いてるよ」
その隣に座った黒髪ショートの眼鏡女子、梶沢美稀が呆れ顔を見せて、
「あははぁ……と、こんな感じの集まりでございます」
そして最後。梶沢さんと俺の間に収まった四條さんが、様子を窺うように目を向けてくる。
これ言って良いかなぁ? 何だこのイイ感じのリア充オーラは???
俺、本当に此処に誘われてよかったのか? 大学青春ラノベ主人公の邪魔者キャラとしてエントリーしてない?
「どうかした……?」
「なんでもない。楽しそうなグループに誘われたもんだと思って」
―――勿論良い意味で。と視線で伝えれば、四條さんはほんのり照れ臭そうに「えへへ」と笑う。どうやら現実世界にも使い手がいたようで。
「春日君、上京してきたんだって? どこの高校から来たか訊いても大丈夫?」
「別に良いけど、分かんないと思うよ」
葦原さんに問われるまま答えれば、片田舎の学校名に当然四人は思い当たらない様子。
「分かんないねぇ。無名校……なんて言ったら失礼かもしれないけど、そんなとこから此処に受かったなら、さぞかし持て囃されたんじゃない?」
持て囃されてはいないかなぁ。なんたって―――
「高校では理由あってぼっちだったから、そういうのは無かったかな」
変人扱いされていた、までぶっちゃける必要は無いだろう。ただそう言うと、梶沢さんが不思議そうな顔をして口を開く。
「春日君、コミュ力高そうなのに」
「ね。俊樹の扱いも良い意味で遠慮無いし」
葦原さんも続いて疑問を浮かべているが、その前に遠山何とかしてくれない? 一人だけ名前呼びなことを鑑みるに、貴女これとそこそこ親しい仲でしょう?
やたら絡んでくる遠山を腕で押し退けて、若干椅子をずらして退避行動。
「ごめん四條さん、避難させて」
「どーぞどーぞ」
自然距離が近くなった四條さんに断りを入れて、男友達を求めるハーレム主人公から逃げ遂せる。分かり易く残念がる遠山は、葦原さんから頭を小突かれていた。
もしかしたら親しい仲というか、既にそういう仲なのかもしれない。
「遠山と葦原さん、四條さんと梶沢さんのペアが、大学でくっ付いた感じかな」
「わ、正解。よく分かったね? 初めに私と翔子ちゃんが仲良くなったんだよー」
近くなったついでに尋ねてみれば、四條さんからマルを貰い納得する。男女一々だったところに女子二名が加わって、一気に肩身が狭くなったのだろう。
遠山の気持ちは分からないでもない。仲良くするのも吝かではないが、まずは落ち着いて距離感を正してどうぞ。
「春日君、私は美稀で良い。苗字、響きがあまり好きじゃないから」
と、四條さんの向こう側からそんな声。
「あ、なら私も楓で。苗字より響きが好きなので」
ついでとばかり四條さんも乗っかって、結果的に初対面の女子の名前呼びを求められる俺。三十秒前にぼっち宣言した男にこの仕打ちである。
「まあ……了解。俺は好きに呼んでくれて良いよ」
春日希―――苗字も名前も、どっちも好きじゃないので。
「ハルカちゃん」とか「ノゾミちゃん」とかじゃなければ、なんでも。
「なら希君で」
「じゃあ春日君で」
秒で割れた二人が目を見合わせて……葦原さんも含めて、最終的に俺は「春日君」になった―――で、遠山はといえば、
「よろしくな希! 仲良くしようぜ希! これから宜しく頼むぞ希!!」
「あぁー分かった分かった……! 近い離れろ鬱陶しい……!!」
俺のことは俊樹で良いからよ! と、またしてもグイグイくる男を押し退けに掛かると、楓が背中を押して援護してくれる。
あっちはあっちで葦原さんが面倒臭そうに遠山の背中を引っ張って、そんな感じの騒ぎの対面では美稀が興味薄そうに一幕を眺めており―――
「……はは」
思わず零れたのは、気の抜けた笑み。
何だかんだ現実世界も騒がしくなりそうだなと、俺は心の中でこの出会いを歓迎していた。
リアルサイド描きたい欲に負けて挟み込んじゃった。
女子に偏ったグループに「誘っても良し」と判断される時点でこの主人公さぁ