陣中見舞い
「やっほー! ういちゃんひっさしぶりぃ!! お兄さんの修行は捗って―――うーわっ……」
「……ご愁傷様」
倒れ伏し、地に顔を擦り付けたままピクリとも動けない暗闇の中。
辛うじて生きている聴覚が門の開く音と軽快に駆け寄ってくる足音、そして聞き覚えのある二つの声音を拾った。
テンション高く騒がしい声と、物静かで気だるげな声。声の主に当たりを付けつつ、俺はリアクションを放棄して屍ごっこを継続。
「暇が出来たから様子を見に来てみれば……一日目でへばったのか? 情けないな」
「ふうへぇ……」
そして追加の声がもう一つ、憎たらしい顔したイケメンフェイスを容易に想像できる煽り文句が飛んでくる。
そちらには反射的に言い返しながら僅かに頭を持ち上げれば、視界に映るのはブロンド侍の煽り顔―――ではなく、
俺の傍に屈んで此方を覗き込んでいるのは、ライトベージュの髪を揺らす少女アバターだった。
「…………」
更に意外というか、言葉も無くそんな事をしているのは青色の方。喧しい赤色とは違う、感情に乏しい瞳でジッと俺の顔を眺めている。
「……どした?」
「……なんでもない、お疲れ様」
何事かあるのか問えば、少女は小さく首を振ってから労いの言葉など渡してきて―――なんか、あれだよな……単なるダウナー系で、面倒くさがりな性分かと思いきやだ。
会議の際にサラッとゴッサンのフォローに入ったり、相方に押し付けられた仕事を健気にこなしていたり……意外とこう真面目というか、律儀な子なのかもしれない。
思いがけぬ労わりに「サンキュ」と礼を返せば、リィナはまた首を振ってから―――
「「―――え、なにしてんの?」」
図らずも重なったのは、驚いた俺と赤色の声。
その要因となったリィナ―――無表情のまま傍に屈みこむ少女は、俺の髪にさわさわと指先で触れている。
頭を撫でるでもなく、細っこい指が毛先だけを梳くものだから正直くすぐったい。
「リィナちゃん……?」
訝しげな視線を向ける赤色の方へ見向きもせず、何だか「当然のことをしているだけ」みたいな雰囲気でリィナは手を動かしている。
いや、本当に何してんの? と俺の方も困惑するままなのだが―――
「頑張ってる人は、応援してあげないと」
……との事で、どうも俺は応援されていたらしい。
え?
え、なにこの子、メチャクチャ良い子なのでは?
どこかの赤色とは大違い―――おうコラ貴様なんだその目は。
この状況で俺が一方的に犯罪者を見るような目を向けられるのは、流石に納得いかないんだが???
「あーもー全く相変わらずなんだから……ハイハイ、男の人に気安くボディタッチしちゃいけませんよー」
と、放っておけばいつまででもさわさわしていそうなリィナを、赤色が「はーやれやれ」みたいな顔で引き摺っていく。
相変わらず、ねぇ。どうやら元より、ああいった行動を取る子だったらしい。思いがけず、かなりイメージが変わってしまった。
あとミィナ、お前は自分の行動を顧みろ? どこぞの藍色娘よろしく、初対面で相方を道連れに鳩尾タックルかましてきたの忘れてねえからな。
「で、いつまで転がってる気だよ色男」
「それは特大の煽り文句だぞ色男野郎」
三人が訪ねてくる暫く前からぶっ倒れていた訳だが、アホほど幻感疲労にまみれた身体もようやく動くようになってきた。
軽口に軽口を返しながら起き上がれば、リィナと入れ違いに側へ立っていた囲炉裏が手を差し出してくる。
「まあ、お疲れ。先生は何方に?」
「おう、サンキュー。ういさんは一旦ログアウトしてる」
ご実家の道場の様子を覗いてくるとかで、すぐに戻ると言っていたが―――
「ほら、お帰りだ」
建物の傍に転移と似たエフェクトを見て取りそちらを示せば、囲炉裏は頷き挨拶へと向かっていった。
「―――んでぇ? 修行の方はどうなのかな、おにーいさん?」
ちょいちょいと背中を小突かれて振り向けば、赤色娘がニマニマ笑いながら分かりきった事を訊いてくる。
「なんだその顔は、鬼ごっこ超楽しいが?」
「へぇ~? ちなみに戦績は?」
「百連敗から先は数えてねえ」
開き直って素直に白状すれば、ミィナは揶揄うようにまた笑う―――かと思いきや。
「うへぇ、それは何というか……ういちゃん相手に百連戦ってむしろ根性あるねお兄さん」
と言って先程のリィナよろしく、労うように腕をポンポン叩いてくる。
なんだ……? お前も意外性のギャップを狙い始めたのか……?
「いやぁ、鬼ごっこに関してはあたしも体験した事あるからさぁ……あ、お遊び程度だけどね?」
我ながら何とも言えない表情を向ければ、ミィナは竹木の柵で囲われた狭苦しい舞台を見回して苦笑いを浮かべた。
「キッツいよねぇコレ。飛んだり跳ねたりする訳じゃないのに、ビックリするぐらい疲れない?」
「まあ、そうな」
彼女の言葉通りだ。この『修行』は、下手な高速機動などよりも余程キツいし疲れる―――そして、その理由は何となく理解出来る。
仮想世界には肉体的な疲労は存在しない。しかし『幻感疲労』という独自の現象により、精神の疲労がアバターの肉体を縛り付ける。
つまり、仮想世界では精神疲労=肉体疲労と成り得るのだ。
病は気からという言葉がある通り、現実世界でも多少なりその図式は成り立つが……仮想世界でのそれは、比べ物にならないほど顕著かつ直接的というわけだ。
そこをいくと、この鬼ごっこが何故こうも疲労するのかにも納得が行く。
「駆け引きの凝縮、みたいなものだからな……そりゃ消耗が激しいわけだわ」
実戦ですら、一切の休みなく駆け引きが続くなんて事にはそうそうならない。自分が作り出すインターバル、相手が作り出すインターバルそれぞれで、思考を休める暇というのは存在するものだ。
それを剣聖式鬼ごっこでは、果ても間断も無く継続して行う―――そりゃあ精神も摩耗して、アバターが動かなくなり昏倒もするというもの。
「そうだねぇ。だからまあ、最初っからそんだけ食らいつければ将来有望じゃん? さっすがスーパールーキーだね!」
と、今度こそ揶揄い百パーセントでバッシバシ背中を叩かれる。
顔の高さに大きく開いた右手を掲げてやると、二日前のことを思い出したのであろう赤色は一目散に逃げていった。
「ったく……ほら、お前も行かなくていいのか?」
「ん……」
そのまま囲炉裏と談笑しているういさんの方へ駆けていくミィナを示せば、柵に背中を預けてボンヤリしていたリィナも頷いて、
「頑張って、ね」
擦れ違いざま、また腕をさわさわしてから相方を追い掛けていった。
……うむ、良い子だな。指先で絶妙なソフトタッチをしてくるのだけは、メチャクチャくすぐったいから遠慮していただきたいが。
―――で、一人取り残された俺はと言えば……
「……あと五分」
再び倒れるまでは行かずとも、色濃く蓄積した幻感疲労は如何ともし難く。
柵に背中を預けつつ腰を下ろした俺はもう暫く、赤色を筆頭に賑やかな交流を始めた四人をボケッと眺めている事にした。
誰とは言わないけどわりと人たらし。