戦に魅入られ、戦を魅せる
「まずな、別に『敵役』ってわけでもねえんだよ」
百点満点―――別にそれは俺の考察が何から何まで正鵠を射ている、という訳では無かったらしい。
あくまでも凡そ正解、自分でそこまで辿り着いたのが評価に値する……という事で、答え合わせという名の補足説明が始まった。
「お前さんが言ったように、四柱は本来の攻略を優先する上では寄り道にしかならん。それは東陣営だって納得してる事実だ」
ただな―――と言葉を切って杯を呷ると、ゴッサンは後ろ手を突いて空を見上げる。
リラックスしきって見えるその様が、この話は別にネガティブなものではないのだと語っているようだった。
「俺らが納得してるってことを、他陣営の連中も分かってんのよ―――つまり八百長じゃねえにしても、現状の形は互いに納得し合って維持してる『最良』ってわけだ」
「んー……勝敗調整じゃないにしろ、何かしら話し合いがあったと?」
いくら口をつけても慣れない苦水に白旗を上げて、俺はジョッキを脇に置きつつ問う。最後に一口飲んで顔を顰めたのを見られていたのか、ゴッサンは小さく笑いながら「おうよ」と頷いた。
「まあ話し合いっても、それ自体で納得させたわけじゃねえ。同盟を持ちかけて来た三陣営の提案を蹴りはしたが、イスティアは代案を出した―――んで、その代案を実現できるだけの力を、俺達は示した」
語り口から察するに、彼は当時からその真只中にいたのだろう。空に当時の情景でも描き出しているのか、懐かしそうに―――この上なく楽しげに天を眺めながら、【総大将】は過去を詠む。
「第一回の四柱戦争。北と南の二陣営に挑戦状を叩き付けて―――東陣営は勝利を掴み取ったんだ」
「いや初回から暴れたのかよ」
三年前も、イスティアはやはりイスティアだったようで。
「当時は爺さん―――序列一位も、ういの奴も戦場にいてよ……若い奴には懐古厨なんて言われちまうかもしれんが、あの頃も楽しかったぜ」
序列一位、ゴッサンより年上だったんだろうか? 「爺さん」と言っている辺りそんな気配がするが……まあ、俺は顔も知らぬFirstよりも、
「そういや、ういさん第一回は出てたんだっけか」
直近で知り合った、そちらの名前に興味を惹かれるのが自然というもの。
「あぁ、そりゃもう八面六臂どころじゃねえ大活躍よ。涼しい顔して『行って参ります』なんて笑ったかと思や、突撃してくる五十人は下らねえ前衛集団に突っ込んでったりなぁ」
剣聖様ァ……
「アイツもアレで楽しんじゃいたはずなんだが……何か、違ったんだろうなぁ。大規模な対人戦は苦手とか言って、引き籠っちまった」
「……なんか―――あぁ、いや、何でもない」
思わず詳しい事情を訊きそうになって、引っ込める。訊くにしても、この手の話は本人に直接訊くべきだ―――と、そう思ったのだが……
「いや、この件に関しては気ぃ遣う必要はねえぞ? アイツは別に、戦いが好きな訳じゃなかったんだろ。過大な注目を浴びてまで興味の薄い戦舞台に上がる必要を感じねえから、んな事よりひたすら鍛錬がしたいと引き籠っただけだ」
「あー…………あー……まあ、納得」
ういさんは別に、戦う事が好きな訳じゃない。期せずして俺も抱いていた意見が合い、納得と共に些細な安堵を得る。
戦争という大舞台で、かつての彼女が何かしら―――……なんだ、こう、アレだ。嫌な目にでも会ったんじゃないかみたいな、漠然とした予想が否定されたから。
この件に関してはという前置きがあったとしても、とりあえず一つは安心―――短い時間ながらも彼女と交流して、過保護じみた態度を取っていた囲炉裏の気持ちが多少は分かった俺である。
「話を戻すか。俺達が叩き付けた挑戦状の内容は、こうだ―――八百長なんざ組まなくても、戦力を拮抗させて本気でやり合えば勝ち負けの釣り合いは取れる。俺達は多少不利なくらいが丁度良い、二陣営纏めてかかってこいやってな」
「言ってることがほぼ筋肉なんだよなぁ……」
「っは、当時ヘレナの奴にも言われたぜ」
ヘレナ is 誰……まあいいけど。
「お前さんの言った通り、ウチがやや負け越すくらいが丁度良いんだ。だが、負け続けちゃいけねえ。二度負けて、一度勝ち、負けて、二度勝ち、また二度負けて、また勝つ……負けてるように見せかけて、実際は拮抗している―――そう見せるのが肝だ」
そうすれば、加護の変動はイスティアのものが僅かに上下するだけ。攻略を見据えてのプレイヤー強化が遅延する事は避けられる―――というか、あぁ、そうか。
「ちょっと待って、今メッチャ納得した……そうだよな、見せる―――この仮想世界は、俺達だけの娯楽じゃない」
「お、気付いたか―――良いぜ、百二十点だ」
半分は独り言めいて納得を零せば、機嫌よく指を打ち鳴らしたゴッサンから加点を頂戴した。
「攻略を見据えるのは当然だが、これは娯楽なんだ―――楽しまねえとな、俺達も、現実世界の観客もよ」
「確かに……やる方もそうだけど、八百長なんて見せられる方はもっと堪ったもんじゃないよな……」
【Arcadia】は、見る娯楽としても現実を席巻する特大の―――いや、比喩抜きに世界で最大と言っても良いエンターテイメントだ。
序列持ちが世間に無様を晒せないと言うのと、おそらく同じこと。
現実世界を大きく巻き込んだ上で、世界最大のコンテンツとなっている【Arcadia】―――その唯一の公式イベントでやらせを世界中に放映するなど……
「そりゃ、避けられるもんなら避けたいか……」
「その通りだ。だから俺達が代案を貫き通せるなら―――二陣営と本気でやり合って拮抗出来るほどまで、死ぬ気でこの世界の『剣』を体現し続けるなら……と、他の陣営連中も、俺達の我儘に納得してくれている」
いや、そこまで意思が認められてるなら、もうそれは我儘というか―――
「成程な……納得したよ。しっかり協力関係なんだ、ギスるわけ無いか」
「そういうこった―――それに結局、イスティア以外の連中だって、全力で楽しめるもんなら楽しみてえんだろ」
「そりゃそうだ」
OK、完全に納得できた。
少なくとも俺の中には、もう疑問も懸念も何一つない。
「納得した……なら俺も、我儘役として死ぬ気で『剣』にならないとだな?」
そんな事情を理解した以上は、新米序列称号保持者の俺とて他人顔などしていられない―――明日からの『修行』にも、一層に身が入るというものだ。
「お前さん、わりと熱いとこ在るよなぁ―――嫌いじゃねえぜ、気張れよ【曲芸師】」
「了解―――期待に沿って見せるさ【総大将】殿」
グッと杯を差し出されて、俺も傍らに置いていたものを持ち直して気前よくぶつけ合う。
雫が跳ね、豪快に苦水を呷る偉丈夫に倣うか倣うまいか逡巡してから―――そっと杯を置き直した俺を見て、彼は愉快そうに「カッカ!」と笑っていた。
早い話が筋肉といったところで説明回一区切り。
お付き合いいただきありがとうございました。