東の立場
「身内になった事だし、この機会に訊いておきたい事があるんだけど」
「おう? いいぜ、何でも訊けよ」
本日の仮想世界の夜はやや曇り模様。俺とゴッサンは星の見えない静寂の荒野で男二人、手慰みめいて「中身の減らない大ジョッキ」を傾けつつ雑談に興じていた。
……これもマジックアイテムなんだろうけど、肝心の中身は何だこれ? 口にした事のない類の苦味の強い炭酸的な何か。正直言って美味くはない。
「ぶっちゃけ、戦争に関してそれぞれの陣営のスタンスがよく分からんのよ。最初は八百長的に勝敗をコントロールしようとしてたとか、かと思えばこれまでの三年間は南北対東の二対一で安定してるとか」
各陣営のスタンスというか、現在の情勢みたいな?
最初にカグラさんからチラっと聞いた以外にも、個人的に軽く調べたりしたのだが……なんかこう、俺が求めるような詳しい情報が落ちてないんだよな。
仮想世界に足を踏み入れていない世間一般的には、単純に娯楽として見世物の側面に目が集中するのだろうか。
八百長がどうのみたいな裏事情については完全にノータッチで、「戦事に長けたイスティアvsソートアルム&ノルタリア同盟」という認識で何の疑問も抱かれていない様子。
プレイヤー勢には「八百長?そういう話もあったらしいね」くらいの認識はあるものの、此方もやはり一つの陣営が袋叩きにされているという現状に関して思うところは無いらしい。
―――何というか、流石に色々とおかしくない?
「あぁ、それなぁ」
そんなゴッサンの反応を見る限りでは、俺の疑問は見当違いのものでは無いのだろう―――当然だよな。この構図、視点ごとに明確な悪役が発生するから。
「その辺の事情については……そうだな。急ぎでもねえ、お前さんの考えを聴いてから答え合わせでもしようじゃねえか」
「えぇ……いや良いけどさ」
地味にお喋り好きだよなこのオッサン……
「そしたらまあ……イスティアの視点では、勝敗調整を持ちかけて来た他陣営は『悪』だろ。闘争の東陣営を選んだからには、戦争なんていう大規模な祭りは全力で楽しみたいプレイヤーが多いはずだ」
それが唯一の公式イベントともなれば尚更だろう。
一切遠慮の無い言い方をしてしまえば、戦争に於いて『闘争のイスティア』に八百長を持ち掛けるってのはつまり―――「戦闘プレイヤーとしての最も大きな見せ場を潰される」という事実に我慢を強いるということだ。
実際の勝敗はぶっちゃけ二の次だろう。加護の移動なんていう馬鹿デカい報酬も、正直大して重要な問題ではない。
『闘争』を至上主義として掲げるイスティアに、その闘争で手を抜けと言うこと自体が致命的な問題なのだ。
……とまあ、これが東陣営の視点。
「対して他陣営―――南北同盟は、そもそも見据えてる問題が全く別物なんだろうな」
戦闘を命とする……と、流石にそこまで言うと大袈裟かもしれない。だがとにかく、イスティアにとって『四柱戦争』は無視することの出来ないお祭りな訳だ。
しかしながら、忘れちゃいけないのは【Arcadia】はMMORPG―――そもそも大多数の人間が協力する事を主題としたゲームであるという事。
何のために協力するか? 少数では届き得ない、強大な怪物に抗うためだ。
「極論、四柱戦争って下手するとプレイヤー同士で足の引っ張り合いになる―――……なぁ、さっきからその顔はなに? どういう感情なの?」
「気にすんな。ただの戦闘狂ってわけじゃねえと分かって、安心してただけだ」
「あぁ、そう……」
別にまだ、大した考察は披露していないだろうに。
……で、なんだっけ?
「ええと……つまりMMOとしてこの世界の攻略を最優先に考えるなら、南北の考えは別に間違っちゃいない。東には我慢を強いるかもしれんけど、それによって発生する『攻略の安定性』って恩恵はウチも等しく受けるわけだからな」
「ふん。ならそもそも、加護が偏ると何が問題になると思う?」
とうとう質問まで始めたよこの人。なに? これ実は新入りの思慮深さを測る試験か何かだったりするの? まあいいけどさ。
「そんなの、効率が悪い以外に無いだろ」
四陣営の加護は、MMORPGで最も重要なコンテンツであるプレイヤー強化に密接に関わってくるものだ。
北陣営ノルタリアの幸運の加護。ドロップ率に多大な恩恵を及ぼすこの加護は、プレイヤーが強力な武装を制作するために必須となる希少素材の供給率に。
南陣営ソートアルム富裕の加護。最大二倍という破格の稼ぎ効率を誇る此方は、アルカディアに於いては貨幣のみならず様々な用途で求められる『ルーナ』の確保、そしてそれに伴う市場の活性化に。
それらが集約されるは西陣営ヴェストール、平和の加護。あらゆる品の制作に恩恵を受ける此処が、陣営問わず全てのプレイヤーにとって自己強化の要となり……
―――そして、東陣営イスティアの闘争の加護。
ただひとつ戦いに特化した我らが陣営に求められるのは、他の三陣営から齎された恩恵と併せて極限まで戦力を磨くこと。
その力をもって、化物蔓延る仮想世界を切り拓く『剣』と成ることだ。
まさしく東西南北、不要な陣営など一つも存在しない。
「全てのプレイヤーで攻略を第一に目指すなら、加護の移動なんか起こさずにリソースの発掘を分担するのが最高効率だ。一つの陣営に全ての戦力と加護を集める、みたいな無茶苦茶をしない限りはな」
狩りによるリソース発掘と言う意味では南北が似通っているが、素材が有用な相手とルーナの獲得効率が良い相手が同じとは限らない。突き詰めれば、ここも分担するのが間違い無い……はず。
「だから、アレだよな。アイデンティティを脅かされるっていう大義名分はあるけど、ぶっちゃけ攻略を優先するなら四柱戦争は無駄な娯楽以外の何物でもない―――つまり他陣営から見れば、駄々捏ねてお祭り騒ぎを優先するイスティアが『悪』だ」
そして更に言ってしまえば、
「……諸悪の根源、開発運営じゃねコレ?」
此処に至るまで散々に洗礼を浴びて来たが、この世界に用意されているコンテンツは呆れるほどに膨大かつ強大だ。
初心者エリアに配置される裏ボス然り、隠しエリアの秘境に座す埒外の化物ども然り―――サービスから三年が経ってなお、未攻略の看板を掲げるダンジョンの数々や、『白座』を始めとする色持ちモンスター然りである。
それら『未攻略』の数々が、現状でもまだ……この短期間で出会ってきた見果てぬ実力者達をしても未だ、求められる力に届き得ないという事実を示している。
身も蓋も無い話、世界に挑む攻略者としての在り方を全うしようとするならば、足を引っ張り合っている暇など無いのだ。
つまり―――『四柱戦争』というコンテンツは、全ての陣営で協力し合うことが前提なのであろう【Arcadia】のデザインと全くもって噛み合っていない。
…………神ゲーさん?
「っは、良いじゃねえか。しっかり自前で考えられる頭は持ってるようで、頼もしいぜ」
と、ここまでの考察については概ねご満足いただけたらしい。機嫌良くジョッキを傾けつつ、ゴッサンはバシバシと肩を叩いてくる。
そりゃどうも―――ゴッサンがグビグビいってる様が完全に居酒屋で見るオッサンのソレなんだけど、この謎の液体ってもしかしてビール的なアレ?
年齢制限……アルコールとか入って無さそうだし別に良いのか。
「……で、その辺りを総合的に考ると、現状に『そこそこ上手く回ってる』って全体が納得してる理由が、よく分からない」
攻略を優先するなら真実『我儘』を言っているイスティアに、不人気という事実以上のヘイトが集まらないのも不自然。
更にそのままの形が三年近く続いている……続けられているというのが更に謎。我儘を押し通して意固地に振舞っているというのなら、それはもう東陣営内部からも批判の声が挙がりそうなものだが―――
「そこに関しては、予想は無しか?」
まだ試しますか総大将殿……そうなぁ。
東陣営―――戦闘狂集団。
闘争というアイデンティティを満たしつつ、不必要な加護の移動を無くす……までは無理にしても、例えば最小限に抑えるとするならば―――
「………………イスティアが敵役を演じる」
「おう」
「加護が移動して……まあ、プレイヤー強化に関して最も影響の少ない陣営はウチだ」
「そうだな」
つまり、基本的にイスティアの負けが多くなる構図を固定化すれば、加護の偏りによる攻略の遅延は最小限に抑えられる―――どころか、実際の攻略戦などを度外視すれば、プレイヤー強化に関しての影響はゼロに等しい。
そうして加護の偏りについての問題を曲がりなりにもパスした上で―――いや、それによってイスティアの加護だけが延々と失われ続ける状況となれば、東陣営のプレイヤー達から文句の声が挙がらない訳が無い。
つまり、負け続ける訳にはいかない。
同盟を組んだ二陣営を相手に、丁度良く勝ち負けを繰り返す必要がある。
その結果を八百長に頼らず実現するとなれば必然、要求されるのは手を抜くとは真逆に―――
「―――…………あー……物凄い頭の悪い結論が出たんだが、笑うなよ」
我ながら―――我が陣営ながら「流石にどうなの」と思わずにはいられない答えに辿り着き、素直に口にするのが憚られた俺は確認を一つ。
すると横目で窺ったゴッサンはと言えば……あぁ、その顔やめて。アンタのビジュアルで凶悪な笑顔なんて浮かべられると、獰猛な肉食獣か何かにしか見えないから。
「笑わねえさ―――結論を聴こうか?」
「あぁ……まあ、要するに―――二対一でもぶちのめしてやるから、互いに本気で戦ろうぜってスタンス……なのかなぁ、みたいな」
ここまで考察を口にする事により、思い至った俺なりの答え。
言葉にすれば、何ともまあイスティアらしい力尽くの考えだが―――窺い見た現イスティア筆頭の、えらく満足気な表情がその解答の合否を何よりも雄弁に語っていて……
「やるじゃねえか―――百点満点だぜ坊主」
「……………………」
ニィッと、子供が見たら泣くような顔で笑むゴッサンから視線を逸らしながら。
俺は所属陣営の脳筋極まる在り方に言葉を失ったことを誤魔化すように、杯を口につけて美味さも分からぬまま苦水を呷るのだった。
コメントの多かった四柱八百長に関するアレコレ。
もうちょっとだけ続きますがお付き合いくださいませ