無星の平野で杯を交わす
◇プレイヤー【囲炉裏】からメッセージが届きました◇
『おつかれ。噂のパートナーとのデートは楽しめたかな』
『さておき、ゴルドウから話があるってさ。暇を見てトークルームを覗くように」
◇東の円卓とーくるーむ◇
【Haru】:こんばんは?
【Haru】:話があるって聞いたけど、ゴッサンいます?
【ゴルドウ】:おう悪いな坊主
【ゴルドウ】:ちと二つ三つ、伝えたり渡したりを忘れててよ
【ゴルドウ】:少しばかり時間貰えるか?
【Haru】:あー
【Haru】:いま街から出てるから、少し待ってもらって良いかな
【ゴルドウ】:いや、俺の落ち度だ。こっちが出向く
【Haru】:え、そこそこ遠いぞ?
【ゴルドウ】:序列持ち舐めんなよ? お前さんみてえな敏捷特化じゃないが、多少の距離ならどうってこたぁねえよ
【Haru】:いや、そっちがそう言うなら別に良いけど
【Haru】:そしたらセーフエリアから北に行った枯運平野で待ってるわ
【Mi-na】:遠っ
【Ri-na】:ご愁傷様
【囲炉裏】:無駄に格好付けるからそうなるんだ
【ゴルドウ】:…………
【ゴルドウ】:ま、待ってろ……一時間で行く
◇◆◇◆◇
「……あの、ほんと、俺がそっち行っても良かったんだが」
「ぜっ……は……な、舐めんな」
獅子の鬣のごとき金髪を散々に乱しながら、序列第三位は宣言通り一時間で指定の場所へと姿を現した。
現実時刻で深夜0時手前。ソラとのデ―――冒険その他諸々から一度ログアウトを挟んだ後。俺は予定通りニアから要求された追加素材を求めて、二度目の鳥狩りへと赴いていたのだが……
囲炉裏からのメッセージを皮切りに、あれよあれよとこの現状。
【幸運を運ぶ白輝鳥】が出現する固有エリア【枯運平野】―――見渡す限り雑草ひとつ生えていない荒れ果てた大地に、唯一聳え立つ呆れるほどにスケールのデカい巨大樹木。
それ以外に説明するものも無い、実に寂れたフィールドだ。
実際プレイヤー達にも需要は無いのか、長時間の連狩りで居座っていても人とエンカウントした事がない。
馬鹿みたいに広大なマップと言えど、プレイヤー人口もまた馬鹿みたいな規模だからな。初心者エリアとは違い、他のエリアではそれなりの頻度ですれ違いくらいはするんだが。
いやまあ、さておき。
「大丈夫か……?」
【セーフエリア】からここまで、俺の脚でも三十分以上は掛かる距離だ。本人の言からも見た目の印象通り敏捷特化では無い事が分かっているが……よくまあ本当に一時間でやって来たもので。
アバタービルドにそぐわない無茶な挙動をすれば、如何な序列持ちと言えど幻感疲労は避けえないらしい。取り繕わずに肩で息をするゴッサンを気遣えば、額を汗で濡らす偉丈夫は「平気だ」とばかり腕を挙げる。
いやしかし、膝に手を突いているというのにデカい。やっぱ盾役とか重戦士ビルドなんだろうか―――
「悪い、大丈夫だ……。お前さんは、こんなとこで何してたんだ?」
「そりゃまあ、こんなとこだぞ。目的になるものは一つしかないだろ?」
と、両腕を広げて【蒼天の揃え】を示して見せれば、彼は納得したように頷いた。
「あぁ、言われてみれば。しかしソイツがあるってぇのに、まだ素材がいるのか?」
「まあ、色々と」
「ほぉん?」
パートナーとお揃いにするため、なんて馬鹿正直に言ったりしないぞ。死ぬほど揶揄われるのは目に見えてるからな。
「それで? 二つ、三つの用事ってのは?」
別に急かすつもりも無いが、とりあえずは本題の方を聞いておきたい。雑談に興じるにしても、その方が気負いもなく落ち着いて話せるだろう。
そう思い促せば、ゴッサンはまた一つ頷いてからウィンドウを操作し始めて―――
「まずは、コイツを渡しておく」
「……鍵、か?」
俺の顔ほどもありそうな大きな手がインベントリから摘まみだしたのは、シンプルな形状の小さな鍵。差し出されるままに受け取れば、凝ったディティールを見るにわりと重要そうなアイテムっぽさがあるが……
「『円卓』への入場鍵だ。そいつを持ってれば、街なんかの安全圏内なら何処からでも跳べる」
「おぉ、それはそれは」
絵に描いたようなマジックアイテムじゃん。良いね、こういうのは素直にテンションが上がる。
「使い方は?」
「インベントリの表示画面から選択でも、オブジェクト化して詳細ウィンドウを開くでも、思考操作でも何でもいいぜ。実際に鍵を開けるようなジェスチャーでも起動する」
「自由度が高過ぎる」
本当にもう、アイテム一つにどんだけ凝ってんだよこのゲームは。最高かな?
「そいつがまず一つ、あとはトークルームについてだが……そっちはもう、ういに面倒見て貰ったようだし問題ねえな。そしたら後は―――」
と、ゴッサンは開きっぱなしにしていたウィンドウを更に操作して、
「改めて、これからよろしく頼むぜ―――曲芸師よ」
「……あぁ、こちらこそ。よろしく総大将」
目の前に表示されたフレンド申請を受諾して、快活な笑みを浮かべる偉丈夫と握手を交わす。
ただまあ、あれだ。一つ言いたい事があるとすれば―――
「…………え、これだけのために一時間もかけて走って来たのか?」
時期的にも多忙を極めるであろう、実質現在のイスティアに於けるトップである序列第三位にそう問うてみれば―――
「…………言うな。我ながら、アホだなと思ってんだ」
俺の落ち度だ何だと言ってはいたが……意外と生真面目なのか何なのか。
やたら笑いのツボが浅かったりと、厳つい見た目に反してわりと親しみやすい御仁である。
「まあいい。せっかくだ、この機会に親睦でも深めようじゃねえかNinth」
「そりゃ構わんけど……あ、ちょい待ち―――そろそろだ」
大樹の他には、椅子代わりになりそうな岩一つも転がっていない平野である。乾燥して罅割れた大地にどっかり腰を下ろしたゴッサンの提案は吝かでは無いが……その前に、セットしていたアラームが告げるリポップの予兆に備えなければ―――
「お」
「すぐ戻る」
高さ五十メートルどころでは済まないであろう、ファンタジー極まる巨大樹の更に上方。虚空から湧き出した淡い光の下へポリゴンが寄り集まっていくような極めてゲーム的な演出を経て、大翼を羽ばたかせる真白な巨鳥が姿を現し―――
【愚者の牙剝刀】―――からの《瞬間転速》。更には両手から一息に投げ放った【刃螺紅楽群・小兎刀】の『道』を駆け抜けて、
「ほいっと」
《ブリンクスイッチ》―――豪風を撒き散らして振り抜いた【巨人の手斧】が、大した手応えも無しに輝鳥の巨体を両断する。
攻撃の瞬間のみ呼び出した大得物をインベントリへ送還しつつ、ポップアップしたリザルトに目を通して……はいハズレ。残念ながら【幸輝鳥の蒼空羽】は入手ならずだ。
溜息交じりに《浮葉》を起動。運動エネルギーを弄り、かつ体重及び重力負荷の失せた身体でふわりと着地。
行きと帰りでおよそ二百五十メートル強―――十秒足らずでそれら工程を終えて見せた俺に対して、
「魅せるねぇ」
ヒュゥ! と見事な口笛を一つ。愉快気に口の端を釣り上げるゴッサンは心底楽しげにしながらら、インベントリから取り出したのだろう大きなジョッキを一つ突き出してきた。
「言うて、どうせアンタもこのくらい出来るんだろ?」
「っは、ひいこら言いながらここまで走って来たオッサンに言う事かぁ?」
かの【剣聖】のすぐ後ろに並ぶ【総大将】は、ジョッキを受け取りながらジト目を向ける俺に「カッカ!」と大袈裟に笑って。
勢いよくぶつけ合わせた杯から派手に散った雫は、静寂に満ちた平野で星代わりに光り瞬いた。
オジサンは本来こんな事してる場合ではないので
後で雛世さん辺りにたくさん叱られます。