特別と才能
「―――私が言うべきことは、何もありませんね」
と、実に簡潔なそのお言葉が、湯呑を抱えてご満悦な剣聖様の総評だった。
おそらくは、憧れの人からアレコレ詳しく批評を貰いたかったのだろう。分かり易くソワついたソラを制すように、ういさんは穏やかに言葉を繋いでいく。
「ハル君は―――私との立ち合いとは違い、程好く緊張の抜けた良い動きでした。見たことの無い技も見せて頂けて、またひとつ感心しましたよ」
「あー……恐縮です」
純粋に褒められているのが分かるので、嬉しい事は嬉しいんだが……最後のアレがなぁ。ソラも勿論だが、ういさんの目にどう映ったのかが不安だ。
傍目で見てたら、咄嗟に俺が躊躇した事も分かり易かっただろうし……人によっては、失望されてもおかしくはない無様を晒した自覚はある。
そして自覚がある分、弁解も何もしようが無い。
ヘタレた俺が悪いのだ―――何度繰り返そうが、俺は手を止めただろうしな。
「ソラちゃんについては―――」
「っ……は、はい!」
と、一人で無為な脳内反省会を開いているヘタレを他所に、剣聖様の視線が俺の隣へと移る。
対するソラはと言えば、いっそいじらしいほど素直な反応。何かもうブンブン振られている尻尾を幻視するような勢いで、嬉しそうに身を乗り出し―――
「本当に、私が言えることは何一つありません」
「ぇ……」
果たして、告げられたのは重ねての無批評宣言。
……いやまあ、うん。ソラは悲しそうな顔をしているが、ういさんが「言うことはない」と言って何を伝えたいのかは何となく分かるよ。
よく見なさいソラさん、ういさんめっちゃ良い笑顔してるでしょう?
「何一つ文句無し、素晴らしい―――って事ですよね?」
「………………はい……?」
彼女の言葉足らずというよりは、ソラ自身が批評を求めるあまり意味を聞き違えているだけだ。
俺達二人に対して「言うべきこと」と言ったのは、昨日付けで『生徒』として面倒を見る事になった俺が含まれていたから。
そしてソラ個人に対して向けた言葉は「言えることは何一つない」―――つまりは、自分が口出しできるようなところは一つも無いという事だ。
東陣営序列第二位の【剣聖】様がだぜ?
果たして、これ以上の誉め言葉があるだろうか。
「ごめんなさい、言葉足らずだったでしょうか―――ハル君の言う通りです。本当に……何から何まで素晴らしい試合でしたよ、ソラちゃん」
湯吞を置きつつ恥ずかしそうに微笑んで、ういさんは感じ入ったように両手を胸に当てて見せ―――
「私やハル君を凡人と称すのであれば、貴女のような存在を正しく天才と呼ぶのでしょう」
見せ―――ちょっと待ってこの人トンデモないこと言いだしたな???
「ぁ、え―――……へぇっ!?」
そらそうよソラさんだって困惑しますわ。いや別に俺を凡人にカテゴライズするのは百パー異議無しなのでノータッチでOK。
ういさん目線で凡人呼ばわりされても、俺は笑顔で「はい凡人ですどうぞ宜しくお願いします」と即座に全肯定出来るまであるからして。
でも流石に、剣聖様ご本人が自らを凡人呼ばわりするのは納得出来ない。
下手をすれば彼女らしからぬ、彼女の域に届かない不特定多数の人間を煽るかの如き発言になりかねないから。
―――と、言葉を失っていた俺の様子に気付いた訳ではないだろう。
自らの言葉を読み返したのか、ハッとした様子で口に手を当てたういさんが慌てたようにオロオロしだす。
「すみません、おかしな表現をしてしまいましたね……? ハル君もごめんなさい、決して侮るような意図で口にしたわけでは」
「あぁ、大丈夫。もう大丈夫です落ち着いて」
先刻、祖父について慌ててフォローして見せた時と同じ様子。珍しく取り乱すその姿を見れば、ういさんが言葉を誤った事を悔いているのはしっかり伝わってくるというもの。
「あの……なにも、私やハル君が本当に凡人だと思っているわけではないんです。私自身、この世界に於ける『才能』を持ち得ていた事は理解していますし、ハル君もまた『特別』である事は疑いようがありません」
いや俺は別に―――ソラさん本当に俺読みが過ぎない? そこでジト目を向けてくるのはもはやエスパーの域では???
「私が言いたかったのは―――それと比べてもなお、ソラちゃんの才能は飛び抜けているように思える……という事です。『天才』の上を行く表現が咄嗟に思い浮かばず、私とハル君を下げて口にしてしまいました」
「あぁ、いやいや本当に俺に対してはお気遣いなく……」
改めて申し訳なさそうに頭を下げられて、俺はまた「穏やかお姉さん」に対する無耐性が表出し始め―――ソラの前だぞ堪えろ……ッ!!
で、俺は良いとして『天才』呼ばわりされたソラさんはと言えば―――まあ、そうだよねそんな顔になるよね。
手放しで褒められているのは分かるが、その評価があまりに大きいせいでどう受け取れば良いのか分からない―――そんな感情がありありと感じ取れる、お手本のような困惑顔だ。
しつこいようだが、何年も片思いを続けていた憧れの人の言葉である。安易に否定も出来ないしで、さぞ言葉と感情のやり場に困っている事だろう。
……まあ、助け舟を出してやるのが相棒ってもんだよな。
「俺も常々、ソラのセンス云々に関して色々と並外れてるなとは思ってたんですが」
「っ―――もう、ハルまで……!」
まあ待ちなって。別に一緒になって持ち上げようってだけじゃない。
「ただ、俺だとその辺を上手く言語化できないというか……ういさん的に、どういう部分が飛び抜けた『才能』だと感じました?」
という感じで如何だろうか。
これで明確な答えが返ってくれば多少は納得の助けになるだろうし、フワッとした感想が返ってくれば「あぁ剣聖様の超感覚かなぁ」くらいの逃げ道は出来るだろう。
視線でフォローの意図を伝えれば、ソラは非難の色を引っ込めて大人しく座り直した―――あぁ、睨まれたとか気にしてない、気にしてないから。そんな悔いるようなお顔はしなくて結構。
俺が口にしたのも実際、一から十まで本心だから。
「どういう部分が……そう、ですね」
と、ういさんはフォロー込みの質問に真剣に考えこんでくれている。
ジッと目を伏せて、暫く。傍らに置いた湯呑を取って一口お茶を飲み、また暫く―――そうして顔を上げて、ういさんは結論を口にする。
「ソラちゃんは―――この仮想世界の理に、縛られていないように思います」
…………と、断言した剣聖様のお言葉に。
「「…………………………はい?」」
俺とソラは二人揃って、仲良く首を傾げて見せた。
主人公「なに言ってんだろうこの人」
ソラさん「なに言ってるんだろうこの方」
作者「なに言ってんだこの人」