千刃傅く天秤の乙女 其ノ伍
「人読みはズルでは!?」
「私なんて手札を全部知られてるんですよ!?」
「それは確か―――にぃッ!!」
「く、ぅぁッ……!!」
言葉の応酬の最中にも、線と化した世界を跳び回ってアタックを敢行しているのものの―――もう本当にビックリするしかないんだが、ソラはその悉くを受け止めて見せる。
ダメだ、読まれる。
如何な視認も追い付かないであろう超速で駆けようとも、間断無い連撃でもなければ行先を予知されてしまうと防がれる。
じゃあ連撃をって話だが、如何せん俺自身がこの速度域を上手く操り切れないのと―――ひとえに、ソラさんの対俺特攻兵器こと《纏剣万華》がですねぇ……!!
あの剣の鎧―――というか、剣のべールとでも言うべき攻性結界は、何を隠そう俺が考案したもの。
アレコレ技を尽くしても、結局のところソラの思考操作速度が追い付く相手にしか通用しない……とまあ、アレだ。
普通ならそこまで敏捷偏重な輩はいないというか、確実に俺という例外を傍で見続けていた故にそういう相手の対処法をソラは求めたわけだ。
で……ソラが求めたら、俺が応じない訳ないよな?
そりゃもう、惜し気も無く詰め込みましたとも―――俺がされて嫌な事を須らく、あの剣のベールになぁッ!!
まず第一に、《纏剣万華》は『壁』ではない。正確に言葉で表すのならば、あの結界は被害を両者に分配する諸刃の剣鎧だ。
単純に、あれは礫のように縮小した魔剣を周囲に侍らす……つまりは、相手の攻撃と自分との間に大量の刃を挟む代物な訳だ。
何かで押し込まれでもすれば、当然ながらソラもダメージを受ける事にはなる―――が、そこは敵対者と術者の違い。
触れた相手には容赦なく鋭利な刃がカウンターで襲い掛かり、ソラの方は自らもダメージを受けつつ、自分の身に触れた魔剣を操作して「押し出される」形で相手の攻撃自体は回避する。
そんなダメージ交換を主目的としたこの技がまあ―――紙装甲を体現する俺みたいな奴には、これ以上ないほど超絶に効くんですわ。
カウンターを喰らわないよう、足を止めず擦れ違いざまに一太刀浴びせれば良いって? 馬鹿正直にそんな手を打てば、それこそ彼女が設置している鎧以外の剣塵に突っ込んで試合終了よ。
言うなればあれは、徹底的な迎撃の構え―――然して、迎え撃って削る事を主題としているのだから、当然道は開かれているのだ。
そう、真直ぐに此方を見据えて剣を構える、少女の真正面とかな。
先程はちょっとした搦手を狙って後ろから仕掛けたりもしたのだが……いやはや、これは此方も真正面から挑まなければならないようで。
周囲に設置された剣塵を避けるならば、前面から突っ込む他ない。
剣塵を掻い潜るためこれまでのように速度をセーブして突っ込めば、ソラの俺読みで迎撃が間に合ってしまう。
なら手はただ一つ―――開け放たれた真正面から、今戦い初の最高速度で、剣の花弁に呑まれる前に必殺をソラへと突き付けるのみ。
そしたらまあ―――ソラさんにも体験して頂こうか。
「【刃螺紅楽群・小兎刀】」
及び、《フリップストローク》起動。
「ッ―――」
覚えがあるだろう、俺の右手に宿ったライトエフェクトにソラが反応を見せて―――
「不本意ながら、面目躍如ってなぁッ―――!!」
奔るは紅の連弾、駆けるは雷光を散らす颯躯。
囲炉裏相手にも披露した超高速の紅緋の円環―――ただ翻弄だけを主目的としたこの行動は、実際その中心に捉えた相手に対して相当なプレッシャーを与える事が出来る。
奇しくもソラと同じかそれ以上の『絶対防御』を備えた【護刀】をして、一瞬なり身構えさせたとっておきの曲芸だ―――初見なら存分に動揺してくれなきゃ嘘だろうよ!
「こ、の……!!」
俺に対する理解度がいかに高かろうと、ソラが対人慣れしていない事実は消しようがない。駆け引きをぶつけられる緊張感から僅かでも心を乱せば、思考制御が要の魔剣も統制を乱すというもの。
牽制の如く乱打される剣弾を擦り抜けながら、ここぞという隙間を探り続けて―――見つける。
位置、いまこの場所。
時は、いまこの瞬間。
そして流石の俺読み、弾かれたように振り返ったソラだが―――まさにその行動こそが、俺の求めた最後のピース。
開け放たれた扉は正面、そして今この瞬間―――俺に誘導されたソラの前後に、この『一歩』を阻む刃は存在しないッ!!
《エクスチェンジ・ボルテート》起動。
そして《浮葉》以下、持てる機動力全てを並列起動ッ!!
「ッ―――……」
一瞬にも満たない刹那の間―――目前に迫った俺を捉えられたのか否か、大きく見開かれた琥珀色の瞳に、巨大な黒戦斧を振りかぶった俺が映って
ごめん、無理―――《ブリンクスイッチ》。
些細なエフェクトを残して、俺の手から【巨人の手斧】が消失。
そして驚嘆しながらもしっかりと迎撃の判断を下していたソラの剣が、俺の首へ届いて―――展開したシステム障壁が、激しい響音と燐光を散らした。
「………………」
「………………ぁ、え……? どうして……」
俺の残りHPは残り一割も無く、今の一撃が致命打になった事は明白。
激戦が呆気無く幕切れとなったのは誰の目にも明らかで……互いにピタリと動きを止めた俺達は、それぞれ異なる表情を浮かべて立ち尽くした。
片や困惑。片や……いや、俺これどんな顔してるんだろうな。まず間違いなく、見栄えの良い表情は浮かべられていないはずだが。
「……ごめん。何というか、咄嗟に、だな」
「ハル……?」
何と言えばいいのやら……いや本当に、何と弁解すれば許されるだろうか。
散々に剣を交わしておいて今更―――いざ致命打を叩き込もうとしたら、ソラの顔を見て手が動かなくなったなどと。
言いたくない―――というか、言えない。
本気の本気で挑み掛かってくれた彼女に対して、それは余りにも礼を失した行動であると自覚しているから。
「………………」
ジッと俺を見るソラに、せめて視線は逸らすまいとバツの悪いままに向き合い続ける。隠したところで、聡明な少女はきっと気付いてしまうのだろうと思いながら―――
「っ……」
と、相応しくない形で幕を引いてしまった俺の手を、魔剣を解いたソラの両手が捕まえる。見上げてくる瞳は俺の内心とは裏腹に、どこか満足げに笑んでいるように見えた。
「―――私は、貴方の隣に並べたでしょうか」
結果が有耶無耶になってしまったのなら、せめて言葉で。
ソラが俺の胸中を容易く読み取ってしまうのと同じく、俺も彼女の求めるところは手に取るように分かってしまう。
追及する事なく手を差し伸べてくれたパートナーの優しさに、甘えてしまうのを情けなく思いながらも……
「……決まってるだろ。心の底から、自慢のパートナーだよ」
そう返せば、俺の言葉などでソラは本当に嬉しそうに笑ってくれる。
どこかの馬鹿のせいで綺麗な決着とはいかなかったが―――俺達二人の初勝負はそうして、ひとまずの終幕を迎えたのだった。
いや無理でしょう。無理ですよね?
少なくとも私は無理だし主人公も無理でした。
《纏剣万華》で全身すっぽり幾層にも覆っちゃえば無敵じゃない?というツッコミが来そうなので先手を打ちますが、明確な弱点があるので不可能です。