千刃傅く天秤の乙女 其ノ肆
パキンと、響き渡るのは些細な破砕音。
俺の首元で、現実世界よりも長い髪を纏めていた【紅玉兎の髪飾り】が砕け散り―――え、あ、なに? そういう感じ? 首元がくすぐったい!!
破片も何もかもが紅い魔力の奔流となって燃え上がり、ほどけた髪に絡みながら俺の全身へと巡って―――『致死無効』発動により、宝玉が秘めた特殊効果《決死紅》が発動する。
更にステータスバーの下部にはもう一つ、《決死紅》とは別に割れた王冠を模したアイコンが並び―――《鍍金の道化師》が同時に発動。
頭上にどう足掻いても似合わないであろう装飾が付与されたであろう事は、鋼の意思で断固無視だ。「言うほどおかしくはない」というソラのお言葉、信じさせて貰うぞ……!!
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◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):300
AGI(敏捷):350 +175
DEX(器用):100 +175
VIT(頑強):0(+50)
MID(精神):0(+350)
LUC(幸運):300
◇Skill◇
・全武器適性
《ブリンクスイッチ》
《フリップストローク》
《ガスティ・リム》
《エクスチェンジ・ボルテート》
欲張りの心得
・《リフレクト・ブロワール》
・《トレンプル・スライド》
・《瞬間転速》
・《浮葉》
・《先理眼》
・体現想護
・コンボアクセラレート
・アウェイクニングブロウ
・過重撃の操手
・剛身天駆
・兎疾颯走
・フェイタレスジャンパー
・ライノスハート
・奇術の心得
・守護者の揺籠
・以心伝心
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《決死紅》の効果により、AGI&DEXに計三十五レベル分のイカサマブースト。更には《鍍金の道化師》の効果でここから先は《瞬間転速》使い放題に加えて全スキルのクールタイムが半減する。
まさしく第二形態、俺Ver2.0EX―――さてソラさん、覚悟は良いかな?
かつての頭のおかしい敏捷数値を超えるステータスでもって、過去とは比べ物にならない程のスキル&装備で強化されたこの身。
―――こっから先は、俺も等しく未体験ゾーンだ!!
「―――【愚者の牙剥刀】」
喚び出すは、もはやリスクの存在しない単純加速装置と化した黒の小刀。
紅緋の燐光に割れた王冠、複数の強化エフェクトを引っ提げた俺の様はさぞ異様なものだろう。遠目にも僅かに身を固くしたソラの様子が見て取れて……
「っは……!」
琥珀色の瞳は揺らがぬまま―――自分を鼓舞するように笑んで見せた少女の姿を見て、俺はもう腹の底から喝采を上げた。
「い、くぞ―――ソラぁッ!!」
「―――負けま、せんッ!!」
《瞬間転速》―――そして、世界の全てが線と化す。
◇◆◇◆◇
「ッ―――!!!」
ハルの姿が消える。
《観測眼》―――いや、そんなもの意味が無いッ!
「《終幕》ッ!!」
コンマの猶予すら無い―――そんな一瞬の判断の下、魔剣の全解除を選択した私は逸る思考を従えて次手を打つ。
「《剣の―――」
そして当然、間に合わず。
紅の疾風と化したその身は、既に眼前に―――そんな事は百も承知!!
振るわれるのは確実に右、更には彼のパターンから考えれば……!
「―――んぐ、ぅうッ……!!」
「ッ―――!」
握られているのは紅の短剣―――ならば砂剣でも受け止められる!!
右手に創り出した一振り、更には宙に浮かべた二振りを重ねて、ガクンと強烈に押し込まれつつも踏み止まる事に成功。
「―――円環》ッ!!」
流石に初手から反応して見せるとは思わなかったのだろう、目を瞠ったハルに笑い返しながら、果たして鍵言は紡がれて―――
「《纏剣万華》!!」
対ハルと言っても過言ではない、魔剣の鎧が展開する。
「やっべッ……!!」
「《九連》ッ!!」
《オプティマイズ・アラート》と魔剣念動を併用した、微細な魔剣の群体を身体の周囲に常時展開する半自動攻性結界。
それを考案したハル自身が、この剣鎧と自身の相性が如何に悪いのかを誰よりも理解している事だろう。
思わず零したであろう焦りの声に追い打ちをかけるべく、握った砂剣と追撃の投射でもって打ちかかる―――が、
「な、うっ……!?」
消える。まさしく消滅と言うに相応しい唐突さでその身が掻き消えて―――慌てて姿を追えば、かの相棒は苦笑いを浮かべて離れた位置に立っていた。
「いやソラさん……一発目で反応しちゃうのはダメでしょ?」
心底参った―――と言わんばかり。その言葉は、果たして私にとってはこの上ない誉め言葉に違いなく。
「っ……は、ハルだって酷いです! 何ですかそれ、全然見えないんですけど!!」
緩みそうになる頬を必死に引き締めて言い返せば、彼は何が面白いのか「あっはは!」と実に楽しそうに笑って……
「いや俺も驚いた。マジでこれ、動いてる最中なんにも見えないんだよ。だから余計、ソラが反応したのメッチャクチャ驚いたよ?」
「また訳の分からない事を……!」
何も見えないと言いながら、あの動きの精度は一体全体なにごとなのか。
相も変わらずサラッとトンデモない事をしてみせるパートナーの無邪気な笑顔に、毒気を抜かれながらも「いい加減にして!」という気持ちがジワり。
「本当に、もう……!!」
「と言いつつ、頬が緩んでるよソラさん」
「《三十連》ッ!!」
「ツッコミが鋭利ッ!!」
おふざけじみた声音を残し、また姿を消したハルが魔剣の連弾を擦り抜けて―――分かってます、背後でしょう!!
「ちょっと、オイ!?」
「いくら目で追えなくたって……!!」
―――私だって、貴方の考えくらい読めるんですから!!
おい、なんかイチャイチャし始めたんだが?