千刃傅く天秤の乙女 其ノ参
「―――分かっては、いました、けど……!!」
魔剣の操作に掛かりきりで、そんな余裕も無いというのに。つい口を衝いて零れてしまう言葉は、ひとえにパートナーの無茶苦茶っぷりに対してのもの。
―――当たらない、追い切れない……!!
未だ完全包囲の中に捉えているものの、霞むような速度で駆け続けるその脚を止める事が叶わない。それどころか、光の鎧を纏ってから反撃に出始めた彼の手によって、次々と魔剣を落とされ始めている。
ダメージの少ない内に自分の意思で解けば、生成に要したMPは九割近くが還元される。だが当然、破壊されてしまえばリソースは丸ごと消失してしまう。
それでも強力な範囲攻撃で一掃でもされない限り、そうそうMPが尽きる心配は無い筈なのだが―――なにをあの人は、一つ一つ手作業にも関わらず瞬く間に百近くを落としているのか。
―――そしてなにを私は、その様子を見て笑ってしまっているのか。
あぁ、もう本当に―――嬉しいです、ハル。
実感がある。
確信がある。
何より私を見る彼の目が、「当たり前だろ」と語ってくれている。
いつしか、しっかりと隣に並ぶ事の出来ていた自分を、肯定してくれている。
―――ならばもっと、応えなくては。
「《剣の円環》―――」
指揮剣を手放した、右手を掲げて。
「《この手に塔を》ッ!!」
スキル―――《オプティマイズ・アラート》、起動。
◇◆◇◆◇
「―――ッ……来たか!!」
比喩ではなく、突如として大気を揺るがして膨れ上がった異常の気配。もう何本目とも知れない魔剣を【白欠の直剣】で打ち払いながら、振り返った先にはソレがある。
真直ぐ天へと掲げられたソラの右手の先―――全長十メートルは下らない、塔の如き巨剣の姿が。
あれこそが、彼女の発現させた特級ぶっ壊れスキル《オプティマイズ・アラート》の効果……極めてシンプルなその効果とは、ズバリ「魔剣の拡大及び縮小操作」だ。
追加でMPを込める或いは抜く事によって、形状はそのままに自在なサイズ変更を可能とするわけだが―――まあ、【砂塵を纏う大蛇】戦でも【神楔の王剣】戦でも散々分からせられた通り。
デカいのは強い。変えようのない真実であり真理だ。
加えてアレ、サイズに比例して耐久度も跳ね上がっているので破壊するのも容易ではない。裏を返せば一度破壊さえしてしまえば、ソラのリソースを大きく削る事は出来るのだが―――
「―――行きますよ、ハルッ!!」
「っ……―――よっしゃかかってこいやぁ!!」
これまでになく明確に右手の操作も加えて、通常サイズの魔剣と変わらぬ速度で襲い来る塔の如き巨剣―――そして当然、これまで通り変わらず襲い来る数多の魔剣の連弾。
大小で当然異なってくる軌道及び間合いの差、そして殊更に視界を塞ぐ質量の暴力。巨剣をスレスレで躱したと思えば、その影から顔を表すのは千刃の渦……
「いやムリだよな知ってた!!」
コレでいったい何処に巨剣をぶん殴る暇があると言うのか。
普段のどこかお嬢様然とした振る舞いとのギャップが凄まじいが、戦闘に於いてソラは賢く巧妙だ。
彼女の一手一手は須らく計算された考え尽くしの一手であり、その計算の中には当然「必殺であり弱点でもある」巨剣の防衛も含まれている。
此方もカウンターで重いのを叩き込めれば、おそらく一撃にて破壊する事は可能だが―――その反動で脚を止めれば最後、待ち構えるように周囲を狭め始めている魔剣の円環にハチの巣にされて終わりだろう。
よく考えられている―――というか、俺が一緒になって考えたのだ。そりゃあどこぞの変態機動に似た相手でも通用するよう、隙の無い設計にしているのは当然の事で……
―――いや、思ったよりヤベェなコレ……!!
繰り返すが、デカいのはやっぱ強いってかズルいんだよ!
加えれば、デカくて機敏なのはマジ反則。こっちは必死こいて十で十を出力しているというのに、一で百を出されて逃げ切れる訳ないだろ!!
サイズは変われども操作強度は変わらず……というインチキ性能のせいで、体積&質量&速度の乗算がそれはもう酷い事になっている。
ソラがクイッと手首を傾げるだけで、巨剣の瞬間速度は俺の最高速度に容易く迫り―――そしてその合間を絶妙に埋めてくる、無数の魔剣たち。
「隙が無いにも程がある……ッ」
「まだまだ、ですよッ!!」
右手の操作はそのままに、次いで持ち上がった左手が動く―――瞬間、魔剣の円環が更なる変化を見せる。
「―――《繊剣万華》!!」
その瞬間、俺を取り巻いていた魔剣が姿を消した―――わけではない。これまでのサイズとのギャップで、即座の再捕捉を誤っただけ。
よく目を凝らせば、ほら―――礫のように身を縮めた極小の剣群が、まさしく砂塵のように飛んで来やがる!!
「ッだぁああ!! ラ ス ボ ス ッ!!!」
大中小、軌道も速度も何もかも異なる大群に包囲されて、俺はもはや悲鳴を上げて命からがらの逃走劇を演じる他ない。
豪風を散らして横に薙がれた巨剣を跳んで躱せば、今か今かと待機していた魔剣が宙を奔る。切り替え跳躍でそれも躱せば、着地点に漂う剣塵を見て取り泡を食って再跳躍―――以下無限ループ。
いやちょっと待て……!! 一ミリも舐めちゃいなかったが、実際に全力を体験すると想像の遥か上なんだが!?
というか思考操作の精度!! ソラさんの頭の中なにがどうなってんの!? 頭が二、三個あっても俺にはそんな事できそうに無いんだがッ!!!
ここまで凄まじい剣の嵐を前に、流石に全回避など夢のまた夢。瞬く間に《盾花水月》の甲盾は剝がされていき―――
「クッソ……! かくなる上はぁッ!!」
元より出し惜しみなどする気も、その必要も一切存在しないのだ。
―――ならばこちらも、満を持して第二形態をお披露目しようか!!
「《ブリンクスイッ―――……チ》ィ!!」
巨剣の追撃を躱しざま、左手に召喚するは【愚者の牙剥刀】の黒刃。そして俺はそのまま小刀のトリガーを七連打して―――
残り体力は十五パーセント、自傷ダメージ累積は八割―――調節完了!!
「絵面がアレなのはご勘弁なぁッ!!」
「―――ッ……させません!!」
剣の幕の向こう側、ソラが俺の行動に気付いたようだが―――残念ながら、残る必要アクションはただ一つ。自分の心臓をぶち抜く程度、一秒あれば十分よ!
初の起動鍵―――いや起動『剣』がお前ってのも乙なもんだ。偽介錯は頼んだぜ【兎短刀・刃螺紅楽群】!!
いまさら躊躇の余裕なんざ残されていない。俺は殺到する魔剣の群れを搔い潜りながら、音高く抜き放った紅短刀の鋒を、
「オ……ッラァ!!」
―――迷い無く、己が胸のド真ん中へと叩き込んだ。
調節しないと、称号効果で自傷ダメージ無効になっちゃって死ねないからね。