千刃傅く天秤の乙女 其ノ弐
ソラの『魂依器』である【剣製の円環】―――その指輪が生成する魔剣が秘めた特性の数々は、シンプルとは言い難い少々複雑なものだ。
攻撃属性が物理と魔法のハーフ&ハーフである事、思考制御により手に持たずとも宙へ浮かせられる事以外にも、通常の武装とは異なる点が幾つかある。
まずはその剣身を構成するリソースが物理的な素材ではなく、ソラ自身の魔力である点。そしてその一振り当たりの要求魔力が、インチキじみて軽いという点だ。
MPの上限量はMIDステータスの数値が関わってくる。これは凡そポイントを100積む毎に、MPバーが一本増える程度と考えれば良いだろう。
さて。それでは現在MIDの数値が500を突破しているソラが生成できる魔剣の上限は、一体どれほどなのか?
答えは、約1500―――俺を追い回す千の刃を生み出してなお、尽きる事のない馬鹿げた燃費である。
「まぁ近付けないよな……―――っとぉ!!」
まるで大蛇―――龍の如くうねり追い縋る魔剣の群れと鬼ごっこを続ける間も、時折独立して襲い来る魔剣を逐一迎撃しながら。
【白欠の直剣】で打ち払った砂刃が宙へと解けた砂塵越し、幾層もの剣壁の奥に見える少女の元へどう近付いたら良いものかと思案するが……残念ながら、そうそう良い案は浮かばない。
【剣製の円環】の特性その二。生成される魔剣の性能及び思考制御による操作強度は、術者のMIDステータスに左右される。
純魔に等しいかそれ以上の魔力を誇る今のソラだと、魔剣の性能自体は既に俺の【白欠の直剣】を越えているはず。
更には操作強度―――《魔剣念動》によって込められる力も速度も、魔剣の運用を始めたばかりの頃とは比べ物にならないレベルだ。
ただし単純な攻撃力では劣る俺の『魂依器』でも迎撃をこなせている事から分かる通り、魔剣は一振り一振りの耐久力の低さを欠点として抱えている。
加えて念動による飛翔速度も、AGIに特化している俺の速度には追い付けない―――のだが、
「包囲されたら逃げ切るも何も無いん―――っぶねぇあッ!?」
追い縋る津波、
散発される一刺し、
そして拡大縮小を繰り返しながら、常に俺を『枠』に捉え続ける円環。
それらを緻密にコントロールするソラによって、俺は一対一でありながら対軍団戦を強いられている状況だ。
正直言って、対プレイヤーという感覚が一切しない。
もうこれただのボス戦なんだよなぁッ!!
「ダメだ埒が明かん―――盾ェッ!!」
秒ごとに飛んでくる死角からの投射をギリギリ躱しながら、右手に喚び出すは【輪転の廻盾】。同時に左に握りっぱなしだった【愚者の牙剥刀】は格納して―――
「男は……度胸ッ!!」
《浮葉》起動―――背を向けて逃げ続けていた剣の龍蛇へ向けて、ベクトル転換から最高速度のまま180°ターン。
数多の魔剣全ての制御に意識を傾けているであろうソラは、流石に急対応するだけの余裕はないはず……という願望の元、触れれば細切れ待った無しの渦と掠めるような距離ですれ違う。
いや障壁があるのは分かってても怖いものは怖いんだよ!!
ゾッとするような豪風を至近で浴びて冷や汗を散らしつつ、果たして目当てのポジションは確保した。
然らば―――《ガスティ・リム》及び《リフレクト・ブロワール》を並列起動。
「せぇ―――」
覚悟をもって振り上げた右手を、
「―――んのァッ!!!」
気合三割自棄七割で―――すぐ横を奔り抜ける魔剣の渦へとぶち込む!!
途端、当たり前だがHPに削りが入り始める……が、念動による魔剣の投射は、一発一発の威力自体はそこまで高くない。
防御スキル二つを積んだ上に盾で受ければ―――ダメージはほんのミリ単位だ。
なればこそ、
「《トレンプル―――」
この『盾』を名乗る謎武装のカウントを溜めるには、絶好の相手だ。
「―――スライド》ォッ!!」
ダメージは微細とて、右手に掛かる圧力は如何ともしがたく。
堪らず縫い付けられた足を更に踏み込み、スキルによる二メートルばかりの強制移動で無理矢理に縛鎖を嚙み千切る。
さぁて何発喰ったのか……あぁそりゃそうだよな、蓄積MAX首尾は上々ッ!
囲炉裏との試合では中途半端にしか力を発揮させてやれなかったが、ここに来てようやくの全力お披露目だ―――断言するぞ、お前みたいな『盾』があるかよッ!
「廻り拓け―――《盾花水月》ッ!!」
【輪転の廻盾】を装備した右手。俺は盾を携え握り締めたその拳を、力いっぱい胸に叩き付けた―――その瞬間。
銀青に輝く光の甲盾が、鎧の如く俺の全身を取り巻いた。
「なんっ……です、それ!?」
「秘密兵器その一だよ!!」
魔剣の制御を少々乱しながら、思わずといった具合でソラの驚きが耳に届く。
まあ無理はないだろう。【護刀】戦と同じく無手の左手だけではなく、ほぼ全身に光り輝き宙に浮く盾―――否、甲冑を纏った俺の姿は、剣を纏ったソラに負けず劣らずの……
……いや盛ったわ。流石にソラさんと比べりゃショボいと言わざるを得ないが、それでも彼女をビックリさせるぐらいのインパクトはあるだろう。
【輪転の廻盾】―――この『盾』は装備時に受けた攻撃の回数をカウントし、その蓄積数に応じた追加装甲を展開する能力を有している。
十そこらでは囲炉裏戦で見せたように二枚目の盾が精々だが、上限一杯カウント100ともなれば……
「ソラさん待望、オレ盾役バージョンってな……!」
「何でそれが私との試合で初お披露目なんですか!!」
いやごもっと―――もォッ!?
不満げな声と共に再びの追尾を始めた魔剣の渦を紙一重で躱しつつ、視界端で遊撃の一振りを捉えながら―――無視。
「なっ……!?」
立て続けの驚きと、剣の弾かれる硬音はほぼ同時の事―――受けたのは勿論、セーフティエリアの障壁ではなく俺が展開した甲盾の一枚だ。
《盾花水月》により展開される追加装甲は、受け止めたダメージ総量をカウント回数で割った数値が基本防御力として算出される。
更に効果時間は存在せず、こちらも蓄積したカウントの回数だけ敵の攻撃を受け止めるまで続く―――つまり。
「あと99発だぞ!」
「何がですか!」
「俺がソラの魔剣を無傷でスルー出来る回数だよ!」
「っ……ぅ、ズルいですハルのインチキっ!!」
「キミがそれ言いますぅ!?」
我ながら気の抜けるやり取りを繰り広げる俺達だが、その間も絵面は完全に人外同士のボス戦のソレ。
片や数えるのも馬鹿馬鹿しくなる数の剣を自在に操り、片や光輝く銀青の甲冑を身に纏い姿が霞むような速度で跳び回る。
俺とソラの体力比は8.5:10……満を持して火蓋を切ったパートナー対決は、まだまだ始まったばかりだ。
あぁ、もう本当に―――嬉しくて堪らないな。