千刃傅く天秤の乙女 其ノ壱
参ります。
「あ、ソラさん?」
「はい?」
「《天秤の詠歌》は無しよ?」
「使いませんよ!?」
流石にレベルを三十吸われた状態ではどうにもならないから、一応ね?
あのぶっ壊れ相互バフスキル、あくまで『支援スキル』だからな。
限定対象者―――現状だと俺相手にしか使えないとソラは言っていたが、裏を返せば俺にはいつでも使えるという事だ。
つまりガチの「何でもあり」で戦り合った場合、基本的に俺はソラに勝つ事は出来ない。状態異常などの妨害効果ではなく、支援バフの副次的な効果だからね……どう足掻いてもレジスト出来ないのよ。
で、《天秤の詠歌》の効果によってレベルを委譲する側は、最も高いステータスから一括で三十レベル分―――つまりは、ポイント換算で300をごっそり引かれる仕様なので……
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◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):300
AGI(敏捷):350
DEX(器用):100
VIT(頑強):0(+50)
MID(精神):0(+350)
LUC(幸運):300
◇Skill◇
・全武器適性
《ブリンクスイッチ》
《フリップストローク》
《ガスティ・リム》
《エクスチェンジ・ボルテート》
欲張りの心得
・《リフレクト・ブロワール》
・《トレンプル・スライド》
・《瞬間転速》
・《浮葉》
・《先理眼》
・体現想護
・コンボアクセラレート
・アウェイクニングブロウ
・過重撃の操手
・剛身天駆
・兎疾颯走
・フェイタレスジャンパー
・ライノスハート
・奇術の心得
・守護者の揺籠
・以心伝心
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はい。俺の場合だとAGIが50になり、筋肉と幸運しか残らなくなります。
現時点では増強分で数値が並んでいるMIDから差し引かれるならば、俺の戦力をほぼ保ったままでソラとのダブルフロントも可能だったんだが……残念ながら、基礎ステータス以外は参照してくれないらしい。
なのでまあ、アレだ。例えば殴り合いの最中にソラさんの頭から『容赦』という文字が吹き飛んだ場合、その瞬間にほぼ俺の敗北が決まるという事で。
勿論ソラに限って、万が一にもそんな暴挙は取らないと思うが……重ねて、一応ね?
冗談交じりの俺の言葉に「心外です!」とばかり睨んでくるソラだが、申し訳ないけど全然怖くない。
―――現在進行形で俺が恐れを抱いているのは、何をしても愛らしい少女の容姿ではなく……その華奢な身体の内に積み上げられた、未だ白日の下に晒されていない戦闘力であるからして。
…………ぶっちゃけて言っていい?
―――俺、下手したら負けるぞこれ。
「ふー……―――ソラ、準備は?」
戦いを目前に長く細く息を吐き出し、白円の中で距離を取って対面するソラへ問う。
俺を倣ってか、はたまた無意識か。全く同じような動作で深呼吸をしていた彼女は、ゆっくりと目を開き―――
「―――……っ」
意を決したように顔を上げたソラの右手で、【剣製の円環】が光を放つ。
もはや見慣れたその姿。継目の無い砂の魔剣が一本、彼女の右手に収まって、
「いつでも、どうぞ……!」
どことなく固く、ぎこちない構え。それでも瞳は揺らさず真直ぐに俺を見て、金色の少女は戦意を告げる。
あぁ、本当にさ―――……思い返さずにいるのは無理だよな。
最初の最初は体当たりしか能の無い菌類相手に、悲鳴を上げて逃げ出した女の子がだぜ?
いまこうして、明確に並び立つ者として剣を交えようっていうんだ。
「……《ブリンクスイッチ》」
鏡写しのように右手に喚び出した『魂依器』―――【白欠の直剣】を握り込んで……はてさて、俺はいったいどんな顔をしていたのやら。
一瞬、呆けたようにソラの瞳から緊張が抜けて―――自然と浮かんだその笑顔と、こちらも鏡写しだったと思いたいものだが。
「ソラ」
「はい」
「全力で、行くぞ」
並びたいと言っていたのを、覚えている。
俺の隣で戦いたいと言ってくれた事だって、忘れた事は無い。
だから、
「っ―――……はいっ! 私も、全力をお見せします!!」
そう、だから、いまの俺の全力をもって。
君がもう俺の後ろにはいないって事を、教えてやらないとな。
「ういさん」
「はい、いつでも―――」
「いえ、ではなく」
広々とした敷地の大部分を占める、大きな白円の舞台。剣士同士が試合を行うのであれば、広過ぎる事はあれど不足する事態は起こりえないだろう規模の武闘場。
中央部で十メートルほど距離を取って立つ俺達を見守るういさんは、ちゃんと白円の外には立っていらっしゃるのだが―――
「もう少し、離れてください」
それではあまりにも近すぎる。
「そこもソラの戦域です―――あと、パートナーに代わって先に謝っておこうと思うんですけど……」
多分だけど、もう入っていらっしゃるソラさんに代わり、俺はキョトンとしている剣聖様に引き攣った笑みを見せながら、
「建物とか、もし流れ弾で壊れたりする仕様だったら……ごめんなさい」
遅ればせながらそんな保険を掛ける俺を他所に―――対面する少女から目視出来ない何かが爆発的に膨れ上がり、空気を押し出した。
おそらくは、アルカディアにおける『魔力』の演出。LV.100が誇るリソースの半分を注ぎ込まれたMIDステータスが唸りを上げて、彼女自身と俺の、そして更に距離を取ったういさんの髪までをも吹き揺らす。
そして―――
「―――《剣の円環》」
紡がれるは、二人で編んだ『魔剣士』としての戦い方を表す始まりの鍵言。
瞬間、
「―――……!!」
建物の傍まで下がった剣聖様が思わず息を呑む様子を、ありありと予想できてしまうような埒外の光景。
ソラを中心に一斉に展開した数え切れないほどの剣―――かの大蛇が纏った砂塵を彷彿とさせるかの如く、少女に侍るは砂剣の千刃。
まるで指揮者のようにソラが右手に携えた一振りを揺らせば、彼女を取り巻き絶えず飛び交う魔剣の連環は自在に姿を変えて……その様はまるで、王に傅く忠臣のごとし。
「…………さてさて」
―――我ながら、アレをいったいどうする気だというのか。どこぞの死にゲーの裏ボスに、こんな相手がいなかったか?
それにしたって、追い詰めた後のバーサク状態があんな感じだった気がするが―――いやはや、あれで第一形態だと言うのだから笑ってしまう。
「絵面的に、どっちがチャレンジャーなんだか分からんが……」
一つ言えるのは、この場で情けない姿だけは死んでも見せられないという事。
既に思考操作に一極して表情を薄めているソラにも、傍で密かにメチャクチャ嬉しそうに瞳を輝かせている剣聖様にもだ。
開戦の合図などもういらない。
互いの呼吸なんて、俺達は既に手に取るように分かるんだ―――だから、
「《瞬間転速》―――ッ!!」
俺が左手に喚び出した【愚者の牙剥刀】の引き金を引くのと、
「―――《循環》」
ソラが指揮剣を振りかざすのは、同時の事。
黒の小刀から迸った紅雷がアバターを走り抜け、誇張でも何でもなく決死の一歩で飛び出した俺を目掛けて―――
「《千連》―――ッ!!」
少女が指揮する瀑布の如き千の刃が、一斉に襲い掛かった。