憂いは掃いて存分に
「あの、本当に、本気でやるんですか……?」
「やるからには、な」
ういさんとの立ち合いでも使った屋外武闘場にて。白石で形作られた大きな円の中央で、未だ戸惑い気味に伺ってくるソラに頷き返す。
「特訓で模擬戦みたいな事は散々やったけど、お互いに全力出した事は無かったろ? そういう意味では、ぶっちゃけ俺も少し楽しみだ」
「あの、序列持ちに挑まされる私は堪ったものでは……」
ハハなにを仰るやら。ソラさんだってしっかり準備を整えて今回の選抜戦に出場してれば、間違いなく俺に負けず劣らずの大暴れをしていた確信があるぞ。
この短期間で死ぬほど褒められ持て囃されてきた俺だが、素直に喜びきれていない要因の一つにソレがある―――即ち「俺の相棒はもっとトンデモないんだが?」という、この世界で俺だけが知り得ている事実が。
「ソラは……あー、平気か?」
「んん……」
何が平気かって、本気でやり合う―――つまりは、明確に互いへ刃を向けるという事に対してだ。
確かに模擬戦紛いの事は散々やって来た。だがその中で、俺もソラも相手に直接的なダメージを与えた事は一度も無い…………
あ、いや、一回だけあったな。具体的にはソラさんがとあるスキルの制御を誤って、俺が粉微塵に磨り潰されたことが。
さておき、俺が問うたのはそういう意味での覚悟だ。実際、思案顔になったソラは困ったように眉を下げている。
「あの……正直、分かりません。これまでは『特訓』という名目があったから意識せずにいられましたけど、本気で試合をするとなると……」
俺を見つめて、少女は不安そうな顔をする。
「私、ハル相手に……というより、『人』を相手に攻撃出来るでしょうか……?」
「そこだよなぁ」
この仮想世界は呆れるほどにリアルだ。まさしく、ゲームとは思えない程に。
勿論、無理やり粗を探そうとすれば違和感は見つけられる。例えばそう、「あらゆるものが綺麗過ぎる」とかな。
更に言えば、醜いものも綺麗に醜い的な。なんというかこう、リアルと見分けが付かない『グラフィック』なんだよな。
埒外の超技術を誇る【Arcadia】の事だ、おそらくはそれも意図的なものなんだろう。没入感を後戻りできない所まで行かせないためか、或いは現実世界と仮想世界の線引きを明確にするためか。
分かり易いのは人―――アバターの造形というか、細部。あれだ、何をおいても『肌』が綺麗過ぎるんだよな。
現実ではバイト戦士時代、無茶な生活が祟って肌荒れなんかを経験した後に少しは気を遣うようになったが―――そんな現実の肉体とは、ぶっちゃけ比べ物にならないレベル。
リアル準拠な俺のアバターが、赤ん坊もビックリのすべすべ卵肌な件について。
よーく目を凝らさなければ毛穴も毛穴と認識出来ないような、凹凸の無い滑らかな表面。ほぼ現実と見分けの付かないアルカディアの世界を、妙に二次元チックに認識してしまう要因の一つではなかろうか。
とまあ、そんな感じで流石の仮想世界も「本物の人間」である感覚は薄れているものの―――100%の現実感が95%になったところで、いったいどれだけ違いがあるのって話だ。
姿も、質感も、その身に湛える表情も感情も、現実とそう変わりない『人』である。
ソレに向かって、果たしてどれだけの人間が躊躇無く武器を振るえるのか―――仮想世界の対人戦に於ける「高いハードル」の一つであると言えるだろう。
いつだか俺も対人より対モンスターの方が性に合っていると思ったりしたが、その辺も理由の一つ。
モンスターとて生物感が半端ない事には変わりないが……それでも、人とそれ以外だと流石にな。本能的な忌避感の大きさはどうしても違ってくるというものだ。
しかしながら、いざ実戦を体験してみればだ。刃を叩き付けた時の絶妙に現実感の薄い感触や、派手なヒットエフェクトのゲーム的な視覚情報。
加えて自分も相手もまさしく人外の機動でもって応酬を繰り広げるアルカディアの対人戦は、良い意味で現実感が薄かった。
なのでまあ、一度でも実際に体験してみて、尚且つモンスターとの戦闘では得難い独特の緊張感や高揚感を受け入れられるのであれば……といったところか。
「その辺はまあ、どうしてもキツいと思ったら止めよう。じゃなければ寸止めとか」
「全力で寸止め……?」
勢い余ってもゲームなので、問題無いっちゃ無いからね。
「ういさん別に戦闘狂ではないから、そこまでは求めないよ」
ちゃんと事前に対人戦の可否について尋ねてたしな。そもそも戦闘の際の『魔剣』の動きを見てみたいだけだろうから、寸止め前提でも問題無いと思うよ。
「―――問題ないですよ。私のわがままで、無理をする必要はありません」
「ひゅっ―――……」
と、横合いから穏やかな声。
え、えっ……いつ? いついらっしゃいました? また例の縮地ですか?
ビックリして狼狽する俺を他所に、ういさんは不安そうにしているソラに歩み寄ってフォローをしてくれているようだった。
「そうですね……実戦形式が初めてという事でしたら、いっそこうしてしまいましょうか」
幾つか確認するように言葉を交わした後、そう言いながらういさんが見事な拍手を打つ。風のそよぎくらいしか音の無い、静かな林の中にその打鳴は綺麗に響き渡り―――
◇特殊セーフティエリア【神館の揺籠】:第二セーフティへ移行◇
「ふぇっ!?」
「おお……?」
唐突……ではないか。おそらくは彼女の拍手が起動鍵なのだろう、何やら設備が起動したらしきシステムメッセージが通達される。
「―――はい。これでお互いに、攻撃は当たらなくなりました」
「当たらない……というのは?」
当然とばかりに微笑まれるが、此方としては理解が追い付かない。是非も無しに問うてみれば、ういさんは「そうですね……」と少しだけ考えて、
「ではハル君、私に一太刀浴びせてみてください」
「嫌です」
さあどうぞ―――と言うように腕を広げたういさんに、俺はノータイムで迫真の真顔を返す。
いや、あのね? 言わんとする事は何となく分かるけど、絶対に嫌です。そんな「え?」みたいな心底不思議そうな顔をしないで下さい。
「あの、大丈夫ですから」
「むしろういさんがどうぞ。さあどうぞ一思いに」
ソラが見ている前でそんな事―――というか別に見られていなくたって、絵面的にも心情的にもそんなこと出来る訳ないでしょう???
『恩人』とまで言っていた憧れの人相手に、流石に滅多なリアクションは憚られるのだろう。両腕を広げ返す俺の傍らで、ソラは控え目に引き攣った笑みを浮かべていた。
「そうですか……?―――では」
さすれば流石の剣聖様、見事に情けも容赦も躊躇も無い一閃をはな……つ……
……はて、一閃? え、貴女いま大太刀どころか何も持ってな―――ズガッッキィイイイイイイイインッッッ!!!
「ひゃうっ!!?」
「―――っ……、…………」
無手の剣聖が繰り出したのは手刀―――そう判断できたのは、金属同士が激突したかのような轟音が突き抜けた後のこと。真直ぐに揃えられたその手が、俺の首に据えられている事に気付いてからだった。
相も変わらず、恐ろしいという他ない比類無き『一刀』……然してその手を防いだのは、首を落とされる寸前だった俺と彼女の間に一瞬だけ展開した障壁。
「……と、このように。攻撃判定をしすてむが読み取ると、自動で守ってくれますので」
薄紅の燐光を散らして消失する透明な光の壁。その残滓を示して、ういさんは「憂い無く、存分にどうぞ」と微笑んで見せる。
声も出せずに硬直していた俺は、隣で悲鳴を上げていたソラへと振り返り―――
「……どうだソラ、これが剣聖様だ」
「…………ぁ、の……あ、あは、は……」
我ながら謎のドヤ顔をして見せれば、少女は「もうどんな顔をすればいいのやら」と言った様子で曖昧に笑っていた。
ういういしい。
一つ良いですか?
返信する感想を選ぶのが下手過ぎて結局ほぼほぼ書いてるんだが???
文字数は減らしているものの、私はいったい何がしたいんだ……
あ、明日です。