剣聖様のご要望
「―――素晴らしいです……!」
手を合わせて感服したようにそんな言葉を零しながら、心做しか灰色の瞳をキラキラ輝かせている剣聖様の視線の先。
宙に浮かせた砂の魔剣を自在に操って見せているソラは、憧れの人から手放しで褒められてこれ以上ないほどに頬を緩ませていた。
「えへへ……」
えへへの使い手、迫真のえへへである。
「ソラちゃん。この剣は、細かな動きはどれほど出来るのでしょう?」
「細かな……ええとですねぇ」
夢中になってアレコレ質問を繰り返すういさんと、その全てにやたら嬉しそうな顔で答えていくソラさん。
……何あれ? 周囲空間内の和み値と可愛い度合いが高過ぎるんだが? あの辺の空気を惑星全域に散布したら世界平和が訪れそう。
結局は小一時間ほど続いた対談―――というかお喋りを経て、限界化していたパートナー殿も流石に鎮静化。
その後、落ち着いたら落ち着いたで今度は別の羞恥で撃沈したソラを二人で宥めてからというもの……御覧の通り、今度はういさんがソラに夢中である。
早い話、ういさんが快諾どころか食い気味に「是非お連れになってください」とソラを求めた理由がアレである。
剣聖様はアルカディアに二つと無い『魔剣』に、この上なく興味津々ということだ。
「成程……なるほど」
質問タイムを始めてから暫くで、粗方の質問は終えたのだろう。ジッと魔剣を見つめていたういさんは納得したように頷くと、今度は傍観していた俺へと顔を向けた。
「ハル君。貴方が自分よりも特別だと言った理由、しっかり理解出来ました」
「そうでしょう?」
わざとらしく得意気な顔をして見せれば、「自慢のぱーとなーですね」と微笑ましそうに受け流される。
「これは、破格の魂依器ですね。この指輪一つで、他の誰にも出来ないことを幾つも実現出来てしまいます」
「知識に疎い俺が見ても、一発で壊れてると見抜けたくらいですからねぇ」
頷きつつ、ういさんは「そして何より」と再び視線をソラへ向ける。
「驚くべきは、ソラちゃん自身の天賦でしょう」
「はぇっ……?」
徹底的に魔剣を褒められていたところ、急に矢印が自分自身に向けられて驚いたような声を上げるソラだが……いや「はぇっ」じゃないのよ。俺ばかりではなく、ソラさんもそろそろ自分の異常性を認識するべき。
「中でも空間認識力、そして状況対応力が飛び抜けていますね。頭が良く、思考の瞬発力も並外れています」
「ですよね」
「そんっ……な、ぅ……えぇっ……!?」
いやいや、残念ながら納得どころしかないんだわ。
思い返せば、片鱗は出会った頃から各所で感じさせていた。
そしてそれら全てが一斉に開花した【神楔の王剣】戦を振り返れば、ういさんの言葉には頷く以外に無い。
色々とアレしてる俺が言えた話ではないが、ソラさんもソラさんで大概おかしいのよ。
クイックチェンジ騒動から始まり、どうやらこの世界の常識と俺の認識とで『思考操作』の難易度がズレている……という事実が割と濃厚。
仮想世界独自の技術に対する適性、とでも言えば良いのだろうか? どうもその辺りに、ちょっと所ではない個人差が存在しているのは思い違いではない筈。
それを考えると、異様に思えるのはソラの魔剣操作技術だ。
フヨフヨ浮いてるあれら全部、一から十―――どころか、一から千まで思考操作オンリーだからな?
現在のソラのスタイルが覚醒してからこっち、時間を見つけて二人で幾つも『技』を編み出してきているが……正直そのどれもが、俺には真似できそうにないものばかり。
おそらくだが、俺とソラでは思考操作適性の方向性が違う。
身体操作や得物の切り替えなど。俺が極めて狭い範囲での思考操作に特化しているとするならば、ソラはその真逆。
まさしく魔剣の操作のように、ソラは広範囲で何かしらを操作する適性に特化しているのではないだろうか。
それに加えて、加速度的に頭角を現しつつある戦闘センスの高さ。更には【神楔の王剣】戦にて、俺を仕切って見せた判断力や統率力。
これまでに俺の見た何もかもが、少女の特異性を疑いようのないものにしている。
「そうですね……よろしければ、一度実際に見せてもらえないでしょうか」
「え、と……? もう見せては……」
急に持ち上げられて恥ずかしそうにしていたソラが、ういさんの言葉に首を傾げている。
―――あぁ、違うんだよソラさん。表情から察するに、剣聖様が求めているのは……
「ソラちゃん」
「は、はいっ」
真直ぐに見つめられて、思わずと言った様子でソラは背を伸ばして―――出会ってから初めて向けられるその目に……無意識のことだろう、半歩後退った。
「人と試合うのは、平気ですか?」
「へ……? 試合……あ、の……ハルと、何度か特訓はしていますが」
「分かりました―――それでは、ハル君」
と、灰色の瞳が此方を向いた瞬間、俺には彼女の言葉の先が手に取るように分かって、
「丁度、私以外との立ち合いも見てみたいと思っていました―――なので、見せてください」
果たして、穏やかに微笑む剣聖様は予想通りの言葉を口にする。
「あー……」
それに対する俺はと言えば……
「まぁ……ご随意に」
先生に逆らえる生徒はいないということで、頷きを返す他に無い。
「え………………えぇ……?」
ういさんのこの感じを未経験のソラはひとり取り残され、ただ困惑したように目を瞬かせていた。
ういういしてきた。
ちょっと装填してるので短めです