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憧憬の姿

「―――やっぱり第一回の四柱戦争ですよ! 私、ういさんのまとめアーカイブを何度見直したか分かりません!」


「懐かしいですね。あの頃はまだまだ此方の世界について、理解が十分ではありませんでしたから。いま思えば何から何までが拙く、お恥ずかしい限りです」


「そんな事ないです! どの瞬間を切り取っても綺麗で、格好良くて……私、言葉を忘れて何かに見入る事なんて初めてで……!」


「そこまで褒められてしまうと……流石に、面映ゆいですね。ありがとうございます、ソラちゃん」


「は、ぅ―――……っ!!」


「あーはいはい……」


 三年間―――正確には二年半の間か。ある時に映像で目にしてからというもの、ずっと憧れの存在であった剣聖様からの「ソラちゃん」はどうも威力過剰らしい。


 定期的に致命傷を負って戻ってくる・・・・・ソラを受けとめて、この短時間で一体何度目か思い返しながら瀕死のパートナーを宥め賺す。


 いや、あのね。最初に抱き着くというかしがみ付いてきた時には、そりゃまあアレコレ羞恥も湧いたさ。


 ただね? ここまで頻繁に……こう、数分どころか数十秒毎に行って帰ってを繰り返されるとだな、もうなんか少女というか小動物。


 気の小さい小型犬が、見知らぬ場所で飼い主から離れたと思ったら秒で逃げ帰ってくるアレ。現状のソラさんの様子とほぼ完全に一致である。


 真赤になった顔を隠すように、たびたび俺にしがみ付いてきては「はぅう」だの「ふぐぅ」だの絞り出すような声を上げて撃沈する彼女を宥める―――というか、あやし・・・続けること数十分。


 ういさんが俺達に向ける視線も、なんかもう男女というより「兄と幼い妹」に向けるようなものに変わりつつあるが……


「そのアバター、現実リアルと同じ姿だったんですね」


「はい、そうですね。この世界へ来たのは、私が私として・・・・・・刀を振るうためですから」


「発言が隅々まで格好良過ぎる……」


「ふふ……ハル君まで、揶揄ってはいけませんよ」


 とまあ俺は俺で、散々に恥ずかしい所を見られたせいで開き直って無敵化。


 結果的に二人で交互にソラを構っている状況も相まって、奇妙な連携感が生まれている事も理由の一つか。限界化・・・しているパートナーを他所に、しれっとまたひとつ仲良くなれた気がする。


 ソラがういさん本人へ憧れの理由を一生懸命語っている時に、彼女についての情報もアレコレ聴けたしな。


 別に横から盗み聞きしていたわけではなく、ちゃんと傍で聴いている許可は取って―――というか、俺はソラに懇願されてこの場にいるのである。



 ういさん自身お気に入りの場所なのだろう。例によって案内された縁側へ二人が腰を下ろした際に「席を外そうか?」と気を遣ったら、即座にソラに取っ捕まったのだ。


 なにも考え無しに初対面の二人を放置しようとした訳ではない。


 ソラの【剣聖】に対する憧れとやらが、彼女がアルカディアを始める以前から抱いていたものだと察していたから……というのが主な理由だ。


 必然、その辺に触れるとソラのリアル事情にチラホラ関係してくる可能性が無いとは言えない。ので、とりあえずお伺いを立てたのだが……


 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 一言一句違わず、ソラさん自身の言である。


 何やら「覚悟決まっている」感の溢れる、やや据わり気味の琥珀色に圧されて―――結果。俺はソラとういさんの対談を、開始から今に至るまで隣で聴かされていたのだ。


 その中でまあ、出るわ出るわリアル情報が……


 ―――ただしソラではなく、ういさんのリアル情報だけどな。



 彼女の本名は松風まつかぜ優衣ゆい。都会から外れた街で小さな剣術道場を営んでいる、松風清志郎きよしろう氏の孫娘である。


 道場が掲げているのは【松風一刀流】という実戦剣術の流派。


 実戦とは言うが、実際主軸となっているのは護りに寄った型が多いらしく、理念としては護身や精神鍛錬の方向へ重きを置いているらしい。


 道場自体は四十年も前から開かれているが、清志郎氏が開祖であるため「脈々受け継がれてきた」というものでは無いとの事。


 当の清志郎氏本人が純粋に剣士として相当の傑物らしく、流派自体は一代目と若いものだが名前自体は広く知られているらしい。


 ……また俺の無知案件かと思ったが、広くというのはあくまで「剣の世界で」という話だったのでセーフ。現代の剣術流派とか流石に知らないって。


 齢七十を目前になお衰えない堅強な御仁らしく、若い門下生を笑顔でしばき回したりしているらしい。


 引き攣った笑みを咄嗟に隠せなかった俺に、ういさんが珍しく慌てた様子で「普段は優しいお祖父ちゃんなんですよ」とフォローして見せたのが印象深い。


 なにが印象深いって決まってんだろ―――「お祖父ちゃん」だよ。


 メッッッッッッチャ自然というか言い慣れてる感から判断して勝手にそう思わせてもらうけど、ういさんどうもお祖父ちゃん子である疑惑がですね……


 いや穏の化身みたいなこの御方とお祖父ちゃんの仲良しコンボは禁止カードだろ……! 和み成分が無限に湧いてきて立ち上がれなくなるっての……!!


 ……さておき、ういさん―――優衣さんは幼い頃からそんな祖父と交流があったようで、それはもう『刀を振る』ということに魅せられてしまったのだとか。


 しかしながら。刀に魅入られた当時の優衣さん(七歳)は周囲の子供と比べても殊更に小柄だったらしく、子供用の木刀でも振る事が困難だったらしい。


 仕方なく「身体が成長するまで」はお預けという運びとなり……刀は触れずとも傍にいたいと、道場で健気にお手伝いを続けて―――実に十二年。


 神は彼女に天賦を―――刀を振る事の出来る『身体』を授けてはくれなかった。


 身長は伸びず、筋肉も付かない。運動神経自体は良好なれど、無理をすれば簡単に体調を崩してしまう弱々しい身体・・・・・・


 軽い素振り程度であれば、何も問題ない。けれどそれでは、幼い頃から彼女が憧れ続けた『祖父の剣』を追う事も出来ず……



 そんな優衣さんの前に道を拓いたものこそが仮想世界―――【Arcadia】だ。


 現実の肉体とは異なるもう一つの身体。


 生まれ付きの差異など関係ない、数値化された身体能力。


 そして現実とは違った意味で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 現実では道を閉ざされた彼女の前に示された、もう一つの道に―――他の誰でもない、『お祖父ちゃん』が飛びついたのだとか。


 高額な機体価格を「安いもんだ」と笑い飛ばして、祖父こそが彼女を仮想世界へと送り出し……松風優衣は【Ui】となり、現実では己を見放した天をしかと掴み取って―――そうしてアルカディアの世界に、一人の【剣聖】が生まれた。



 あのね……あの、あれだよ、完全に主人公。


 詳しく聞けばこれ本が描けるレベルのサクセスストーリーだろ……と思ったら、彼女自身が書いたものではないがマジで本になってるらしい。


 つまりはここまで全部、公開情報というわけだ。


 総じてなんかもう色々と眩し過ぎるというか、そりゃまあソラが『憧れる』って言うのも頷ける―――と、納得するにはまだ理解が足りていなかった。



 というのも、ここから更に関係してくるのはソラ側の事情・・・・・・


 こちらに関してはソラ自身が詳細を省いて語っていた事もあり、詳しい内情までは分かっていない。が、それでも凡そは理解できているはずだ。


 結論、彼女たちは現実世界での境遇が似通っていたらしい。実はソラも現実で剣士を志していたとか、そういう話ではない。


 共通点は、生まれ付き身体が弱いという不利に悩まされていた事。



 そして形は違えど―――立ち直り難い『何か』に直面していたという事。



 ソラは多くを語ったわけではない。


 けれど……俺の隣で笑って、泣いて、怒って、今はこうして憧れの人に会えて大いにはしゃぐ事が出来ている・・・・・少女は、


 現実を見返すかのように―――仮想世界で思い切り『刀』を振るう、【剣聖】と呼ばれる以前の小さな姿を目にして。


 いつか、確かに、救われたという。



 なんとまぁ、()()()()()()()()()()()


 だってそうだろう。憧憬の姿を追いかけたのであろうソラが、どんな道を辿っていま此処にいるのか……パートナーの俺は、全部知っているんだ。


「―――ふぐぅ……っ!」


「……あぁ、はいはい」


 思いを巡らせる男子一人を放り出して、女性主人公同士・・・・・・・の対談からまたも逃げ出してきたソラが、懲りもせずにしがみ付いてくる。


 思わず笑いを零しながら、俺は無意識に少女の頭へ伸ばしていた己が手に気付いて―――僅かに迷ってから、結局はまるで子供にするように頭を撫でてしまった。


 正直いまは、俺のことを気にしている余裕など無いのだろう。ソラは特に反応も見せずに手を受け入れて、相も変わらず「むーむー」唸っている。


 詳しい事情は知らないし、訊くつもりも無い。ただ、憧れに縋る必要のある『何か』があったのだろう少女が、今。


 こうして気の抜けた様子でいられる事を―――俺はひとり、嬉しく思っていた。






匂わせるだけ匂わせていくスタイル。

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― 新着の感想 ―
[良い点] てぇてぇ [気になる点] もしや、天衣無縫っておじいちゃん? [一言] まさかね
[一言] こうして剣聖と現在のパートナーを娶った訳ですね うん、納得
[一言] 読了。 何だ、ただの兄妹か...
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