鍍金、道化、王冠
お互いが羞恥を呑み込むのに要した時間は、どれ程だっただろうか。
どちらからともなく視線を交わして、俺とソラが共有した結論はただ一つ。
つまり「とりあえず忘れよう」である。
深く考える事を放棄した俺達は、それぞれにわざとらしく取り繕いながら数分間の記憶を封印。それからは現実逃避よろしく、ご無沙汰していた称号設定に意識を向けたのだが……
「「えぇ……」」
目をやるウィンドウはそれぞれ自前のものなれど、似たような乾いた声を漏らす俺達が見ているものは同じ―――『比翼連理』とかいう、色々と意味不明な特殊称号の説明欄だ。
いやさ、ナニコレ? 称号? 称号っていったいなんだっけ……?
「なんかもう……この、なに? 一種の超必殺技みたいになってないか……?」
「称、号……?」
呆れるままに呟けば、隣で顔に?マークを一杯浮かべているソラもまた、俺の思考をなぞるように困惑の言葉を零す。
「特殊称号、ねぇ……その様子だと、ソラも知らなかった感じだよな?」
「知らない、ですね……いえ、あの、称号みたいな細かいシステムについては、元々詳しくもないんですけど……」
ソラの知識は基本的に動画なんかが元で、狭く浅くだったもんな。そりゃあ詳しいプレイヤービルドなんかの話になってくれば、表面を見るだけでは入って来ない情報など山程あるだろう。
―――それにしても、だ。この破格の効果で設定せずとも常時発動?
…………………………えぇ???
「なんだか、書いてある事が全部おかしく見えるんですが……」
「大丈夫、俺の目にも全部おかしく見えるから」
転移だの蘇生だの無敵だの、スキルの効果欄にサラッと書いたらいけない類の表記が溢れ過ぎなんよ。
というか、これに関してだけ何故か【Arcadia】十八番の脳内インストールが働いていないのも謎。いつの間にかこんなぶっ壊れユニークタイトルをアバターに搭載していたというのに、今の今までマジで気が付かなかったんだが?
「…………んで」
はい、そうです。特殊称号、もう一つあるんです。
忘れもしない、第九位の序列を手にしたあの瞬間のこと。
思い返せば数々のアナウンスに混じって確かに表示されていた、特殊称号を獲得した旨のメッセージを思い出す。
気付けば通常称号タブの隣に増えていた、特殊称号タブに名を連ねる二つ目のタイトル。その名はズバり―――
特殊称号:『曲芸師』―――戦闘中、自傷ダメージの総量に応じて全てのスキルの再使用待機時間を短縮する。戦闘中の総自傷ダメージがHP上限の90%に達した場合、強化効果《鍍金の道化師》を獲得する。
・《鍍金の道化師》―――戦闘中、自傷ダメージによるHPの減少を無効化。
自傷ダメージの蓄積及び強化効果は、HP回復判定が行われた際に失効する。
「…………とりあえず、本当に『曲芸師』って何とかなりませんかね……?」
絶妙に格好付かない感じが「お前に似合いだ」と言われているようで、時間が経つほどに不本意感が募ってくるんですけど。
と、そんな事より肝心なのは効果内容の方だ。
…………なんだこのぶっ壊れは?
「ソラさんソラさん」
「はい?」
ウィンドウを可視化させ、こちらを振り向いたソラへ過去最高レベルに頭のおかしい効果説明文を御覧に入れる。
さすれば、少女は―――
「…………………………わぁ」
お手本のようなドン引きのリアクションと共に、何故か俺に対してジト目を向けて来た。
「あんなに何度も何度も、躊躇無く自傷なんかするからですよ?」
「えぇ……だってスキルが……」
《瞬間転速》君が俺にお代を求めるんだもの……
名前はアレだわ、効果内容は色んな意味でヤベェわ、ソラさんには睨まれるわ……なんかもう散々だ。
―――だが俺はへこたれない。
オウそこ行く一般通過モンスターさんよ、気付いてんぞ。
ちょっくら付き合ってくれや。
「ほい小兎刀」
岩に腰を下ろしたまま、ひょいと投擲した【刃螺紅楽群・小兎刀】が泥沼に飛び込んで―――次の瞬間、
「ひゃう―――ッ!?」
ドパァッ! と重たい泥を撒き散らして、全長四メートルくらいの……くらいの、なに、あの、なんだ?
頭がアンコウみたいなワニ?……いやワニか? ワニって六本足だっけ?
前触れの無かった俺の行動と奴―――【ドラップル・エルゲータ】のド派手な登場に大層驚いたのだろう。
悲鳴を上げて俺の袖を掴んだソラを「へーきへーきこわくなーい」と宥めつつ、一人立ち上がり左手に喚び出すは【愚者の牙剥刀】の黒刃。
「え、えっ!? なん、なっ……!?」
「あー大丈夫大丈夫、ただの雑魚だから警戒しなくていいぞ」
カテゴリ的に言えば、チュートリアルマップで遭遇した【ウォールリザード】の親戚みたいなもんだ。
あれの三十倍くらい強いバージョンを想像して頂ければ大体あってる。
まあアレだ―――いうて俺達も、あのころと比べて三十倍じゃ効かないしな?
「検証タイムだ、サクッと行こうか」
まずひとつ目、これで「戦闘中」の条件は満たした。
ならばお次は一、二、三、四―――と、都合九回。訳も知らずに見ていれば完全に狂気の沙汰だろう、自傷トリガーを鬼連打して自らゴッソリとHPを削れば……
「…………え、何か変わった?」
演出やらエフェクトは特に無しか?
「ハル!? 来てますよッ!?」
あ、オッケーオッケー。ハイ、せぇのぉッ―――!!
「そいッ!!」
ただ傍を通りがかっただけで短剣を投げつけられた怒りのまま、真赤に充血させた目を爛々と光らせて迫りくる巨体。
ドタバタ走りから真直ぐに俺目掛けて躍りかかったエルゲータを、俺は《ブリンクスイッチ》からのワンハンド【序説:永朽を謡う楔片】で容赦なく打ち返した。
鳴き声もなにも無いらしく、「ぐふっ」と憐れな排気の音だけを上げて吹き飛ぶワニアンコウ。
特に気にせず再び己がアバターの様子に注視する俺。
何とも言えない顔でその一幕を見守るソラさん。
……いや、仕方ないんだって。
ソロで【霧露蛇】狩りに挑んだ際、最初は探し方がよく分からなくてさ?最終的に面倒臭くなって、何かしら気配があるところに武器を放り込みながら練り歩いた訳よ。
そしたらまあコイツらが釣れるわ釣れるわ……初回はアホみたいなタフネスに圧されてビビったものの、何度も何度も相手にしてれば流石に慣れるというもの。
この沼地、そもそもが【霧露蛇】ではなくこいつらのホームらしい。
透明化と泥中潜行で手段は違うが、姿を消す者同士で仲良くしているのだろうか? 詳しくは知らないが、蛇の方がエルゲータに混じる形で共生しているんだとか。
―――とまあ、そんな事はどうでも良いんだ。結局のところ件の称号の強化効果とやらは……
「あの、ハル……?」
「うん?」
十メートル近く吹っ飛んでそのまま沼地を転がっていく憐れなワニさんを背景に、遠慮がちに呼ばれて振り返れば―――はて、何やらソラさんの視線が俺の頭の上に。
「称号効果のエフェクト、ですよね? 多分ですけど……ソレじゃないかと」
ソレと言いながら、自身の頭の左上辺りを指先で示すソラ。
そうは言われても自分の頭など見る術が無い。困っていると、彼女はインベントリから手鏡を取り出して―――あら女の子。
ソラの鞄は俺の鞄でもあるのだが、そんなの入ってたなんて全く気付かな……かっ………………。
「……、………………」
言葉を失った俺の視線の先、ソラが掲げてくれた手鏡に映るは一人のフツメン。
そしてその頭上には―――真っ二つに割れたような風貌の、半透明な王冠型のエフェクトが斜めに傾いて浮いており…………
「…………っスゥーーー―――」
――――――いやダッッッッッッッッッッせぇ!!!!!
実際は派手さの無いお洒落なデザインを想定しているけれど
駄洒落じみた言葉遊びで王冠着用を強要される精神的ダメージや如何に。