忘れていただけ?
「なぜ俺はいきなり罵倒されたんだ……」
こちとら特攻気味に脈絡の無い質問をしたせいで、めでたくパートナー殿からも訝しげな視線を頂戴したというのに。
更には、湧きの渋いレアエネミーのレアドロップをいっぱい御所望と来た。
いっぱいって幾つだよ……? 体感だが【幸輝鳥の蒼空羽】は三体狩って一枚落とすか落とさないかだった気が……
うん、これは久々にちょいと睡眠時間を削るとしようか―――
「ハル?」
「うん?」
ソラの声に顔を上げれば―――はい近ーい。
ここ最近ナチュラルに距離が近い少女からさり気なく半歩距離を確保しつつ、横合いから覗き込んで来た琥珀色の瞳に首を傾げて見せる。
「どうかしましたか?」
はて、深夜の鳥狩りを思ってアレな顔でもしていたのだろうか。不思議そうに問うてくる彼女に「なんでもない」と返して、俺は返信の途切れたトークウィンドウを仕舞う。
「慣らしは済んだ?」
「はいっ! ステータスも調節しましたから、これまで通り動けると思います!」
―――はは……本人の動きはこれまで通りかもしれないけど、その分これまで以上にソラさんの火力が上がってしまったわけだが。
何かと言えば、三匹目の【霧露蛇】を狩った辺りでソラが新しくスキルを獲得した件に関係する。
とはいえ、見覚えの無いスキルという訳ではなく……
――――――――――――――――――
◇Status◇
Name:Sora
Lv:100
STR(筋力):100
AGI(敏捷):200(+10)
DEX(器用):200⇒100(+10)
VIT(頑強):100
MID(精神):400⇒500(+50)
LUC(幸運):50
◇Skill◇
・魔法剣適性
《オプティマイズ・アラート》
魔剣念動
追尾投射
魔剣生成効率化
・光魔法適性
《クオリアベール》
・《天秤の詠歌》
・《観測眼》
・軽業 New!
・癒手の心得
・見切りの心得
・以心伝心
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はい。進化前&進化後問わず、俺が大層お世話になり続けている神スキル《軽業》君が発現いたしました。
現在の戦闘スタイルを確立して以降、俺に迫る勢いで高速戦闘沼に足を突っ込んでいるソラさんである。正直言えば、いつ獲得してもおかしくないと思ってたよ。
進化後の破格っぷりも勿論だが、初期の状態で単純にDEX+100相当の効果を持つ超優良スキルだ。ビルド的には相当な強化と言えるだろう。
……いや、冷静に考えるとスキルひとつでレベル+10と同等の効果って頭おかしくない? 優良とかそういうレベルじゃないだろ。
ちなみに、俺がステータスの振り直しを行った際に事故って《軽業》の劣化版となってしまっていた《韋駄天》君は、現在は怒りの進化を遂げて《剛身天駆》という第三段階に姿を変えている。
アバターの一定速度到達時にDEXを倍加する《韋駄天》とは異なり、こちらは同条件での効果発動時にDEXにSTRの値を上乗せする形となっている。
つまり実質DEX+300。軽業系統のスキルは基本的にぶっ壊れらしい。
さておき、とりあえずは蛇狩りを終えてしまおうとそのまま四匹目を討伐。その戦闘でややDEXを持て余しているように感じたソラが、温存していたリメイクシステムを使ってステータスを振り直していたという訳だ。
これで一ヶ月の間は振り直しが出来なくなってしまうが、渋っていたら結局いつまで経っても使えないからな。
いつ《韋駄天》に進化するか予想も付かないし、悪くない判断だと思う。
―――で、余剰分のDEXを削って更に上乗せされたソラのMIDは遂に500。純魔と呼ばれる、砲撃特化の魔法士ビルドのラインに到達してしまった。
ニアの基準で言えばステータス補正だけでも壊れ気味な首輪、【小紅兎の首飾り】の強化分も含めると更にその上を行く550だ。これでバリバリに『剣士』として一線を張るというのだから、彼女もいよいよもって壊れ具合が加速している。
「そういえば、久しぶりにステータスを弄っていたら気付いた事があるんです」
「お、どした?」
と、何やらソラがステータスウィンドウを可視化させて、「見てください」と言うように俺の前へ持ってくる。
隣へ来た彼女の示す先へ目を向けてみれば―――
「ここです。いつの間にか、設定していた称号が外れていて……」
表示されているのは、ステータスウィンドウの称号設定タブ。ソラの言う通り、本来なら何かしらのタイトルが設定されているはずのボックスが空欄になっていた。
「自分で外したわけじゃないんだ?」
「その……正直言うと、随分と前に設定してから存在を忘れていまして」
あぁ……分かるってか、それは俺も全く同じで―――
「「……………………」」
そこで、俺達二人は互いの顔を見ながら押し黙った。
おそらくはソラさんも、俺の表情を見て自分と同様の心境だと悟ったのだろう。
即ち―――二人とも、称号に特殊効果がある事を完全に無視していたと。
「獲得通知は頻繁に見ていたというに……」
「なぜか、付け替えるっていう意識がありませんでした、ね……?」
初期の頃はちょいちょい気にしていたはずなんだが、確か最後に設定したのは『絆を紡ぎし者』という特定の相手を指定するタイプの―――
「―――……、…………」
瞬間、奔り抜けた謎の直感に従い自前のステータスウィンドウを展開。ソラと同じく称号設定画面を開いてみれば……
あぁ……―――っはは、俺のも空欄になってら。
「ソラさんや」
「は、はい?」
「もしかしてなんだけど……」
というか、もう確信する他ないんだけど。
「設定してた称号って、『絆を紡ぎし者』で合ってる?」
俺もウィンドウを可視化させてひっくり返し、ソラに見えるよう表を向ける。
自身のものと同じく、空欄のボックスを目にした彼女はキョトンと不思議そうな顔をして―――
「え……」
俺の質問の意味。
俺がソラに続いて称号設定画面を開いた意味。
他にもおそらく、俺の表情やら何やらが示す意味を、聡い彼女は読み取って。
似た者同士の俺達は、きっと同じ答えに辿り着いたのだろう―――少女の顔が、見る見るうちに朱に染まっていく。
『絆を紡ぎし者』―――特定の相手を設定する事で、該当プレイヤーとの共闘時に全てのステータスに微かな上方補正が掛かる。
思い返せば随分前の事に思える、背中合わせに過ごしたあの草原で。
俺は迷わずソラの名を。そしておそらくソラも、タイミングは分からないが俺の名を当て嵌めたのだろう。
彼女はこう言った。なぜか付け替えるという意識が無かった、と。
そして多分、俺もそうだ。
おそらく、忘れていた訳じゃない。
俺達は二人とも、無意識の内に付け替える気が無かったというだけで―――
「っ―――……ッッ!?!??」
「あー……」
多分、見られた。柄にもなく熱くなってしまった顔を。
金色の髪を翻して背中を向けたソラから、俺も視線を逸らしつつ熱を散らすように頬を叩く―――いや、無理だろコレ。こんなん誰だって死ぬほど照れるっての。
「―――ちょ……っと、提案なんだけど」
「は、はい……っ」
動揺に震える声が、耳に響く。
マズいなこれ、声聴くだけでもしんどい。
「もう少し、休憩続行という事で……」
「さ、賛成、です……」
それだけ言葉を交わし、どちらからともなく目に付いた岩場の方へ足を向ける。
陰鬱とした雰囲気の沼地のただ中、ぬかるむ足場から顔を出していた手頃な大岩に腰を下ろして―――
「「―――…………………………」」
フィールドの雰囲気にそぐわない、おかしな空気を醸したまま。
背を向け合った俺達は二人揃って、物言わぬままに撃沈した。
特殊称号:『比翼連理』―――『絆を紡ぎし者』より派生する特殊称号の一つ。
限定対象者との共闘時、全ステータスに上方補正。更に限定対象者のHPが一定値を下回った場合、戦闘中一度に限り時限強化効果《比翼の献身》を獲得する。
・《比翼の献身》―――全ステータスに+50の極大補正。加えて起動条件を満たした状態の限定対象者を『守護』する間、被ダメージを半減。更に死亡判定時、一度に限りHP1の状態で即時蘇生する。
《比翼の献身》の効果発動中、二種の限定スキルを獲得する。
・《連理の枝》―――起動時、限定対象者の目前に転移する。使用可能回数1回。
・《想いの大樹》―――蘇生効果の発動後、十秒間全ての攻撃を無効化する。
・特殊称号―――プレイヤーが設定する通常称号とは別枠に存在するユニークタイトル。設定する事で一つをアクティブ化する通常称号とは異なり、獲得以降は常に効果が継続する。
有効化の必要も無いが、無効化する術も無い。
祝福となるか、はたまた呪いとなるか。
それは称号の内容と、稀有を賜る栄誉を得たプレイヤーによって千差万別。