似た者同士
MMORPGの通常戦闘フィールド。そう聞けばこのジャンルに触れた事のある大体の者が、似たような光景を思い描くのではないだろうか。
平原や森の中、荒れ地や山の上、果ては海の底や雲の上など多種多様なマップ―――そして、その上にバラ撒かれた大量の有象無象たち。
それを片っ端から狩っていけば、また片っ端から再湧出するモンスターの群れ。そうして無限に生み出されるリソースを、時間という有限リソースを対価に獲得していく……何と言うかまあ、MMOというジャンルを象徴する醍醐味の一つと言えるだろう。
そういった意味では、アルカディアはMMOらしくないと言わざるを得ない。何せこのゲーム、適当にほっつき歩いているだけではまずモンスターにエンカウントしないから。
いつだか乱獲した【幸運を運ぶ白輝鳥】のように、ある程度の湧出位置が決まっている特殊エネミーも存在する。
しかしそれは極少数。基本的には、ほぼ全てのモンスターは湧き位置が定まっていないらしい―――というか、そもそも生息域すら場合によっては変動する。
良い例なのが、【セーフエリア】周辺の大森林だ。
あれだけ広大な森ならば、さぞ多くのモンスターで溢れているだろう―――と思うじゃん? 驚く事に、あの森まっっったくと言っていいほど何にもいないのよ。
勿論、初めからそうだったという訳ではない。かつては大森林……通称もそのまま『大森林』であるあの森には、それはもう多数のモンスターが生息していたらしい。
そして―――森のただ中に沈んでいた大鐘楼のもとへ、【試しの隔界球域】を突破したプレイヤー達が辿り着いた瞬間から。
『開拓者』と『先住者』との間で、大いなる抗争が幕を上げたのだとか。
どちらが勝利したのか―――その答えこそが現在の【セーフエリア】であり、静寂に包まれた大森林の姿でもある。
つまり、数多いたモンスター達が「なんだよあの化物どもやってらんねー」と住処を移動したのである。
そういった例が表すように、アルカディアでは明確な生息域だとか、それに伴う狩場みたいなものが存在しない。いや、あるにはあるが「この辺に探しに行けばまあ狩れるんじゃない」程度の指標くらいしか無いのが実情だ。
一応しっかり情報を集めて臨めばまず間違いなく見つかるので、いつまで経ってもエンカウント出来ない「全モンスターレアエネミー」的なクソゲー案件にはならない。
それでも「ガンガン戦闘出来ないのはストレスでは?」という問題については―――
「―――ソラ、そっち行ったぞ!」
「そっちってどっちですか!?」
「違うそれは分身! 三時の方向!!」
「三時って何時ですか!?」
「混乱しすぎだ落ち着けぇ!!」
この神創庭園に出現するエネミー達は、どいつもこいつも一筋縄ではいかない難敵強敵揃いという点で―――数ではなく、質により需要を満たしている。
足の取られる泥の沼地にて現在、俺達を理想的な阿鼻叫喚の渦に叩き落している【霧露蛇】もその例外には洩れず。
消える、逃げる、分身する。挙句の果てには広範囲に毒霧を撒き散らした上で徹底隠形など、陰の極みの如き戦法でそれはもう手を焼かせてくれる。
既に討伐経験のある俺はとりあえず見学という事で、まずはソラさん一人で挑戦しているのだが―――はは、テンパっておるわ。
無数の大蛇(分身)に取り囲まれて軽くパニックを起こしているパートナー様は、目をグルグルさせながら魔剣の防壁に引き籠っている。
身体の周囲を高速で周回する、無数の小さな魔剣の群れ。
いくつあるのかも数え切れないそれらは石ころのようなサイズなれど、内包した威力も重さも通常サイズに引けを取らない。
もし俺が今のソラに近づこうものなら、一瞬で微塵切りにされる事だろう。
「うぅ……」
別にピンチに陥っているわけではない。その証拠に彼女のHPは一ミリたりとも減っていないが、単純にどうすれば良いのか困っているのだろう。
迷いがちに目を向けられてしまえば、ソラに対して無条件で甘い俺はノータイムで口を開いてしまう。
とはいえ考え無しに「いいから叩き潰せ」と言うのも憚られて、とりあえずは攻略のヒントを提供する事にした。
「ソラ、そいつ姿を消せるんだよ。見えてるのは基本ぜんぶ囮だ」
囮に混じって、わざわざ姿を見せておく意味も無いだろうからな―――そして、それこそがこのド畜生の仇となる。
「で、分身には実体……質量が無い。けど当然、本体にはある」
つまり、見るべきは『姿』ではなく―――
「っ―――成程、ですッ!!」
まさしく、答えを弾き出したソラの見据える先―――奴の質量が泥地に描いた、蛇の道の終端だ。
もっとも、【霧露蛇】とて馬鹿ではない。逃げ回る最中で生意気にも技巧を凝らし、数多の偽装を交えて位置を悟られないようにはしているのだ。
むしろ、沼に残る足跡を逆手にとって此方を混乱させてくるまである。
過去にソロで挑んだどこぞのプレイヤーはお手本のように翻弄され、実に一時間近く鬼ごっこをしていたらしいよ。
だからまあ……ヒントを与えられた瞬間に一発で解を見出し、音高く放った魔剣の一射によって見事【霧露蛇】のどたまをぶち抜いたソラさんは―――やっぱりどこかおかしいと、俺は思います。
「……っ! やりましたっ!!」
「っは、お見事さん」
でも可愛いから何でもいいや。
己が成果を見届けて、勢いよく振り返ったソラが輝くような笑顔を咲かせる。
背後で爆散する紺碧の大蛇を他所に、嬉しそうに駆け寄ってきた相棒とハイタッチを交わす。勢い控え目、ペチッと叩いてくる力加減がなんとも彼女らしい。
「戦利品はどうだった?」
「えと、皮が一つ、牙が二つに……毒腺? が、一つです!」
お、毒腺はややレアドロップ寄りだぞ。何に使えるのかは知らんけど。
「そしたら皮をあと三つ……俺の時も毎回一つドロップしてたから、確定枠っぽいな」
「という事は、あと三匹ですか?」
要領を得て自信が付いたのだろう。頷く俺に「頑張りますっ」と、少女はやる気満々のご様子。
つよい。俺なんて「あと三匹かよ勘弁してくれ」と辟易したというのに……あれだけサックリ処理できるなら、まあ当然か。
「そしたら、どんどん行こうか」
「はいっ!ぁっ、あの、お願いします!」
OK、索敵はお任せあれ。
軽く手を振って空へ駆け上がり、アバターの超視力をもって沼地を広域探査―――我が事ながら、色々とインチキじみた俺達ペアの蛇狩りはその後、十数分程度で幕を閉じた。
時間を作るんだから、その分は描かないとダメだよね?