伴って道をなぞる
爆睡してた。
いったいどれだけループしていたのか、耳元で鳴り続けるアラームに気付いてゆっくりと意識を浮上させた頃には翌日の朝。
窓から差し込む日差しをぼんやりと見た後―――血の気を引かせて跳び起きたのが、待ち合わせ時間の七分前の事。
まさしく寝坊してバイトに遅刻しかけた時の如く……いや、正直言えばそれ以上に焦ったかもしれない。
洗面台に顔を突っ込む勢いで水を被り、歯ブラシで口内を最低限蹂躙するまでで二分。
壁に足を強打しつつ、悶え苦しみながら冷蔵庫から引っ張り出した菓子パンを牛乳で押し込むのに一分。
何で歯を磨いた後に食事を摂っているんだと混乱しながらも三分で支度を終えた俺は、鶏冠の如く寝癖でボッサボサの髪もそのままに、息せき切って【Arcadia】に飛び込んだ。
―――のが、更におよそ三分前の事。
昨日ういさんの居宅……居宅? 道場? でそのままログアウトした俺が降り立つのは、当然ながらその塀に囲まれた石畳の上。
転移門からここまでの道程なんて覚えちゃいないので、一も二も無く空へ飛び出して上空から目星を付けたそれらしき場所へ直行。
幸い、辿り着くのに手順は必要でも帰る分には問題無かったらしい。しっかりと転移先の候補に示された【セーフエリア033】の文字を殴り付けて―――
「間に合ったぁッ!!」
「えぇ……」
今に至る。
いや間に合ってねぇんだわ。完全に『待ち』の体勢で、ソラさん既にいたんだもの……!
「だ、大丈夫ですか……?」
「ぜっ、げほっ……いや、ごめん、大丈夫」
スタミナ切れというよりもメンタル的なアレで膝に手を突く俺を、困惑気味にソラが気遣ってくれる。
メッチャ背中さすってくれるじゃん……今日も俺の相棒が天使な件について。
「ごめん、寝坊した……お待たせいたしまして大変申し訳なく……」
とは言っても時間的にはまだAM7:59―――あ、八時になりましたね。
「いま、時間ピッタリですよ? ―――おはようございます、ハル」
「はは……あぁ、おはようソラ」
格好の付かない登場と相成った俺を見て、可笑しそうに―――それでもやはり、機嫌良く笑顔を見せてくれる彼女と挨拶を交わして。
思えば久しいソラと二人、冒険の一日が始まった。
◇◆◇◆◇
「寝坊って言ってましたけど、昨日はちゃんと休めたんですか?」
「いやぁ……二十時間ほど寝てましたねぇ……」
「にっ……か、身体、大丈夫ですか?」
「分かんない。こっちはともかく、現実の肉体は寝過ぎでバッキバキかもしれん」
「あの、今まさに追加で寝ていますけど」
「…………ちょっと、昼休憩の時にランニングでもしてくるわ」
「休憩でランニング……?」
なんて和やかな会話を楽しみつつ、視界の後ろへギュンギュン飛んでいく景色の中を駆ける俺達―――というか俺単体。
今日一日の予定というか、いくつかの行先は事前に考えておいた。
んで、そこまでの距離がちょっとばかり散歩と言うには過度な長さなので……
「……我ながら、これに慣れ切ってしまったのもどうかと思うんですけど」
「乗り心地は如何ですか、お嬢様?」
「……何だか、ちょっとずつ快適になってるのも腹立たしいです」
あと次『お嬢様』なんて呼んだら怒りますから―――なんて不本意そうな顔をしつつ……すっかり定位置とばかり腕の中に納まったソラは、今更緊張なんて無い様子で身体の力を抜いていた。
お嬢様呼びダメなの? なにゆえ?
【セーフエリア】を離れて数分。俺は例によってソラを両腕に抱え、目的地へ向けてAGIをフル回転させていた。
元々は森の中に沈んでいたという大鐘楼を中心に開拓された街の周りは、今でも見渡す限りの大森林で囲まれている。
とりあえず何処へ行くにしてもコレを抜けなくてはならないので、【隔世の神創庭園】に於ける「遠出」は基本的に森から始まるのだが―――
「なんだかもう、本当にズルですよね」
「ちゃんと仕様に則った行動なので何も問題無いな」
呆れたような呟きには、お手本の如き棒読みで返答。だって本当に、今回はグレーゾーンみたいな事は何もしていないんだもの。
ただ木々の天辺を蹴り付けて、森の上を駆けているだけなのだから。
二人分の体重×アホみたいなステータスの蹴撃に木々が耐えられるのかって? 耐えられてるから耐えられてるんだろ多分、凄いぞファンタジー樹木。
「言うて、このくらいならソラでも出来るだろ?」
「……そろそろ言おうと思ってましたけど、最近ハルの私に対する評価がおかしいと思うんです」
えぇ?
可愛くて強くてかわいくてつよい、だろ? 何も間違っていないと思うが。
「出来ませんからね? 出来ませんよ? どうしてそんなに躊躇い無くピョンピョン出来るんですか?」
「ピョンピョン……いや、むしろ躊躇ってたら落ちるし……」
勢いが全てだぞこんなもの。要求ステータスは技術ではなく単純に度胸―――
「ですから、ソレです。怖いんですよ普通、こんなの」
「言うてソラさんもケロッとしてない?」
「……そこは積み重ねです。ハルは私を落っことしたりしませんから」
Oh信頼、照れるぜ。
「でも、自分でこんな事しようとしたら怖いですよ―――ハルって、そういう感情あんまり無さそうですよね?」
「ん-……」
なんというか、仰る通り。
いや、怖いものは怖いんだけどな? 高所は勿論、こちらをぶち転がしに襲い来るモンスターも、当たり前のように『刃』を向けてくる対人戦だって、そりゃ怖さはあるよ。
ただまあ……
「やっぱ、ゲームって思ってるんだよな……」
心の奥底で固まっているその認識が、俺の感覚を麻痺させているのだろう。それに関しては、結構前から自覚してたよ。
◇◆◇◆◇
「う、浮いてます……」
「浮いてるねぇ」
大森林のインチキ踏破を始めて十分ほど。
西側へと抜けて暫く平地を駆けた俺達を待ち受けていたのは、途方も無く巨大な大地の亀裂。そしてその周囲に浮かんでいる、巨大な岩石の群れだった。
アルカディアは【螺旋の紅塔】のようなダンジョン等に限って公式名称が存在するものの、各フィールドに地名のようなものは存在しないらしい。
そのためプレイヤー間では通称というか、適当な呼び名で共有されるのが通例。
「『採石場』―――だってさ」
「はぁー……」
現実味の無い光景を呆けたように眺めるソラだが、その気持ちはよく分かる。俺も初めて一人で訪れた時は、彼女と似たようなものだったから。
「詳しい事は知らないけど、なんか隕石が落ちてこうなったらしいぞ」
「隕石……!」
「ここで取れる素材のフレーバー的に、らしい。岩が浮いてるのは、その隕石のおかしな性質が伝播したからなんだとさ」
【浮流星片】っていう素材元のな―――そう、俺の新規武装である【流星蛇】シリーズの必要素材、その片割れである。
何を隠そう、今回の冒険の主題はソラさんの強化。滞っていた彼女の装備更新、それに必要な素材がメインターゲットだ。
そして俺は忘れていないぞ。【流星蛇】以前に使っていた【砂漠鱓】シリーズは、ソラが望んだお揃いだったって事をな。
気恥ずかしさが無いではないが、そんなものより何を優先すべきかなんて決まり切っている。
「それじゃ、サクッと採掘して次に行こうか―――俺が一週間掛けた道程を一日で突っ走るんだ、テンポよく行かないとな」
「は、はいっ」
大きめの浮遊岩に目星を付けて歩き出せば、壮大な光景に見惚れていたソラが慌てて後をついてくる。
小動物めいた少女の仕草に、緩みそうになる頬は誤魔化しながら。
俺は興味津々といった彼女に説明するという珍しい立場を新鮮に思いつつ、一度は経験した採掘作業へと臨む。
―――え、ツルハシ? 鈍器でぶん殴れば何とかなるって。
この二人の安心感。
・少しばかり、とある事情につきましてお話をさせてください。
日頃から多くの方にお読み頂き、望外の評価を頂いております拙作ですが
ありがたい事に感想メッセージも日々何通も頂いており、
私の心の栄養が止まる事を知らない今日この頃でございます。
ただ、それに関しまして一つ問題が浮上しておりまして……
へ、返信がですね……手が追い付かないと申しますか……
私がササッと適切なお返事を考えてパパッと返信を返せる有能ならば良かったのですが……ついつい一生懸命あれこれ考えて、下手をすると物語の執筆よりも時間を使ってしまう始末。
気付けば返信を始めてから二時間近く経っていた時などもあり、
「この時間で数話は書けたな……?」と我ながら何してるのという現状。
これで時間に追われて更新が滞ったとなれば本末転倒もいいところ……
というわけで、大変申し訳ございません。
今後の感想返信に関しましては「私が特に答えたいと思った疑問や質問」及び「簡単に返せるもの」に限らせて頂ければと思います。
申し訳ないというか何というか、誰より私が返信したがってる訳なので断腸の思いではあるのですが……普段から応援を頂いている皆様なら「そんなんいいから続きはよ」と言って頂けるのだろうなと、思った次第でございます。
全ての感想メッセージ、いつもありがたく、嬉しく読ませて頂いております。
時間に追われながらもたまに見返して、うへへと気味の悪い笑いを漏らしたりもしています。最近、知人に目撃されて恥ずかしい思いをしました。
全てのメッセージに言葉を返せず至らない限りですが、
どうかこれからも、ご声援を頂ければ幸いでございます。