彼女の在り方
剣聖様の笑顔に屈した後、立ち合い続行からおよそ三十分ほど。
密度で言えばそりゃまあギッチギチに濃い時間ではあったものの……思いのほか早くにご満足いただけた様で、幸いなことに終日コースとはならなかった。
ここまでにしましょうと太刀を納めたういさんの言葉で、挨拶代わりの手合わせは恙無く(?)終了。囲炉裏も「用事があるからこの辺で」とアッサリ帰っていった。
その際にサラッとフレンド登録も済ませたのだが、それを見ていたういさんから「それでは私も」と申請を頂き……ついでにと招待された円卓トークルームのカオスっぷりに、何か色々と肩の力が抜けたのが数分前の事。
延長戦の内容に関しては、まあ基本手も足も出なかったと言う点は変わらず。今度は此方からも攻めながら、また彼女の刀から必死に逃げて……みたいな具合だ。
自制するという言葉通り、初回のような苛烈な猛攻を仕掛けられる事は無かった―――が、だから何だと言わんばかり。
徹底的に見せ付けられたのは、やはり隔絶した力の差。
正直に言って、現状の俺では勝利どころか有効打一つ与えるビジョンすら浮かばない。俺と彼女の力量差は、まさしくそんなレベルだった。
ういさんに誘われて、再び縁側で和やかなお茶に興じている現在。
戦闘中の凛然とした姿が嘘のような穏やかさで、俺の隣にちんまりと正座して湯呑を抱えている彼女に視線を向ける。
散々に剣を交わして……というか、もうボッコボコと言って良いほどに揉まれた後だ。良くも悪くも、若干ながら彼女に対する慣れは生まれたように思える。
見つめてしまえば相も変わらず、雰囲気や所作などあらゆる面で美しい御人である。その点にやはり緊張を覚えるのは、もうどうしようもない―――しかし刀を握った姿を改めて思い返せば、俺の中には奇妙な親近感が滲むのだ。
多分この人、戦う事が好きなのではない。武芸そのものが好きなんだ。
剣を交える際の真剣な瞳から感じ取れたのは、戦いに対する昂揚とはまた違う―――そう、知識欲のようなものだろうか。
色々と一般的なプレイヤーの括りから外れている俺との立ち合いに、胸が躍るようだと口にした彼女の言葉がその証拠。
彼女は此方の一挙手一投足を観察して、学び、理解する事こそを望んでいるのだと、必死になって食らいつく戦いの最中に感じられた。
つまり何が言いたいかといえば……ういさんって別に、戦闘プレイヤーとしての強さを求めているわけでは無いんじゃなかろうか。
武芸が好きで、ただただ夢中になって刀を振るっている。
言うなれば、カテゴリ的にはエンジョイ勢なのでは?
方向性はやや違うが―――仮想世界自体を夢中になって満喫している俺と、プレイヤーとしてのスタンスは同じように思えるのだ。
だからこその、親近感。
慄くような大和撫子オーラの前に、未だ遠慮は覚えてしまうが……最初のような触れ難さは、気付けば綺麗に消えていた。
「とりあえず―――あの瞬間移動はダメですって」
「ふふ……ハル君も練習してみますか?」
と、お茶をいただきながらのこと。
今の心境ならば談笑もいけるはず―――と思い立って素直な感想を零せば、ういさんはアッサリ「お教えしますよ」と言いながら微笑んで見せる。
―――が、立ち合いの終わりに凡その解説を既に聞いている俺としては、顔を引き攣らせる他に無い。
そりゃあ教わって習得できるような代物ならば、是非にでも教わりたいところなんですがねぇ……
「………………もう一度、理屈をお聞きしても?」
「勿論です。あの歩法はですね―――」
『縮地』―――現実にも御伽噺にも広く知られるその名を与えられた、彼女を剣聖たらしめている独自技法の一つ。
当然ながら「地脈を歪めて距離を縮める」だのと、そんな超常現象を引き起こしてるわけではない。
さりとて古来の日本武術にも伝わるような、尋常の術を用いた技術というわけでもない。
それは仮想世界に於いてアバターという、人の身を優に超える器を与えられたからこそ実現を成し得たもの。
彼女曰く―――この世界で身体を動かす際、俺たちプレイヤーは明確に二つの力を用いているのだとか。
それは単純に、筋力と敏捷ステータス双方を参照してアバターを操作しているという話。そこまではまあ当然と言うか、俺を含めた全てのプレイヤーも漠然と理解していることだろう。
しかしながら、彼女は更に一歩先へ踏み込んだ。
STRがアバターの速度にも関係してくるのは分かる。現実世界の身体だって、運動の際に基礎出力となるのは筋肉の力だ。
では、AGIは?
筋力という「実体が在るもの」を数値で表したSTRと異なり、敏捷という「実体が無いもの」を数値として表しているこのステータスは、一体どんな『力』としてプレイヤーのアバターに影響を及ぼしているのか?
彼女は果たして、この認識が曖昧な力を「目には見えないもう一つの筋力」として定義した。
これこそが、彼女の用いる『縮地』の基盤であり―――剣聖の駆るアバターを、他のプレイヤーとは次元の違う超人足らしめている最大の要因。
結論、ういさんはその二種類の出力系統を完全に制御下に置いている。
それは筋肉が二重に、或いはエンジンが二台存在しているようなもの―――いや、存在自体は全プレイヤーに備わっているものだが、それを自在に操作出来るか出来ないかとでは雲泥の差。
何となくでステータスを運用している者達と彼女とでは、文字通り立っているステージが違うのだ。
―――さて、初めにこの説明をされた時、俺は納得と同時にある疑問を抱いたものだ。
丁寧に説明されても感覚的に理解する事すら困難だったが、要は本来想定されているであろう限界以上にアバターの力を引き出しているという事。
それは確かに、あんな動きをするのも頷ける―――いや待て、そもそもあの動きはスキルか何かによるものでは無いのか?
というか……そういえば彼女は、アバターや武器にスキルエフェクトを宿していただろうか、と。
攻撃スキル然り、補助スキル然り。アルカディアに存在する任意起動スキルには、基本的に『光』という形で様々なエフェクトが付与される。
俺の場合は《瞬間転速》や《エクスチェンジ・ボルテート》なんかが良い例だ。他にも《トレンプル・スライド》なんかは足元が微かに光ったり、《浮葉》も滅茶苦茶よく目を凝らせば微かに薄緑のエフェクトが全身を覆っていたりする。
……のだが、鮮烈に焼き付いた彼女との立ち合いを思い返しても、それらしき光を目にした覚えが無く。
然して、俺は冗談交じりに尋ねたのだ―――「スキルなんですよね?」と。
さすれば「よく言われるんですよ」と小さく微笑んだういさんは……
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◇Status◇
Title:剣聖
Name:Ui
Lv:100
STR(筋力):628
AGI(敏捷):200
DEX(器用):500
VIT(頑強):300(+100)
MID(精神):200
LUC(幸運):0
◇Skill◇
None Skill
◇Arts◇
【結式一刀流】
《飛水》
《打鉄》
《阻霧》
《天雪》
《枯炎》
《重光》
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……と、そんなツッコミ所しか存在しない詳細ステータスを公開してくれた。
なんかステータスがレベル換算で180を超えているのも意味不明だが、「None Skill」ってなに? なんで一つもスキルが存在していないの???
Artsってのは、見れば何となく分かる。
彼女自身も口にしていた【結式一刀】という名称は、剣術の流派を表すものなのだろう。その下にズラリと並ぶ名前の数々が、流派の『型』なのだろう事も想像に難くない。
数がおかしいけどな。二十以上も必殺技があるって事???
そんなどれもこれもぶっ飛んだ表記を見て、俺は当然の如く激しく混乱した。
彼女にしてみれば、あるいは慣れた反応だったのかもしれない。ういさん当人はほわんほわん笑いながら、一つ一つに解説をくれたのだが……
まずステータスとスキルに関してだが、結論この二つの謎は連動している。
思い返せばもう随分と前の事に感じるが、俺とソラがチュートリアルマップの【試しの隔界球域】を突破した際の事。
これまで見向きもしていなかった―――というかぶっちゃけ忘却の彼方だったのだが、スキルデリートシステムというものが解放されていた。
簡単に言えば、これは不要なスキルを永遠に削除する事で、代わりに僅かばかりのステータスポイントを得られるという特殊なビルドシステムだ。
不要を削って追加ポイントまで得られると言えば使い得なシステムのように思えるが、そんなあからさまに得しかないようなものならば俺だって当然使っている。
例として、俺の所持スキルだとレートはどんなものなのか。
《ブリンクスイッチ》⇒ステータスポイント+1
《エクスチェンジ・ボルテート》⇒ステータスポイント+1
《浮葉》⇒ステータスポイント+2
《剛身天駆》⇒ステータスポイント+3
《兎疾颯走》⇒ステータスポイント+3
《先理眼》⇒ステータスポイント+1
《以心伝心》⇒ステータスポイント+20
―――と、これが現実だ。ハハッ、笑っちゃうね。
比較的に特異性や性能が高いと思われるスキルを抜き出してみたが、この有様。
ステータスポイント10がレベル1相当だが、これで80レベル分を積み上げるのにどれだけのスキルを捧げれば良いのやら……
以心伝心が高レートなのも異様に見えるが、まあ絆を永遠に消し去るのだと考えれば確かにとんでもない代償と言えるだろう。
容易く察しが付く通り、このシステムによって削除したスキルは二度と手に入る事が無い。後になって泣いて懇願しようとも戻って来る事は無く、そのスキルに至った進化元を含めて永遠の別れとなる訳だ。
いや恐ろし過ぎて使えねえよ。
それをこの剣聖様は―――
『すきるは素晴らしいものですが、私は自らの力で刀を振りたいので』
……などと、イケメン強者が過ぎる思惑一つ。レベルカンストで解放されてからというもの、有用な機能として運用しているらしい。
ちなみに俺の知る限りでは、適性スキルツリーを切り替える以外にステータス欄からスキルを外す機能は無かった筈―――なのでそれについても尋ねてみると、何やらそれ用の称号を用いているのだとか。
【一意専心】―――全てのスキルを除装して使用不可にする。ただそれだけの効果を有した、他に類を見ないレベルの弱体化称号である。
ただし、己の力以外を不要と断じるういさんにとっては、これ以上ないという程の便利称号に違いないわけで……
セットはしていたものの一度も活用しなかった俺のスキルが度々進化を遂げているのと同じように、控えに回したスキル群も効率こそ落ちれど成長判定はあるらしい。
それで全てのスキルを外しながら、控えである程度成長したものを片っ端からデリートし続けて三年―――辿り着いたのが、いまの境地という事である。
なんというかもう、無言で跪いて仰ぎ見るしか無くない?
意思も、在り方も、それによって身に付けた実力も。
なにもかもがつよすぎるんだが???
続いてはアーツに関して。最初俺は、これについて「プレイヤー側が編み出す事の出来るスキルのようなもの」みたいな予想を浮かべた。
然して事実は、半分正解で半分不正解。
アーツとは、プレイヤーが編み出してシステムからはスキルに迫るものと判を押された、れっきとした『技術』なのである。
つまりどういう事か? それはスキルの如き威力や効果を持ちながら、スキルとしての枷に一切縛られていないという事だ。
予備動作、及びモーションの強制―――無し。
技を放った後の強制硬直―――無し。
システムに規定された再使用待機時間―――無し。
そんなもの好き放題に使われて勝てる訳ないだろ舐めてんのか!
と、憤る者もいるだろう。
ただし、実際はこうだ。
―――そんなもの実現できる訳ないだろ舐めてんのか!!
囲炉裏が選抜戦で使ってきた【絶空・無尽剣】とかあるじゃん? あの数秒で二十二連撃とかいうアホみたいなアサルトスキル。
簡単な話、ああいうのをシステムアシストに頼らず純粋な技量のみで実現してねと言われているようなもの。
ただ速く派手に武器を振るえば良いという訳ではない。
速く、力強く―――そして理合を持って、技として成立させろという事だ。
そうして一度システムにアーツとして認められた『技』は、スキル同様の威力補正を与えられてステータス欄に刻まれる。
その時こそが、『流派』開設の瞬間となるのだとか―――
「―――と、つまりは筋肉を動かしながら、外側からのもう一つの力で同時に身体を突き動かすという事です。単純な足し算ではなく相乗効果が生まれますから、何も考えず身体だけを操作するよりもずっと速く動けます」
「…………そ、その外側からのもう一つの力というのは、どう動かすので?」
「そこが困りものなんです。これはもう自身で感覚的に理解するしかないと言いますか……言葉には出来ますが、伝わる事は無いと諦めざるを得ませんでした」
「あー……一応、その言葉でお聞きしてみても?」
「そうですね……―――まず、身体が二つあるとします」
「―――…………………………………………は、ハイ」
「別々の場所にあるのではなく、ほんの少しズレて重なり合う、二つの身体です」
「ハイ」
「そうすると、分かりますね。自分の身体と、その少し外側にあるもう一つの身体、別々の力の源がある感覚です」
「いま幾つか説明飛ん―――……いえ、ハイ」
「その力を、一息に操作します。内は込める、外は掴むいめーじです」
「成程」
「以上ですが……伝わりましたか?」
「すぅー…………―――わ、かり、ました」
絶対に分からないという事がな。
何とも言えない俺の顔から、言葉に込めた意味までしっかり読み取ってくれたのだろう。ういさんはほんの少し眉を下げると、「残念です」と微笑んで見せた。
説明回になってしまった。
なに言ってんだこの人、と思ってもらえるように
なに言ってんのこの人、と思いながら描いたので
なに言ってんねんこの人、と存分に首を傾げてください。
ういういしい。