ういういしい
「―――申し訳ありませんでした……」
「いやいやいやっ! 何も気にしちゃいませんから……!」
全域が特殊なセーフティエリアとなっているらしい敷地内。ペナルティも無くその場にリスポーンした俺を待っていたのは、何やら恥じ入るような表情で頭を下げる【剣聖】様の姿だった。
謝罪の意味はまあ分かるというか……確かに初めは様子見だろうと思いきや、まさかの怒涛の猛攻で仰天しなかったと言えば噓になる。
ただまあ、俺の方もテンションは初めからトップギアで臨んでいた訳で。
むしろ成す術なく熨された此方の力不足を恥じるばかり……というかもう逆にあれだけ清々しくボコられて、ぶっちゃけ感嘆の思いの方が強い。
いや、ヤバくない? マジで最初から最後まで、何をされてるのかも分からないレベルだったぞ。
つまりこの世界のプレイヤーは、極めればあそこまで強くなれるって事だろ?
―――そんなんもう、めちゃくちゃアがるじゃねえの。
「ハル君……?」
「―――っと、あぁ、いえいえ本当にお気になさらず。むしろこう、素直に感服といった具合でして……良い経験をさせて貰いましたよ」
果てない強者の道に対する興奮で一人打ち震えていると、ういさんが鞘に納めた大太刀を抱いたまま心配そうに覗き込んでくる。
これ以上その顔を曇らせてなるものかと爆速でフォローを積み上げれば……彼女は長々とは引き摺らず、「そうですか」と言ってホッとしたように微笑んだ。
うーん……―――この人も、こう、ギャップが。
戦闘中あれだけ埒外の強者を体現して見せたというのに、ひとたび刀を収めればこのほわほわ笑顔……いやはや、これは危険人物。
「言い訳になってしまいますが……初めは、様子見をするつもりだったんです」
なんて、我ながらアホな事を考えている俺を他所に。
恥じらいからか微かに頬を朱に染めて、彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「まずは反応を見ようと一太刀、空振りを放ったのですが―――」
「ほぉ……は、あ、えっ? 空振りっ?」
確かに何ひとつ目で追えていなかったのだから、気付けなくて当然だが―――え、マジで?
じゃあなにか? 俺は泡を喰って無駄に大袈裟な回避をした結果、当たるはずの無かった一撃に自ら腕を差し出したという事か?
「―――……」
……………………いや、恥っっっっっっっず!!!
「侮っていたと思われても仕方ありませんが……あれほど見事な反応を見せられて、少々好奇心が湧いてしまい」
見事……? 見事ではないです……!! ただの自爆です……!!
「二の太刀を繰り出してみれば、これも捌かれてしまうではありませんか」
捌けてはいないですねぇ……! 壁にした【序説:永朽を謡う楔片】の上からHP三割持っていかれましたねぇ……!!
「最後には、つい夢中になって追い掛けてしまいました―――本当に、お恥ずかしい限りです」
…………な、成程。夢中になって追い掛けて首ちょんぱですか、成程。
筆舌に尽くしがたい己の無様は、とりあえず置いておくとして……今しがたの言葉から、俺はしかと理解した。
―――これは確かに、【護刀】の先生ですわ。
………………で、だ。
「はは……まあ本当に、お気になさらず―――それで、お前のその顔は何なの?」
真面目に反省していらっしゃる様子の【剣聖】様へフォローを向けつつ、先程からむっつりした顔で黙っている囲炉裏へ視線を飛ばせば……
「………………」
おう何か言えや。どういう感情なの?
「……そういえば囲炉裏君の時も、私は同じ失敗をしてしまいましたね」
と、先程から続く恥じらいの表情に、微かに懐かしさを乗せてういさんが言う。
流石に『先生』の言葉をスルーする気はないのだろう、複雑な表情をしながらも彼は「えぇ」と頷いて―――
「俺は、一太刀しか凌げませんでしたが」
―――……ほっほぉーん???
え、なに? 俺が結果的に二太刀を凌いで見せた事と比べて拗ねてんの?
いや凌げてはないんだけども、それはとりあえず置いといて。
アレだよな。ニュアンス的には俺に負けたこと自体じゃなくて、ういさんに関する事で負けたことに対して拗ねてんな?
何だお前、剣聖様大好き侍かよ。
「……おい。今すぐそのニヤついた表情を引っ込めないと、泣いて謝るまで膾にしてやるからな」
「折れた刀でぇ?」
「何の支障も無いよ、後輩君」
お、やる気かこの野郎。まだ到底勝てる気などしないが、その気とあらば俺はいつだって―――
「ふふ……」
「「っ―――……」」
軽やかに手鞠が転がるような、ふんわりころころとした笑い声。
ピタリと言い合いを止めた野郎二人が横目を向ければ―――何やら嬉しそうに、微笑ましく俺達を見守る、ういさんの姿。
「良いお友達が出来たんですね、囲炉裏君」
「……っ、まだ、悪友みたいなものですよ」
へぇ、まだねぇ―――などと揶揄い文句は浮かんだものの、流石にあんな慈愛すら感じさせる笑顔の前で悪ふざけなどする気も起きず。
男同士の益体も無い軽口の応酬すら瞬時に鎮圧してしまう、圧倒的な癒しオーラに俺はただ慄くばかりで―――
「ふふ……さて、ハル君」
「あ、はい」
分かり易く狼狽える囲炉裏をひとしきり穏やかの下に沈めた後、ういさんは傍で二人を眺めていた俺へと向き直った。
「そういったわけですので―――そろそろ、続きを始めましょうか」
「はい―――……はい? えっ」
えっ?
「至らない真似をしてしまいましたが、今度は大丈夫です。しっかり自制して臨みますので」
「いえ、あの」
「思い返しても、やはり先程の反応速度は素晴らしかったですよ。あの速さが攻め手に回ると、どういった動きになるのか……とても楽しみです」
「ういさん?」
「囲炉裏君、お時間には余裕があるのでしょう?」
「それはもう。彼は今日この後、ずっとフリーですよ」
言質は取っています、と囲炉裏は爽やかに笑う。
言ったけどな? この後の予定はあるかって訊かれて「無い」とは言ったけどな?
「いや、俺、出来ればそろそろ休みたいなって」
「ふりー、ですか。それは喜ばしいですね」
聞こえてるよな? 二人とも絶対に聞こえてるよな???
「ハル君」
「は、はい?」
突如おちゃめを発揮し始めた剣聖様に困惑する俺に、当の本人はにっこりと―――それはもう、天女もかくやという功笑を浮かべて、
「恥ずかしながら、久方ぶりに胸が躍るようです―――是非、存分に試合いましょう」
楽しげにそう言った彼女に対して、俺が首を横に振れるはずも無く。
「……………………………………ハイ」
おそらくは、ういさんが満足するまでの間。
本日の残りスケジュールが、東最強の御人との乱取りで埋まった瞬間だった。
(夢中になっちゃったなら首スパーンされても)仕方ないよね。
あとサブタイ、我ながら意味が分からないけどこれ以外に何も浮かばない。
どうした私? 疲れてるの?