七位と九位
ちょっとした恩返しを無事に終えた後、ゴール部屋の転移門を潜り【セーフエリア】の街へと蜻蛉返り。
転移先は誂えたように―――というか実際専用に用意されたものなのだろう、ニアの所属する大手職人クラン【陽炎の工房】の鼻先にあるポータルだ。
「悪いな、急ぎ足になって」
「予定詰まってるんでしょ? 気にしなくていいよ、有 名 人 っ !」
何だかんだ、贈り物は気に入ってくれたのだろう。機嫌の良いニアに揶揄われて、俺は「よしてくれ」と苦笑いを見せる他ない。
「―――それじゃあねっ! 服のメンテ、ちゃんと定期的に持ってくるように!」
「はいはい。たまに顔は見せに来るよ」
短い間に、これで三度目だぞ。
念押しするような言葉にひらひら手を振って答えれば、彼女は「ならばよし」と満足そうに微笑んでからホームへと戻って行った。
―――勿論、直前で振り返って大袈裟に手を振るのは忘れずに。
元気な奴だ、嫌いじゃないぞ。
「……さて」
カグラさんへの礼はまた後日として、外せない用事は済ませた。
ならばここから先は、新たに序列持ちの末席へと名を連ねてしまった俺の責務―――『修行』のお時間だ。
「んふっ……」
ダメだ笑う、修行て。
必要に迫られた真面目な話であるという事実が、殊更にツボなん―――
「―――なにを一人で笑ってるんだ」
「……………………気配消して隣に立つご趣味が?」
唐突に掛かった呆れたような声。湧いて出たような気配を横目で睨み付ければ、裃姿の青年が当然とばかりに隣に立っている。
貴様、なんだその顔は。お前こそ謎に腹立つ笑みを浮かべおってからに。
「いや、正直驚いた。用事があるというから何かと思えば……」
と、言葉を切った囲炉裏は【陽炎の工房】のホームに視線をやってから、また俺を見て面白がるような顔をする。
「君を見ると妙な既視感があると思ったけど、納得した。試合で着ていたものは―――いま着ている服もそうだけど、『彼女』の作品か」
あの藍色娘め……序列持ちにも覚えられるほどの職人なのかよ。この分だとカグラさんの方も間違いなくヤバいんだろうなぁ……
「で、あの妙な短剣を始めとした奇抜な武装は【遊火人】だろ。どちらと先に知り合ったのかは知らないけど、【藍玉の妖精】もその繋がりかな」
「エスパーなの???」
心を読むにしてもタイミングよ、ドンピシャすぎて怖くなるわ。
「チビ助二人の扱いが妙にこなれてると思ったけど、意外に女性の扱いが上手いのか? 中々隅に置けないな」
「えぇい、弄るな鬱陶しい……!」
ニヤニヤ笑いから逃れるようにさっさと歩き出せば、「そっちじゃないよ」と言って【護刀】は逆方向へと向かった。恥を殺してUターン。
「……で? 結局のところ『修行』とやらは何をどうするんだ」
円卓の席で当たり前のように飛び出したこの提案だが、詳しいプランの提示までは受けていない。
とりあえず「では方針を」となった折、この序列七位が真っ先に「会わせたい人がいる」と手を挙げたのだが……
その際ゴッサンや雛世さんは「ほぅ」だの「へぇ」だの意味深に笑い、赤色はニヤつき、リィナとテトラからは何やら同情の籠った視線を向けられた。
嫌な予感しかしない。
ゲンコツさんは気付いたら寝てた。仮想世界で寝るって何? 二重寝?
「言った通り、会わせたい人がいる―――序列第二位の御人さ」
「……まぁ、予想はしてたが」
イスティア序列第二位【剣聖】―――【Ui】。
第一回四柱戦争に参加して以来、隠居生活しながら一人修行の日々を送っているという変わり者。
二年以上も公の場に出ていない身で、未だ序列二位の席に座す実力者。
そして、俺の相棒の憧れの人。
【Ui】……確かソラは「ういさん」と口にしていたはず。名前の響きだけを聞くなら可愛らしいというか、どことなくゆるい雰囲気の印象を受ける。
―――しかし、戦闘狂集団の序列二位で、【剣聖】だろ?
何というかこう……俺の頭の中にはゴッサンを超えるムキムキの偉丈夫であったり、達人という概念が服着て歩いてるような爺さんのイメージが居座ってるんだが。
「……参考までに、どんな人?」
「…………………………まず、なんであんな有名な方すら知らないんだって……そんな言葉は、呑み込んだ方が良いんだろうな」
それに関してはマジでごめん。もう相手が誰だろうと、常軌を逸した無知に関しては素直に頭を下げるよ俺は。
「はぁ……どんな人かって? ―――素晴らしい人さ。この仮想世界で刀を振る人間にとっては、神様のような存在だ」
「…………」
思わず口を噤んだのは、囲炉裏の声にも表情にも一切の疑いが含まれていなかったから。つまりは序列第七位のコイツをして『神様』と、そう確信しているような人物であると。
……俺、修行に行くんだよな? 供物として連行されてる訳じゃないんだよな?
◇◆◇◆◇
数分後、囲炉裏に連れられた俺は一つの転移門へと辿り着いた。
長く苦しい戦いだった―――何度「キャー!囲炉裏くーん!!」的な声を聴かされた事か知れず、巻き添えで隣を歩く俺に飛んでくるのは「え、誰?」みたいな訝しむ視線。
中には俺の存在を知るイスティアプレイヤーもいたのだろう。時たま「おっ」みたいな顔を向けられる事もあったが、だから何だと言うのか。
初体験を経て分かった事はただ一つ―――すれ違う誰もが何らかのリアクションをするレベルの有名人と並んで歩くのクッッッッッッソ気疲れする……!!
「……大丈夫か?」
「……なんだ、へーきだ、転移か、行こう、すぐ行こう」
一刻も早く人目を逃れたい意思を声音と表情で克明に伝えれば、囲炉裏は「分かった分かった」と苦笑を零しながら手早くシステムウィンドウを操作する。
眼前に開いたパーティ申請をコンマ五秒で受諾すれば、転移の青い光が即座に俺の身を包んで―――
―――――――――――――――転移。
――――――――――――転移。
―――――――――転移。
――――――転移。
―――転……
「いやいやいやいや」
転移門から転移門へ、ただひたすらの連続転移。
街を出て、野を越え、山を越え―――え? どこだよ此処? メッッッチャ竹藪。
「なに、何処へ向かってるの? 秘境? え、仙人? 【剣聖】様は秘境に座す仙人なの???」
「混乱してるのは分かったから、少し落ち着きなよ」
誰かに手を引かれるまま、見覚えのない場所へと連れていかれるというのはシンプルに不安を掻き立てられるシチュエーションだ。
ましてやここは異世界と呼んで然るべき超広大な【隔世の神創庭園】―――もし仮に一人で未開の地にでも放り出されようものなら、マジもんの遭難待った無しである。
「少し事情があるんだ。あの方の元へは、特定の順序で転移門を経由しないと辿り着けないようになってる」
「えぇ……プレイヤー側がそんな仕組みまで作れんのかよこのゲーム……」
プレイヤーの手で転移門を作れるってだけでも、MMORPGというジャンル的には常識外れな自由度だと言うに。
「……それで、まだ転移が続くのか?」
正直、ちょっと具合が悪い。これほどの連続転移は当然ながら未経験だったが、あの独特な感覚を立て続けに潜り抜けるのは少々キツイものが……
「心配しなくていい、転移はここまでさ―――少し歩く、こっちだ」
「そりゃ結構……あいよ」
辺り一面の竹藪には、俺達が跳んできた転移門の他に目印のようなものは見当たらない。そんな道すら無い緑一色の中を、何を導にしているのか囲炉裏は躊躇い無く進んで―――
「―――後輩君」
歩く、最中のこと。
後ろをついていく俺へ、彼はどこか真剣味を帯びた声を掛けて来た。
「……なんだ、先輩殿」
雰囲気から何となく、また試合の件についてかと思う。だがそれに関しては、先の円卓の席で既に手打ちとしたはずだ。
囲炉裏は序列持ちとしての役割を果たしただけであり、にも関わらず下げる必要の無い頭まで下げて見せた。その誠実さについて、今更疑う所など無い―――
「試合の件についてだけど」
無い、んだが……いや試合についてなんかい。
「それに関しては、もう俺に思うところは無いぞ」
「そうじゃない」
素直に胸の内を口にすれば、前を歩いていた囲炉裏が歩みを止めて振り返る。
「謝罪だけじゃなくて、伝えておきたかったんだ。君との試合は久々に、心の底から楽しめる戦いだった……ってさ」
その素直な声音にも、此方を真直ぐ見つめる碧色の瞳にも、揶揄いや悪ふざけの色は欠片も含まれていない。
「だから……なんだ。君を歓迎するって言ったのは、本心だ。つまり……だから、何が言いたいかっていうと」
歯切れ悪く言葉を紡ぎながら、囲炉裏はぎこちなく右手を差し出すと、
「折角の縁だ。どうせなら完全に後腐れなく……仲良く出来ればと、思う」
―――最後には真っ直ぐ俺を見て、そう言った。
その姿はきっと、【護刀】としての彼ではなかったのだろう。
慣れない事をしているのだと一目で分かる、たどたどしい様子。
思えば、俺と二つしか歳の変わらない青年が差し出したその手は……おそらくは歳相応に、同じ立場の『友人』を求めてのものに違いなくて。
まぁ、あれだな。目が眩むほどのイケメンフェイスにだけ目を瞑れば―――
「―――ハルで良いぞ、囲炉裏」
コイツが良い奴だって事くらい、俺だって分かってるんだ。
男同士ぞんざいに握手を返してやれば、俺と似たような高さにある顔から分かり易く緊張が抜けていく。
お前モデルとかやってなかった? 人付き合いなんざ百戦錬磨だろうに、何を俺ごとき一般人相手に大層な気を遣ってるんだか。
「近いうちにリベンジかましてやるから、覚悟しとけよ」
ワザとらしく煽りながら握手を解いて、代わりに拳を突き付けてやる。
そうすれば一瞬、虚を突かれたように目を瞠った囲炉裏は―――
「……その時は、今度こそ心置きなく膾にしてやるよ―――ハル」
らしい不敵な笑みを取り戻すと、遠慮無しにゴツンと拳をぶつけて来た。
から、ハルと囲炉裏へ。