藍に紅緋
第一の被害者―――もとい体験者であるソラさんがわりと早めに慣れてしまった事もあり、俺の運送技術はわりと荒っぽい挙動で固定されていた感がある。
ソラの順応力に甘えて胡坐をかいていたとも言えるが、今朝がたニアを散々に怖がらせてしまった件を踏まえて、俺はこれについての意識を改める事とした。
せっかく《守護者の揺籠》なんて大層な名前のスキルも抱えているのだ。これより先の超速運送便は、爆速安全快適の三拍子を揃えてお送りしていきたいと思う。
―――ので、
「爆速にだけは目を瞑ってくれな?」
「まえみてぇえええええええええッッ!!!!!」
大丈夫だって。《先理眼》で攻撃予測線はしっかり捉えてるから。
両腕でしかと抱えた華奢な身体を落とさないよう―――なおかつ無駄な揺れや衝撃を与えないよう滑らかな重心移動を心掛けながら、四方八方から襲い来る紅の弾丸を我ながら華麗に回避していく。
真後ろから突っ込んでくる不埒者には【序説:永朽を謡う楔片】シールドでお引き取り願いつつ、視界一杯に表示されている紅の死線から最短かつ最も大人しい挙動で突破できるルートを瞬時に選び取る。
そして何と言っても、爆速快適を実現する立役者こと神スキル《兎疾颯走》。
こいつの効果によって足首をクイッとやるだけでアホみたいな推力を生み出す事が出来るため、大袈裟な踏み込みを排してゲストに伝わる揺れを最小限に止める事が可能だ。
結果的にダンスでも踊っているような軽快な挙動で、殺人ウサギどもをおちょくりながら螺旋を登頂している俺。
そして結局のところ「速い」という最大の問題が据え置きなせいで、度々悲鳴を上げながら半泣きで俺にしがみ付いているニア。
うーん……何というか、こうして第二被害者の反応を見て改めて思うが―――
「やっぱソラって適応力高いよなぁ……」
「動きと言葉のスピード感が一致してないぃいいいいッ!!!」
高速ステップを踏みつつしみじみと呟けば、腕の中から律儀なツッコミが飛んでくる。何だかんだ、コイツもわりと順応力高そうではあるよな……
―――あ、それはちょっと邪魔。
「よっ」
動きは止めぬまま、足元に【刃螺紅楽群・小兎刀】を召喚。
ステップの動きに連動させて蹴り飛ばした短剣が、都合の悪い死線を描いた元凶の【紅玉の弾丸兎】を狙い違わず撃ち落とす。
「―――……もうヤダこのひとッ! 人外! 変態! 序列持ちぃいッ!!!」
「メチャクチャ言うなコイツ……」
見た目たしかにメチャクチャやってる感はあるけど、予測線が見えている以上そこまで難度の高い芸当じゃないんだぞ。ソラでも出来るって。
「さて……頑張れニア、あと半分だ」
「ふぐぅううう……!!」
とうとう胸に顔を押し付けて唸るだけになってしまった藍色娘を抱えて、もはや慣れ切った螺旋の道を押し進む。
無数の紅弾に彩られたエスコート劇、もう暫しのご辛抱をいただきたい。
◇◆◇◆◇
「ごめんて」
「怒ってないです」
それは怒ってるアピールに用いられる文言なんよ。
足を踏み入れるのはこれで何度目か、見慣れた真赤なゴール部屋に青色基調の姿が映えること映えること……ぶっ倒れてるけど。
安全運転を心掛けたので、踏破に用いた時間は一分強といったところ。
《先理眼》の効果は道程半分と持たずに切れてしまったが、残りは過去の攻略で頭に刻み込んだ記憶を頼りに強行突破してきた。
「……ほんとに、別に怒ってないから。カグラさんの言う『常識外れ』の意味も、何となく理解できたし」
「ん-……まあ、此処に関してはわりと例外だぞ? 戦闘ってなれば、また動きは全く変わるしな」
自らの言葉通り、徐々に落ち着きを取り戻し始めたニアが「ん」と手を突き出してくる。返答を返しながら引っ張り上げてやれば、彼女はふら付きながらも立ち上がった。
「―――で、贈り物は受け取って頂けたかな?」
はふと大きく息をついている傍で成果を問えば、ニアは何やら形容しがたい表情で口元をモニョモニョさせる。
「……え、それはどういう感情なの?」
「いや、なんか……良いのかなって。普通ならこんなの、トップクラスの戦闘プレイヤーがメチャクチャ苦労して手に入れ……られるかも分からないような代物なんですケド」
ただキャリーされて入手するのはズルみたいだって? そんなもの、受け取り方一つで幾らでも変わってくるだろうに。
「だから、プレゼントだって言ってるだろ? システム経由で俺がニアに贈ったようなもんだ。アレコレ考えずに受け取ってくれ」
やってる事は言葉通りだ。屁理屈でも何でもないだろう。
「うん……じゃあ、貰います」
「おう。ちなみに、どんなのだった?」
ソラが獲得したのは首輪だったが、何となく俺が思うに―――
「ん、とね……ブレスレット、かな? 【小紅兎の腕輪】だって」
「あぁ、やっぱりな」
おそらく確定。ここの通常踏破報酬は、プレイヤー毎に異なる種類のアクセサリが選定されるのだろう。
ランダムなのか、或いはシステムが似合うものを見繕ってくれるのかは定かではないが……自分で好きなものに加工できる辺りも、【紅緋の兎飾り】が第一踏破者報酬たる所以か。
「むぅ……悔しいけど綺麗」
インベントリから取り出した腕輪を掌に載せて、ニアは何やら唸っていた。
俺も「宝石細工師殿に完成品のアクセサリーを贈るのってどうなのよ」と少し迷ったものだが……表情を見るに、満更でもない様子なので結果オーライ。
「お気に召したでしょうか?」
どういった性質の素材なのやら、水晶のような硬質な光沢を放ちながらもレザーブレスレットのように柔軟な造り。ワンポイントでお馴染みの兎を模した小さな宝石が煌めく、一流の宝石細工師が唸るような一品だ。
現状で俺が贈ることの出来る、最大限の感謝のしるしだが―――
「…………うん、ありがと」
果たして、窺い見る横顔にようやく素直な笑顔が浮かんでくれた。
何というか……うん、ひと安心。
これでも本当に、あれこれ言い表せないくらいには感謝してるんだ。アクセサリーひとつとはいえ、ひとまずは気持ちを形に出来てホッと―――
「……ん」
「……うん?」
―――しているところに、贈ったはずのプレゼントを差し出される。
意図が分からず首を傾げて見せれば、ニアは何やらジワジワと赤くなっていく顔を隠すように慌てて下を向いた。
…………………………いや、意図が分からずってのは、嘘だけどさ。
「……………………」
ブレスレットくらい自分で着けられるだろ―――と、結局のところ口に出来ない俺は、男としてどうなのだろうか。
たとえ踏み込まないとは決めていても、だ。
大事なパートナーが異性である時点で、本当なら濫りに他の女性との仲を深めるような真似をするのは、褒められた事ではないのかもしれないが―――
「……ブレスレットって、利き手じゃないほうに着けるんだっけ?」
ごめん、無理。
もう認めるけどさ―――何だかんだ俺、コイツのこと好きなんだよ。
気負わず付き合えて、ノリが良くて、お互い雑に扱ってもじゃれ合い以上の喧嘩にはならない―――そんな相手、大事にしたいと思うのは当たり前だろう。
出会って数度でこれなんだぞ? 得難い縁である事は、間違いない。
今更そんな相手に素っ気なく振る舞えるほど、俺の意思は強くないんだよ。
「また妙に詳しいし……誰かに贈った事でもあるんですかー」
「謎の探りを入れようとするな。で、どっちだ?」
摘まみ上げた腕輪を急かすように揺らせば、ニアはおずおずと右手を差し出してきた。
「ほぉ、左利きでしたか」
「というか、両利きだからどっちでも……」
器用な奴め。さては貴様、才能の塊だな?
「あのさニアチャン」
「もぉ何なの……! めっちゃ喋る……!」
「これどうやって着けるの? 留め具どこ?」
「不器用か!!」
そこまでするなら、自分でやれば良いのに。わざわざ此方の手を捕まえた華奢な指先が、まごつく俺を先導する。
然して、細い手首にパチリとはまった腕輪を見て―――俺達は二人同時、盛大に息を吐き出して一歩ずつ距離を取った。
「……お前な、そこまで照れるなら自分で着けなさいっての」
と、首まで真赤にしている藍色娘をわざとらしく揶揄ってやる。
すると向こうも向こうで開き直ったのか、ニアはやけっぱちのようなドヤ顔で右手を掲げて見せた。
「あーもーうるさいうるさーい! ど う で す か !!」
「あーかわいいかわいい。さすがニアちゃんニアってるよ」
藍色の髪と瞳に、鮮やかな紅緋色が映えていて綺麗だ―――なんて言うのは、流石にリップサービスが過ぎる。
ただのお世辞とも言えないのが、まあまあ問題だしな。
照れ隠しに披露した抱腹絶倒ジョークで、場の空気も良い具合に落ち着いた事だろう。
見た事も無いような冷たい目をしてド突いてくる藍色娘をあしらいながら、ソラに向けるのとはまた違う笑顔が漏れている事を自覚していた。
―――傍から見れば気が多い男に映るのだろうが、この際もう諦めよう。
俺の中では彼女もまた、既に『大事な友人』の枠へ入ってしまったのだから。
無限にイチャついてて進まないから、連投するしかないと思った。