細工師を連れて
「うへぇ……」
「いや、そりゃそうでしょって」
正規フィールド【隔世の神創庭園】にて、プレイヤー街である【セーフエリア】の南方に位置する森の中。
もはや見慣れた真紅の威容を遠巻きに眺める俺は、その周囲の光景に視線を巡らせて苦い声を零していた。
茂みの中、傍らで一緒になって身を隠しているニアは当然とばかり言うが……流石になぁ、自分が原因でああなってると思えば腰も引けるというもの。
「メチャクチャ賑わってんじゃん……」
「だから、そりゃそうでしょって」
いや、もう……分かったから脇腹小突いてくんのヤメろ。VIT:0は衝撃耐性が皆無だと何度言えば。
非力な肘打ちでもカックンカックン揺れる視界の中には、実に三桁にも及ぶプレイヤー達が忙しなく動き回っている。
各々装備の確認をしていたり、ウィンドウと睨めっこしていたり、大なり小なりの集団で真剣に議論を交わしていたり―――つまるところ第一踏破者の報を受け、改めて攻略に乗り出した者たちなのだろう。
「そりゃあれだけニュースで取り沙汰されたら……」
「言うな」
こちとら恐ろしくてノータッチを貫いてるというのに……そこかしこでそれっぽい話が耳に入ってくる度、それはもう嫌な汗をかいているんだぞ。
「バレずに入るのは無理そうだなぁ……」
「別にバレても良いんじゃないの? 急いでるんでー! くらい言えば、変に絡まれたりはしないと思うよ」
……そりゃまあ、そうか。発注の際に人格云々の審査がある【Arcadia】のプレイヤーは、基本的に良識者揃い。
規模とテンションのイカれた圧迫歓迎会みたいな特例はあるものの、あれだって事前に調べてある者は楽しんだりもしているらしいからな……
「そしたらまあ、普通に行くか」
「……本当に行くの? あたし何にも出来ないからね?」
不安げに身を縮こませるニアだが、俺こそ彼女に働かせるつもりなど毛頭ない。
職人ビルドは頼りにならんとかそういう意味ではなく、此処に連れて来たのは俺から彼女への『礼』が主題であるからして。
「心配いらん、ほら行くぞ」
「大丈夫かな本当にもう……」
話をしてからずっと半信半疑なニアを連れて、茂みから出た俺は堂々と【螺旋の紅塔】入口へと歩いて行った―――
◇◆◇◆◇
「…………変に絡まれたりしないって???」
「し、知らないよ!少なくともキミがどうこうって話じゃなかったんだから、嘘は言ってないでしょ!!」
それはそう。未だにちゃちな変装を継続しているお陰もあってか、メインで絡まれたのは俺ではなくニアの方だった。
いや、俺もまとめて巻き込まれはしたんだが……
―――あれ、【藍玉の妖精】じゃん。
―――ニアちゃんが街の外に出ているだと……?
―――おと、こ、連れ……???
そんな感じの導入から始まった地獄絵図。唐突に巻き起こるは、藍色娘を巡った質問攻め阿鼻叫喚の嵐。
少数見かけた女性プレイヤー達の白けた視線を背に、色めき立った野郎どもはニアに嘆きの、そして俺には憤怒の感情を持ってドン引きする勢いで詰め寄ってきたのである。
戸惑いながらアレコレ返すうちに、最終的には剣吞な光を放ち始めた奴らの目から逃げ出すように【螺旋の紅塔】内部へ駆け込んだのだが……
まあ間違いなく、俺へのヘイトは馬鹿盛りされた事だろう。咄嗟にニアの手を掴んで、連れ去るように入り口へ飛び込んでしまったゆえ。
ダンジョン内部は基本的に即時生成型空間。パーティを結んでいない他者は同エリアに侵入する事は出来ないため、追手の心配は無いが……無限に後が怖い。
「お前……人気者だったんだな」
人気者というか……モテモテ? 野郎どもの色めきようと言ったら、まるで人気アイドルでも前にしたかのような狂騒ぶりたったぞ。
「………………し、知らないし」
問いかけても、藍色娘はその一点張り。
ふむ……まあ、あれだ―――コイツさぁ、やたら声が綺麗なんだよ。
ソラの声は可愛らしいし、カグラさんも凛とした良い声をしていらっしゃるが……正直、これに関してはニアだけちょっと別物。
アバターメイキング可能で美男美女が当たり前のアルカディアでは、自在な容姿よりも『声』が重要なモテポイントらしい……と、どっかでチラっと目にした覚えがある。
加えて、持ち前のグイグイ来るテンションも気安い性格も……―――まあね、わりと広範囲に刺さるっちゃ刺さるかもしれないのは分からなくもない。
更には職人としてもマルチにトップクラスで優秀とくれば、アルカディア内でああいった扱いを受けるのも納得と言える…………言える、のか……?
いや、分かるんだよ? コイツもコレで十分に魅力的なのは、男として分かっちゃいるんだ。ただ未だに記憶に強く残る初対面ボディプレスと、時たま襲い来る発作の如きテンションバズーカがな……
「……そ れ で ! ニアちゃんの事はいいんですよっ!」
忘れてどうぞとばかりに手をヒラヒラさせながら、上へ上へと続く螺旋を見上げて「これからどうするの!」とニアが誤魔化すように言う。
……まあ、本人が触れてほしくないなら無理に触れようとも思わない。俺もコイツの意外な人気っぷりは頭の隅に寄せておいて、本題の方へ切り替えるとしよう。
「何もしなくていいぞ、ただ俺が連れてくから」
《ブリンクスイッチ》―――万能の神スキルが効果を及ぼすのは、武器だけにあらず。瞬時に【蒼天の揃え】を始めとした装備一式を丸ごと換装して見せれば、「便利だね」と呆れたようにニアが笑う。
【紅玉兎の髪飾り】に至っては設定した髪型に自動で括ってくれる便利機能まで付いているのだが、これがメチャクチャくすぐったい事だけは少々困りもの。
「連れてくってねぇ……トンデモないっていうのはこれ以上ない形で理解させられたけどさ、結局あたし一度もキミが戦うとこ見た事ないんだもん」
凄いのは分かっているけど、何がどう凄いのかは何一つ知らない。そう言って不安を露わにするニアの言い分はごもっとも。
「何と言うかなぁ……今朝のアレの超凄い版でご案内すると思っていただければ」
「なにそれ、ニアちゃんに死ねと申すか」
「だいじょうぶ、おまえはおれがまもるよ」
「もうちょっと真剣に言ってくれないと流石に響かないかなぁ!!」
ええい、どうせどれだけ丁重に扱おうが文句は言われるんだ。もう有無を言わせずさっさと体験して頂くとしよ―――
「おいコラ逃げんな」
「ふつう逃げるよ!? 朝もそうだけど、キミは何をナチュラルに抱き上げようとしてるのかな!?」
「大丈夫だってば、運送資格なら持ってるから」
「そういう話じゃなぁーいっ!!」
貧弱なAGIで生意気にも俺の間合いから離脱して見せたニアが、警戒を露わに両手を前に突き出した謎ポーズでもって威嚇してくる。
「キミ、その謎の女慣れは何なの!? なんとなくソラちゃんだけが理由じゃ無い気がするんですけどっ!!」
出会って間もない男にゴリッゴリ迫ってくるお前がそれを言うか???
「何だよ、そんなに嫌なのか?」
と、溜息を一つ。両腕を広げて如何を問えば、何やら「むぐ」と言葉を詰まらせた藍色娘は落ち着きなく視線を揺らして―――
「い、嫌ってわけじゃ……ない、けど」
あ、ならOKすね言質頂きました。
警戒しようがちょこまか動こうが、現実人と大差無いアバタースペックかつ戦闘慣れしていない職人一人を捕まえるなんて朝飯前だ。
スキルを使うまでも無く一足でニアの背後へ跳んだ俺は、ピクリとも反応できずに固まっている彼女をヒョイと抱え上げる。
「ひょぁあっ!? なん、ちょ―――もぉおおおおおおおッ!!!」
「牛かな?」
「ニアちゃんですぅッ!!」
なんというか本当、段々とこんなやり取りも楽しめるようになってきたよ。これからも仲良くしていこうぜ。
文句はあるようだが、言質を頂いた通り嫌ではないようで。抱き上げたら抱き上げたで身を縮こめ大人しくなるニアチャン。
なんか猫っぽいよなコイツ。
「さて、んじゃ行くか」
「……もう好きにしてくださーい」
そう拗ねんなって―――せっかくだ。これまでの俺とは一味違う、Ver2.0キャリーを披露して差し上げようじゃないか。
19:00