これからのご予定は?
「―――……っあ゛ぁ゛~! 会場離れたら流石の解放感……!!」
「ふふ……本当に、お疲れさまでした」
あの後、なんやかんやとソラを宥めてから数分後の事。
選抜戦会場の【異層の地底城-ルヴァレスト-】を後にした俺達は、連れ立ってイスティアの街を歩いていた。
「…………大丈夫、そうですね?」
と、思い切り身体を伸ばす俺に微笑を浮かべていたソラが周囲を見回しながら、小声でぽそりと呟く。
彼女が視線を向けた先には、此方に注意を向ける事なくすれ違っていくプレイヤー達の姿がある―――いやまぁ、隣を歩いてるのがアレな訳だからな……人目を警戒するのは当然の事。
「あの衣装が割と目立つからなぁ」
着替えてしまえばこっちのもんよ。
今朝まで着の身着のままであったカグラさん譲りの衣装―――【シリーズラウンジ No.39】に再び袖を通した上、手足の装備は【流星蛇】セットから処分を保留にしていた【砂漠鱓】セットに換装。
そして【紅玉兎の髪飾り】を除装して髪を解けば、我ながらかなり印象を変えられたように思える。首元に毛先がさわさわしてくすぐったい。
というかラウンジって、そのまま部屋着って意味かよ。名前とか全く気にしていなかったから気付けなかった……
「それで、あの……結局のところ、ハルはこれからどうなるんですか?」
行く当てもなく「とりあえず歩こうか」といった現状だが、実のところ俺の今後の予定はかなり明確に定まっている。
隣から此方を覗き込みながら問うソラへの説明も、既に用意は済んでいた。
「とりあえずだけど……俺の選抜戦はここまでって話になった」
そう言えば彼女は驚きの表情を見せるが、少なからず予想はしていたのだろう。その顔には、同時に納得の色も浮かんでいる。
「序列入り……ですもんね。これ以上ない結果は、もう示してしまった……という事でしょうか?」
「そういう事だね。あと、現状は俺の存在を可能な限り伏せておきたいらしい」
といっても、既に数千人規模のイスティアプレイヤーには知られてしまっているわけだが……それでも一応、一般に与える情報は最低限にして「隠し玉」の体を維持したいのだとか。
「ということは、四柱戦争への参加権はもう頂けたんですか?」
「うん、それについて話さないといけないんだよ」
と、丁度良い質問が来たところで、『円卓』の場に於いて俺が受けた説明をそっくりソラへと共有する。
嬉しい事に「俺の実力不足」がどうこうといった辺りで微かに不満げな顔を隠せていなかったが、賢い少女はすぐに概ねの事情を理解して見せた。
「なるほど……―――それで、ふふっ……『修行』ですか」
「笑っちゃうよね。馬鹿真面目に『俺、修行してくるわ』とか」
文面の創作物感に二人して笑いを零すものの、事情的には冗談抜きのガチなので笑ってばかりもいられない。
「という事で―――ごめん。今から戦争本番までの半月、俺は自由に動けなくなった」
それはつまり、パートナーとしてのペア活動に支障を来すという事。それ以外に選択肢が無かったとはいえ、俺には頭を下げる義務がある―――
―――ソラさん、いま手を伸ばそうとしてましたね? よく我慢しました。
「っ……あ、謝って貰うようなことじゃありません。序列持ちになってしまったんですから、ハルはしっかりとお役目を果たしてください」
手の動きを俺に気付かれていたことを察したのだろう。照れに染まる頬を隠すようにそっぽを向いたソラは、手を繋ぐ代わりに俺の腕を軽く叩いてくる。
可愛らしい照れ隠しに頬を緩ませれば、少女は「もうっ」と殊更恥ずかしそうにしながら追加の一発を寄越してきた。
「その……私もまだ暫くは忙しいままですから。こう言ってはなんですけど、丁度良かったのかもしれません」
「とか言いつつ、ソラさんは寂しがりやだからなぁ」
と、やや調子に乗ってしまい、口にしてから「やべっ」と思い反応を窺うと―――
「……寂しくはありますけど、誇らしくもあるので」
呟くような素直な言葉と共に、再び伸ばされた小さな手が一瞬だけ俺の袖を掴んで、離れていく。
まだ朱を残す顔を持ち上げたソラは、僅かに俺へと視線を向けて、
「私のパートナーは凄い人なんだって、存分に見せつけちゃってください」
そう言って―――彼女にしては珍しい、悪戯っぽい笑顔を見せる。
何とは言わないが致命傷を負った俺が、その後の数分をぎこちなく過ごしたのは言うまでもない。
「それでは、私はこれで」
「あぁ―――ごめんな? せっかく今日一日予定空けてくれたのに……」
二人並んで十数分のお散歩に興じた後。すっかり埋められてしまった俺のスケジュールに従って、ひとまずペア行動は解散の流れに。
正直言えばこのまま、久々にソラと冒険に繰り出したい欲が強いのだが……眩暈がするような爆速展開で、突如「責任ある立場」になってしまった俺である。
流石に、いきなり好き勝手をやらかす訳にはいかない―――
「本当に、気にしないで下さい―――明日を楽しみにしていますから」
と、ソラさんが素直にご機嫌なのがせめてもの救い。
トーナメント後半戦の予定が無くなった時点で、これだけは「どうしても」と明日一日は空けてもらうように頼んである―――それはひとえに、大事なパートナー殿との冒険のために。
俺の誘いに快諾を返してからというもの、嬉しそうな表情を隠そうとしないソラさんが可愛過ぎてヤバい。
「ゆびきりでもしようか?」
と言って小指を差し出せば、
「恥ずかしいからイヤですっ」
と、弾んだ声で返されてしまった。可愛過ぎてヤバい。
「それでは、また明日です。……難しいかもしれませんが、出来るだけゆっくり休んでくださいね」
「うん、ありがとう―――俺も明日、楽しみにしてるよ」
また控え目に袖を摘まんで来たソラに笑い返せば、彼女はくすぐったそうに微笑んでから、仮想世界からログアウトしていった。
「…………なんだかなぁ」
俺、大丈夫か? 何かもう色々と満ち足り過ぎているんだけど……え? いきなり何らかの罪で逮捕されたりしないよな?
「いや、アホな事を考えてる場合じゃなく……」
予定が詰まってるんだ、サクサク行こう。
システムウィンドウからフレンドリストを呼び出して、二つの名前をリンクさせてメッセージを送信する。
言うまでも無く、宛先は職人の二人。
どちらもログインは継続中な様子だが、時間の方は空いているだろうか―――
「おっ」
果たして、返信は双方快速にて。
とりあえず色々あって身体が空いた事と、また会って礼を伝えたい旨を併せて送ったのだが……おや、返事は何やら対照的。
『また山程やらかしたのは察してるよ。とりあえずアタシの方は後回しで良いから、他の事をしっかり片付けちまいな。お疲れさん、よくやったよ』
と、カグラさん。
いやもうほんと、どこまで行っても気遣いの人というか……マジかっけぇっす姐さん。これからも誠心誠意で推していく所存。
―――んでまあ、もう片方はといえば……
「……っはは」
『いま!すぐ!!アトリエまで来なさい!!!』
こっちもこっちでらしいニアからの返信に、思わず笑いを零す。
カグラさんとの落差というか、ギャップというか……そんな彼女の分かり易い感じも、実のところ嫌いじゃない。
「今すぐね……あい分かった!!」
スキルブーストをしこたま載せた脚でもって、勢いよく踏み出す。
どうせなら呼び出しRTAだ。本当に爆速で駆け付けてビックリさせてやるから、待っていやがれ藍色娘め。
ちらほらバレてるけど空気読んで知らんぷりしてるだけだぞ。