十分にて不十分
「―――序列入りしたせいで参加させられなくなった……?」
「少なくとも、現状のお前さんだとなぁ」
ゴッサンに猫の如く首根っこを引っ掴まれたミィナが連れ戻されて、その流れでようやく話が本題へと移り二十秒。
今までの茶番は何だったのかという爆速で「結論」だけを投げつけられ、当然の如く理解の追い付かない俺は一人首を傾げていた。
「ええと……四柱戦争に、だよな? そりゃまたどうしてというか……え、そもそも何? させられなくなったって事は、本来なら選抜通ってたんだな?」
「っ……当たり前でしょ」
我ながら間の抜けた声で疑問を口にすれば、隣のテトラから「なに言ってんの」とばかりに笑われてしまう。
「貴方の戦績表、全員ロッタ君から貰ったのよ。私もビックリしちゃった」
と、横合いから何やら流し目を送りながら雛世……さんが言う。
「普通なら、予選戦績の時点で選抜は確定ね。二位と五倍以上の差を付けて跳ね上がってきた子なんて、是が非でも参加してもらう他ないもの」
「加えて、一回戦から三回戦までの圧勝に次ぐ圧勝。エキシビジョンマッチの側面が強い序列持ちを省けば……まぁ、お前さんはぶっちゃけトップ選抜者だったろうよ」
「凄いじゃんねーお兄さん。あたしも観戦しに行けば良かったなー」
……なんなの、メッチャ持ち上げてくるじゃん。
「そ、そりゃどうも……」
雛世さんに続いて補足したゴッサンに赤色まで乗っかって、一様にやたらニコやかな表情を向けてくるんだが……何だろうね? 謎に寒気を感じるのは気のせいか?
「そ、れで……? 序列入りした事が、そこにどう関係してくるんだ?」
「うわっ本当に無知なんだ」
「ミィナ」
例によって無知を晒したのだろう。俺の発言にポロリと言葉を零した赤色が、隣のリィナに小突かれていた。
なぁに俺の無知なんざ今に始まった事じゃない。思わずといった様子の呟きは勿論、その若干小馬鹿にしたようなウザ顔も笑って許すとしよう。
―――あと二回な。
ニコりと微笑んでやれば何かを察したのだろう。先ほど藍色娘御用達のアイアンクローをお見舞いしてやった赤色娘は、隠れるように机の下へ頭を引っ込めた。
何なんだアイツは。
「ッ……まあ、あれだ」
ゴッサンもゴッサンで、あんた本当にツボ浅過ぎない? 取り繕ってもバレてんのよ、孫見て破顔したお爺ちゃんみたいな顔になってんぞ。
「四柱戦争はな、序列持ちに関して特別ルールがあるんだよ」
「あぁー……人数制限的な?」
だとするならば、新顔の俺には参加枠が無いというのも頷けるが―――
「いや、そういうのじゃねぇ。幾つかあるんだが―――まず、序列持ちには復活権がねえのよ」
「むしろ普通のプレイヤーはリスポーン出来るんだ?」
「そこすら知らないんかいっ」
「ミィナ」
すみませんねぇ……こちとら【兎短刀・刃螺紅楽群】とかいうビックリ武装を手懐けるのに、準備期間の時間的リソースを丸ごと喰い潰されたもんで。
あと一回だぞコラ。
「あぁ、だからこう……なんだ。どこの陣営でも、序列持ちは一回討伐すればそれまでのボスモンスターみてえな扱いになるんだがな?」
それはまあ、そうだろうな。
つまり序列持ち一人ひとりが、取られたらそれまでの強駒ということか。
「肝心なのはこっからだ。戦争にはな、その『ボス』に『ボス』をぶつけて排除を狙える特殊ルールがある―――それが《強制交戦》。四柱攻略に於ける、肝の一つだ」
と、勿体ぶった様子でゴッサンが口にする―――次の瞬間。
「うおっ……!?」
俺を含めた八人が囲む円卓の上に、突如としてホログラムのような立体が浮かび上がった。
何事かと腰を浮かせかけて……何やら、対面の席でドヤ顔を浮かべている赤色娘が目に入る。はて、コイツが何かして―――
「おう、助かるぜ。リィナ」
「……イメージ図があった方が、分かり易い」
違うじゃねえか。なぜ相方の功績をお前がドヤる。
残念娘は意識の外へ追いやって、俺はリィナのフォローを受けたゴッサンの説明に耳を傾けた。
……ところでリィナさん、それどうやって出してんの?
「―――とまあ、そんな感じだ」
「なるほど……成程なぁ」
概要は理解した。それに伴って、現状の俺を参加させるわけにはいかない理由も……まぁ、納得せざるを得ない。
「気を悪くしないでちょうだいね?」
背凭れに深く身を預けた俺の表情をどう捉えたのか、気遣わしげに眉を下げた雛世さんが声を掛けてくる。
「四柱戦争で私達を取り囲む戦いは、それは苛烈なものになるのよ。その上、序列持ちの立場上……」
「例え新顔であっても、無様な姿を晒す訳にはいかないと。納得してるんで大丈夫……ですよ」
アルカディアに於ける各陣営のトップ。十人の序列称号保持者は、正しく全プレイヤーの顔役にして花形。
それは仮想世界に生きる者にとって―――そして現実より此方を覗き込む、全世界の人間にとっても。
そんな数多の目が向けられる存在が無様を晒せば何が起こるか……想像するだに地獄である。つまり、結論から言えば―――
「今の俺じゃ実力不足って事だな」
「まぁ……残念ながらな」
散々持ち上げておいて、とは思わない。
彼らの称賛の言葉は、あくまで一般プレイヤーとして見るならばというもの。新たに序列持ちとなった【曲芸師】へ向けられたものではないということだ。
「思ったより、素直に納得するんだな」
意外そうなその声は、二つ隣から寄せられたもの。
どの口が―――とばかりに鼻を鳴らして、俺は横目で半眼を囲炉裏に向ける。
「分かり易く勝たせておいて、よく言うぜ」
始まりは、《神楔の霊剣》が彼を両断した瞬間から。
拮抗の余地も無く黄金が銀光を食い潰した驚きから、急速に冷静さを取り戻した頭。そこへ次々と浮かんだのは―――俺を活かすかのように、余りにも都合よく展開した試合運びの数々。
思えば、奴は俺に対して一度たりとも駆け引きを仕掛けていないのだ。
俺の技を見て、対応する。
俺に技を見せて、対応させる。
それが、あの試合の全てだった。
「……まあ、根に持ってるだろうとは思ってたよ」
別に怒っちゃいないさ。
ただ水を差されたような気分で……ぶっちゃけ、拗ねているだけ。我ながらしょうもないと思うが、それだけ本気だったんだから仕方ない。
「先輩」
「大丈夫、分かってる」
フォローを入れようとしてくれたのだろう、テトラに「心配無い」と手を振りつつ頷いて見せる。
「エキシビジョンマッチの側面が強い……だろ? 観客の前で即瞬殺じゃ『役割』が果たせないのは、理解してるさ」
溜息を一つ吐いて腰を落ち着けた俺を見て―――少々意外だったが、囲炉裏はすまなそうな顔を向けて頭を下げて見せた。
「君にとって真剣勝負だったことは承知の上だし、俺も立場の上で出せる全力を振るったことは保証する―――だけど、悪かった」
「………………あぁ、分かった」
そう素直に向き合われちゃ、いつまでもみっともなくイジけてはいられない。
これにて手打ちだ―――リベンジマッチはいつかまた、な。
そして二人の間で居眠りする序列八位。