不本意な肩書き
「オラ、挨拶済んだら座れ座れおめえら。新顔は人を待たせてんだよ」
さっさと締めて解散するぞ―――と、一区切りが付いた場を見てゴルドウが手を叩いた。どうやらまだ顔合わせ会は終わりではないらしい。
「ねぇゴッサン、ゆらゆらさんはー?」
「あぁ、アイツはとりあえず遠慮するってよ」
「ゆらさん、大喜びしてるでしょうね」
「荷が重いって、何度弱音を聞かされたか分からないからね」
順位付けされた序列に、同数の椅子。おそらくは各々に定位置があるのだろう。
迷いなくそれぞれの席へ向かいながら、気を張った様子も無く言葉を交わす三位、四位、六位、七位。
なんか、こう……めっちゃフランク。気安いというか仲が良いというか―――
「先輩、こっち」
想像とは大分異なる序列持ち達の様子を見て呆気に取られていると、気付けば最初から席に着いていた十位……テトラから呼び掛けられる。
「九位はここ。座りなよ」
そう言って、少年は隣の席を示す―――座らなきゃダメかなぁ? ダメなんだろうなぁ……
未攻略ダンジョンの爆速踏破から序列第七位の撃破(仮)と……我ながら意味不明な戦績を積み上げてきている現状で、いまさら己を一般人と言い張るのも無理があるのは分かっている。
そう、分かっちゃいるんだが……十八年かけて培われてきた凡人メンタルは、短時間でそう易々と覆ってはくれんのよ。
考えてみて欲しい。例えばただただ夢中になって遊んでいたゲームで偶然プロゲーマーに遭遇して、あまつさえ勝利してしまったとする。
嬉しいだろうよ。テンション爆上がりだろうよ。ただし、その場で言い渡されるんだ―――「おめでとう、今からお前も代表選手な」と。
呑み込めるか? 俺は無理。ともあれ―――
「ありがとう」
「ん」
せっかく親切に声を掛けてくれたのだ、この場は素直に流されるとしよう。
礼を言って、テトラの隣の席へ腰を下ろす。反対側にも既に八位のゲンコツ……さんが腰掛けており、腕組みして目を瞑る姿がメチャクチャ様になっていた。
瞑想でもしていらっしゃる?
というかこの極上のクッション性能は何事……俺の部屋の安物布団より余程安眠できそう―――
「あのさ、先輩」
と、未だ色濃く残る幻感疲労も手伝ってズブズブと大きな椅子に沈没しそうになっていると、テトラから再び声が掛かる。
ビクッと跳ね起きて顔を向ければ、黒尽くめの少年は微かな苦笑いを浮かべて「くつろいだままで良いよ」と気を遣ってくれた。
「もし気を遣わせたら悪いから先に言っておくけど―――序列が落ちたとか、外されたとかさ……僕もゆらさんもそれで先輩を恨んだりしないから、安心しなよ」
「……そう、なのか」
クッションに身体を沈めたままで聴いた彼の言葉は、果たして状況が現実味を帯びてくるにつれて些細なしこりを覚えていた部分に触れてくる。
「他の人達はともかく、僕らは元々野心があって此処に来たんじゃないんだ。そういう意味では、今の先輩と一緒じゃない?」
あー……そういう、成程。
「なら、さっきチラっと聞こえた……ゆらゆらさん? が大喜びしてたってのは」
「序列を外れてやっと肩の荷が下りたって、そういうこと」
だからと言って、序列十位に付けていた実力は変わらないが……大層な肩書の有る無しは、そりゃ違うというものだろう。
主に、プレッシャーやら責任やらが。
「先輩が来てくれたから、これで僕もリーチだ。早く気楽な身に戻りたいよ」
「はぁ……そういう感じの奴もいるんだな」
序列称号保持者はもっとこう、ガツガツしたタイプばかりを想像していた。ほら、ちょうど俺の二つ隣で談笑しているブロンド侍とか。
「そりゃそうでしょ、システムが勝手に任命するんだもん。目立つのが苦手な上に、戦いが得意じゃない僕みたいなのは堪んないっての」
そう言って不貞腐れたように頬杖をつく姿は、本人の言う通り実に年下然としていて―――何だろう、若干テトラに対する近寄りがたさが薄れる気がした。
「成程ね……いや、気を遣ってくれてありがとう。よろしくな」
「……ん、テトラで良いよ」
手を差し出せば、少年は頬杖を解いて素直に応じてくれる。
何というか、普通にいい子だな―――
「―――そしたらあたしらも握手だーっ!!」
「あ?―――ッちょ、なん!?」
などと、隣同士で和やかな一幕を繰り広げている所へ―――ちんまい乱入者、というか砲弾が二つ飛んできた。
「ごっはぁッ!!??」
連なって円卓を飛び越え飛来した四位と五位、その頭頂に鳩尾を痛打され……多大な衝撃により強制硬直を喰らった俺は、勢いそのままに椅子諸共ぶっ倒れた。
―――あぁ……この感じ、『奴』と同じ何かを感じる……
もういい加減に、しっちゃかめっちゃかな状況に諦めを覚え始めた頃だ。早々に点滅を始めた状態異常アイコンと共に、虚無の表情で天井を眺めていると―――
「なんで私まで……」
胸に乗っかった片方、ダウナー気味の青色がウンザリしたように呟く。
「えー? なんかあたしらだけスキンシップ取ってなかったからさー?」
片や赤色は、悪びれた様子も無く。
二人して俺を椅子ごと押し倒しているのは変わりないが……床に手を突いて体重を散らし、些細ではあるが俺への配慮を見せる青色―――リィナはまだ情状酌量の余地あり。
ただし謎のドヤ顔で堂々と俺に馬乗りかましている赤色、テメェはダメだ。
そら、もうスタンが切れるぞ? ハイさーん、にーい、いーち―――!!
「とゆわけでほらほら、あたしらとも握手むっぎゅ―――!!??」
唸れAGI、猛れSTR。どこぞの藍色娘相手に熟練度を積んだ右手が奔り、執行猶予無しの有罪判決が赤色娘の顔面を捉えた。
「ちょっ、ま……ッ!?―――むあいぁあやや軋む軋む軋んでるギシギシいってにゃあぁああぁあああああああああっ!!!??」
幸いな事に(???)、前例で経験を積んでいるためこの程度でカンストアバターのHPが削れない事は把握済みだ。
躊躇は必要無い、分からせろ我が右手。
「……ん?」
と、なにやら震えを感じ取って胸元に目を向ければ……断末魔の如き悲鳴を上げるアホンダラ2号を目にして、リィナが慄くように身を震わせていた。
「…………わ」
「……わ?」
「……私は、ミィナに引っ張られただけ、だから、無罪」
「よろしい」
何となく察してはいたから、その供述は真実として受け入れよう。
「―――お前さん、早く連れに顔見せたいとか言ってなかったか?」
「俺が率先して遊んでたみたいに言わないでくれる?」
もうさっさと話しを進めてくれ、大事な相棒が待ってるんだっての……!!
現状一番困っているのは多分ロッタさん。