渦中の者
◇評価規定への到達を確認しました◇
◇序列称号が授与されます―――称号【曲芸師】◇
◇評価値に基づき、東陣営イスティアの序列を再構築します◇
◇おめでとうございます、貴方はイスティア序列第九位に叙されました◇
◇特殊称号を獲得しました◇
・『曲芸師』
「―――…………」
っすぅ―――――――――…………………………なんて?
戦闘時間は数十分にも満たなかったというのに、【神楔の王剣】戦もかくやといった幻感疲労に苛まれながら―――武威を散らして細っこい萎剣と化してしまった【序説:永朽を謡う楔片】を杖代わりに身体を支える俺は、システムから降り注いだ情報の瀑布に頭を真白にしていた。
互いに必殺を打ち合い、結果的に【護刀】を打倒した―――それはいい。
いや、良くないが。あの野郎、次に会ったら覚えとけよ……!!
と、腹に据えかねる思いはあるが今はそれどころではない。
え? なんだって? 序列九位? なにが? ―――……俺、が?
いや…………いやいやいやいや。
序列称号者ってあれだろ、人口三千万人に迫るアルカディアプレイヤーの頂点四十人。世に言うトップアスリートとか人間国宝みたいな扱いをされる連中の事だろ?
俺が……その序列の……なに、その……なに???
だ、ダメだ……思考が纏まらん……! 訳分からんってか吐きそう……ッ!!
相対していた【護刀】が退場し、舞台に残されているのは俺ただ一人。
自然、会場にある全ての『目』が自身に向けられている事を強く意識してしまい―――流石に、震えが走った。
人数で言えば先月、【隔世の神創庭園】デビューの際に遭遇した圧迫歓迎会の方が遥かに上。けれどあの場を支配していたのは、恥だのなんだのを気にするのもアホらしく思えるようなお祭り騒ぎ感だった。
今この瞬間の、沈黙と騒めきが混じり合うような空気とは全く異なる。どこか張り詰めたような雰囲気で、四桁を超えるような人間の視線に晒されて―――平然としていられるほど、俺のメンタルは狂っちゃいない。
ちょ……っと、これは、どなたか…………
などと、誰へともなく心の中で助けを求めてしまう程度には追い詰められ―――大きな影が庇うように俺を覆ったのは、その時だった。
反射的に目を向ければ、すぐ隣に立っていたのは金髪の偉丈夫。
「―――坊主、少し堪えてろ」
獅子の鬣の如き荒々しい金髪を揺らして、男は迫力のある笑みを浮かべながらも気遣うような声を掛けて来た。
俺から視線を外した男は堂々と胸を張りながら会場中を見回して―――不意に、その両手をまるで指揮者のように振り上げた。
「「「――――――…………」」」
「な……」
まるで、そうする事が当たり前とでも言うように。
彼の挙動に合わせてピタリと静まり返り―――静聴の構えを取ったプレイヤー達の気配を感じ取って、呆気に取られる。
「―――どいつもこいつも、疑問はあるだろうが、聞け」
腕を下した男が口を開く。声を張っている様子も無いというのに……ズンと腹に響く重厚なその声音は、厳かに会場中に響き渡った。
「大一番でへばっちまってるんでなぁ、代わりに俺が紹介するぜ」
一歩横にずれて、背に庇っていた俺を再び表へ。また一斉に視線が突き刺さり、いよいよ本格的に具合が悪くなってくるが―――肩に置かれた大きな手が、励ますように熱を与えてくれていた。
「新たな我らが序列九位―――【曲芸師】ハルだ」
「…………」
申し訳ないが、ドぎつい幻感疲労でアバターがクソほど重たいのは事実。並んで胸は張れないまでも、男の気遣いに応えるべく顔くらいは持ち上げて見せる。
顔を引き攣らせながらも並み居る観客へ視線を突っ返せば、視界の端で男が満足そうに笑むのが見えた。
「一人で勝手に満足して退場しやがった戦闘狂はともかくとして―――この世界が認めたコイツを、俺もまた認めよう」
そう言ってニィッと口の端を吊り上げた男が、大きく息を吸い込むのが見えて―――
「な ら ば こ い つ ぁ 祝 い 事 だ ッ ! ! ! オ ラ 歓 声 は ど う し た イ ス テ ィ ア の 馬 鹿 共 が ぁ あ ッ ―――!!!!!」
「―――ぃいッ……!?」
隣から放たれたあまりの大音声に、後退りかけた俺がグラついて、一秒。
響き渡った砲声が、会場中をビリビリと揺るがして、一秒。
この場にいる全ての者が呆気に取られ、訪れた完全な無音が、一秒。
そして―――
「「「――――――――――――――――――ッッッ!!!!!」」」
爆発した歓声の大瀑布が、比喩ではなく俺に衝撃を叩き付ける。
今度こそぶっ倒れかけた俺を片手で支えながら、経験した事の無い声の竜巻の中で堂々と立つ男が、嵐の如き声音の号砲をたった一人で迎え撃つ。
「悪いがこの場はお開きだ!! 『十席』の新顔はお疲れみたいなんでなぁッ!!」
「なぁに独り占めにはしねえからよぉ!! 大人しく続報を待ってやがれッ!!」
「いいかテメェら!!ペチャクチャ情報漏らすんじゃねえぞッ!!」
「そうすりゃこの、とっておきの隠し玉をもって!!」
「今回の戦争は、とびっきりの勝利をくれてやるからよぉッッ!!!」
「…………」
渦中の俺、蚊帳の外。
男が何事か吠えるたび、ボルテージをぶち上げる会場中が相槌を打ち鳴らす。
戸惑いと困惑に寄った居心地の悪い雰囲気など、もはや欠片も存在しない。そして、それをやってのけた大物はといえば―――
「さて坊主―――俺ぁ序列第三位【総大将】ゴルドウだ」
そんな風に、サラリと自己紹介を投げつけて来た。
あぁ……第三位。ということは一位と二位が不在のイスティアに於ける実質的なトップということで……ハハ、成程。納得のカリスマをお持ちのようだ。
「あー……ハルです」
正直、もう今すぐにでもこの場から離脱したい。
転移はまだかまだかと思いながら自己紹介を返せば、男―――ゴルドウはニヤリと悪い笑みを浮かべて髭を擦る。
「違ぇだろ【曲芸師】よ。お前さんの名は、なんだって?」
おい、このオッサン助けに来てくれたんだよな? そこで意地悪に走るのは何の意図があるんだよ!
「…………じょ、序列第……九位? 【曲芸師】の、ハル、です」
そもそも曲芸師ってなんだよ。誰が曲芸師か、こちとら立派な軽戦士やぞ。
「冗談だろ……何もかも……」
もうツッコミきれん。遂には力無く【序説:永朽を謡う楔片】の柄頭に額を預けた俺は、独り言ちるように呟いた。
「冗談なもんかよ―――歓迎するぜ、超新星」
律儀に返されるは、やたらと上機嫌な声音。
カッカと快活な笑みと肩を叩く大きな手が降ってきて―――グッタリする俺の身体を、ようやく青い転移の光が包み込んだ。
やっとこの場を離れられると安心しながら、今更ながらに思い至る。
もう一度顔を持ち上げて目を向ければ、特別席にいるパートナーはすぐに見つかって―――
「―――ソラ……?」
転移の間際、数瞬の事。
確かに絡んだ視線の先。
少女が浮かべていた何かを押し殺すような表情が、やけに強く瞳に焼き付いた。
過去最高にグロッキー主人公。