守護の霜刃、無窮の天駆 其ノ肆
「漫画かよ畜生がッ!!」
「ゲームだよ馬鹿めッ!!」
舞台とその上空、およそ五十メートルの距離を挟んで怒鳴り合う。
片や焦燥、片や興奮。引き攣った顔と満面の笑みで対照的な俺達の間では、地対空で鬼ごっこ―――というか的当てゲームが開始されていた。
切替跳躍と小兎刀跳躍の併用で、カウントを稼ぎつつ空を逃げ回る俺。
そして漫画やアニメでお馴染み―――飛ぶ斬撃の超連打で俺を撃ち落とそうとする【護刀】。そんなんデータに無かったじゃん!!
「っははは! 本当に面白いな君は!! 最高だ!!」
「的当てする側はさぞ楽しいだろうよ!!」
ダメだコイツ、思った以上に戦闘狂だった……!
ていうかソレいつまで撃てんだよスキルじゃないのか!? 弾数無限!? 時間制限は!? バグってんじゃねえぞアルカディアぁッ!!
暢気な縦軸移動などやってられず、縦横無尽に宙を駆け巡る事を強制されて各種思考制御がっがががッ……!!
「だぁっ―――クソッ!!」
これなら空より地上の方がまだマシ―――
「なんだ、もう終わりか?」
「残念そうな顔してんじゃ―――ッぶねぇ!!」
堪らず舞台の上へ戻れば、瞬時に肉薄してくるブロンドの影。
ベタン!と張り付く勢いで床へ伏せれば、浮いた髪とフードの先を掠めるような勢いで一刀が突き抜ける。
「ッ……小兎刀!!」
無理な態勢で一瞬動きが止まる―――が、苦し紛れに片手で放った短剣は悉くが細氷の守りに阻まれて、
「《円枯―――」
「っ……なろッ」
「―――旋刃》ッ!!」
「ッッズァア!!」
両脚片手を突いた状態から無理やり発動させた《トレンプル・スライド》が、円周を狩り取るように薙ぎ払った白霜の一刀から間一髪で俺を救う。
グッチャグチャの体勢ではアホみたいに強烈な慣性を制御出来ず、跳ねるほどの勢いで床を転がりながら―――視界の端で、追撃に踏み切る【護刀】の姿を見た。
容赦無いじゃねえの……光栄の限りだぜ序列称号保持者!!
「来い【白欠の直剣】ッ!!」
《ブリンクスイッチ》、及び《浮葉》を並列起動。
腕の振りで生み出した前へのベクトルを掴み取り、物理法則を蹴飛ばした急制動でもって襲い来る二の太刀を迎え撃つ。
次から次へ飛び出す曲芸じみた挙動に目を瞠る侍と、俺の振るった一閃が交錯し―――
「ぐぅッ……ぉあ!!」
圧倒的なスペック不足。『魂依器』の頂点に名を連ねる【蒼刀・白霜】の刃が、赤子の器でしかない【白欠の直剣】を俺諸共に吹き飛ばした。
分かっちゃいたが、歯が立たないか……!悪いが今回は留守番だ相棒……!
戦力外通告を詫びながら自前の『魂依器』をインベントリへ送り―――っしゃ来たぜクールタイム終了、《フリップストローク》起動ッ!!
「十秒キッカリの曲芸会だ……ついて来れるもんなら」
【愚者の牙剥刀】の引き金を引く。これまでの応酬で散々削れていたHPは、遂にレッドゾーンへと踏み入って―――
「ついてきやがれ……ッ!!」
小兎刀乱舞―――舞台の上もまた、飛び交う紅蓮の群れに埋め尽くされる。
加減の利かないスキルの効果ゆえ、全力投擲に等しい速度で射出される紅緋の短剣―――果たして真紅の雷光を振り切ったアバターは、その足場の海を駆け巡った。
「―――……これ、は」
投げ、走り、飛び、踏みつけ、放り、奔る。
自慢の脚をフル回転させて、呆気に取られたように足を止めた【護刀】を中心に超高速の円周運動。
直線的な単なる輪転ではない。上へ下へと不規則に跳ね回り、線ではなく面を描く螺旋の円環―――流石に追うことは放棄したのだろう。刀を下げて立ち尽くした侍は、しかし余裕を崩さずに笑みを見せる。
「それで? 何が出来ると?」
挑発的な台詞に、然して俺が返せる言葉は無い。
今、その準備の最中なんだよ。そのまま突っ立って待っとけや!!
追い回される事の無くなった高速の世界で、空いた片手で次々と武器を切り替えカウントを蓄積させていく。
いつしか俺の右腕には、微かな蒼白のライトエフェクトが宿り―――十秒。
《フリップストローク》の効果が切れ、絶えず足場を形成していた弾幕が途絶えた。
「……終わりかな?」
ピタリと足を止めた俺に、「良い見世物だった」とばかり【護刀】が微笑む。
「―――いいや?」
対して万策尽きたと思われているだろう俺は、わざとらしく不敵な笑みを返して……腰に提げた短刀の柄を握り込んだ。
半ばから砕け散った―――俺自身が砕いた場面を見せているのだ。破損した武器でなにをと奴は訝しみ、
「―――……ッ」
抜き放たれた、傷一つない紅緋の刀身に目を瞠る。
「こっからが、最終局面だ」
《爆裂兎》―――二度砕かれた【兎短刀・刃螺紅楽群】の破砕音をトリガーに、舞台中に散らばった百を超える小兎刀が起爆する。
開幕でやられた事も手伝って、完全に反射の行動だろう。咄嗟に防御態勢を取った侍の身には、しかしそんな事をするまでも無く紅緋の切片は届かない。
設定的には高密度の魔力の塊と言えど、物質化した魔煌角由来の武具が出力するのは残念ながら物理ダメージ。
【蒼刀・白霜】の結界は突破できない―――そんな事は百も承知だ。
なればこそ、これは単なる目くらまし。命からがら再び上空へ身を逃すための、時間稼ぎに過ぎない。
流石に自らも爆裂兎の余波に巻き込まれはしたが……藍色娘謹製の【蒼天の揃え】が、確かに俺の命を繋いでくれた。
そうして見れば遥か下方。正面から俺が消えている事を確認して真っ先に上を仰ぎ見た【護刀】が、何事か呟くのを仮想の肉体の超視力が捉える。
およそ上空二百メートル。自ら敷いた階段を一息に駆け上がった俺には、残念ながら奴の言葉は聞き取れないが……もうこれ以上の問答は必要ない。
カウントの蓄積は上限MAX。泣こうが笑おうが、終幕に足る一撃の準備は整った―――ならば喚ぶべき得物は、ただ一振り。
なあ、そうだろう? 折角の大舞台でのお披露目だったんだ―――オマエも大振りスカされて、舐められたままじゃ終われねえだろ!!
「【序説:永朽を謡う楔片】ァッ!!」
右手に喚び出すは、異形の大剣―――
思えば、全ては『彼女』に唆されて始まった事だった。
それは担い手たる俺に、語手武装を託してくれた人。
無名の折に騒ぎを起こした俺を掬い上げてくれた、正しくの大恩人。
そんな専属魔工師殿が―――無二の紡ぎ手様がご所望なんだよ。
有象無象なんざ、蹴散らせってなぁッ!!!
「《顕 現 解 放》―――ッ!!」
それは世界に五本、語手武装のみに許された段階移行。
落下開始と同時に叫び放った鍵言がシステムに、そして【序説:永朽を謡う楔片】に認められ―――鉄塊のようなその異形の刀身が、雄叫びの如き破砕音と共に砕け散る。
頬を掠める破片に目を細めた俺の視界に現れるは、元の威容からは考えられない程に頼りない、萎びた剣の残骸。
見覚えのある、白の傷痕。
剣身に残された、かつての死闘の名残から―――溢れ出でるは光。
姿は違えど、
輝きは違えど、
威容を示すその姿は―――
黄金に煌めく光の大剣は、紛う事なき、かの【王剣】の武威―――!!
……さて、そろそろよく顔が見える―――どうするよ、【護刀】殿。
避けるか、受けるか、撃ち落とすか。身の丈を優に超える黄金の大剣を掲げて、選択を差し迫った俺の視線に―――
「ッ―――……!!」
震え立つほど凶悪に、奴は笑った。
両手で握り込んだ刀を構え、その刀身に宿すは眩いほどの銀光。
あぁ、もう本当に……―――信じてたぜ、東の序列持ちッ!!
「受けて立つさ―――見せてみろ、新参者ッ!!!」
「―――上等だ護刀ァッ!!!」
《エクスチェンジ・ボルテート》起動!!
限界まで蓄積されたカウントが蒼白の奔流となって黄金と混ざり合い―――荒れ狂う白金の燐光が、空に一条のコントレイルを描き出した。
遥か空からの落下速度に加え、砕けてなお全身に圧し掛かる【序説:永朽を謡う楔片】の重量を乗せて。
光を散らして加速する身体が、流星の如く舞台上へと降り行く。
そして―――
「《燐華―――」
「覆せ―――」
迎え撃つは白銀の一刀。
挑み掛かるは黄金の巨閃。
「―――弌刀》ッッ!!」
「―――《神楔の霊剣》ッッ!!!」
輝きの交錯は、一瞬。
白銀に触れた黄金が、雪を溶かすかの如く【護刀】の一太刀を食い潰し、
その身を護る細氷が、灼熱を前に蒸発する水の如く干上がる。
果たして王の遺光を宿す霊剣は、銀光を散らした霜刃を諸共に――――――満足気な笑みを零す侍の身体を、一撃の下に両断した。
Q . なぜ避けなかったの?
A . 矜持。