守護の霜刃、無窮の天駆 其ノ参
【蒼刀・白霜】―――現存する『魂依器』の中で唯一純粋な日本刀の形を取るこの武装は、優秀な魂依器を紹介する非公式ランキングに於いて防具カテゴリの第六位に登録されている。
その青銀の刀身に秘める能力の名は《無振》―――使い手の身体を覆う、球状の物理防御結界を展開する力だ。
細氷のベールの如きその結界は、あらゆる物理的な攻撃を、受け止めるでも、弾くでもなく―――まるで氷の上を滑らせるように受け流す。
数値的な耐久度は存在しているらしいのだが、なんせ全てを自動的に受け流してしまうイカサマレベルの柔の盾だ。
真正面から殴って破るのは現実的ではなく、議論の末に現在定石とされている唯一の攻略法はシンプルに魔法による攻撃で削る事。
―――そう、魔法のみである。
「物理専殺しめ……」
渾身の一撃をすかされた後。情け容赦無しに飛んできた反撃から泡を喰いながらも逃げ遂せた俺は、トンデモない理不尽の権化へ向けて怨嗟の視線を投げつける。
「失礼な。魔法士相手も不足ないさ」
これ一本でね、と。対する【護刀】は自慢げに魂依器の一刀を空振りすると、ニヤリと口角を持ち上げた。
刀としての見事な威容に違わず、アレは武器としても超一級品。
そもそもが、耐久力が存在しない―――つまりは基本的に破損する事が無い『魂依器』は、何よりも武器カテゴリを引き当てられた時点で大当たりと言われているくらいだ。
そんな一振りが序列持ちという最高位のプレイヤーの手の中で鍛え上げられ、更には物理殺しという破格の防御能力まで備えている―――そりゃあランキング入りするだろうというもの。
…………で、どうするよアレ?
俺は魔法的な攻撃手段なんて何一つ持ってないぞ。
いや一個だけ、少なくとも見た目は物理ではない隠し玉があるにはあるんだが……でもあれダメージ計算自体は物理っぽいんだよなぁ……
「……まぁ、他に手は無しだもんな」
元より、ソレがダメなら負け戦だと割り切って臨んだ試合だ。やれる事をやり切るしかない。
「さて……理不尽は百も承知だけど、手が無いならこれで詰みだ」
おそらく、俺の反応から物理一極型である事は察せられたのだろう。もはやそれすら必要無いとばかり、構える事なく刀を下げたままで奴が言う。
「嬲り殺しは趣味じゃない、投了を奨める」
のんびりお喋りする余裕がある事から分かる通り、あの固有能力には効果時間というものが存在しない。
その代わり一度でも破壊されると、その戦闘中は使えなくなるほど長い再使用待機時間があるらしいが……少なくとも俺みたいなのが相手なら、文字通り無敵の守りだ。
【護刀】―――そのまんまだな、畜生め。
「生憎、諦めは悪い性質なんだ」
両手に喚び出すは、【愚者の牙剥刀】と【白欠の直剣】。
「……趣味じゃないと言ったんだけどな」
そう言いながらも、そのイケメンフェイスに浮かぶ表情は否定的なものではない。
戦闘狂め、そういうとこだぞイスティア勢―――《ブリンクスイッチ》。
「……うん?」
黒小刀と白直剣を仕舞い、お次に喚び出すは【魔煌角槍・紅蓮奮】と【輪転の廻盾】。
―――《ブリンクスイッチ》。
「何をして……―――ッ」
気付いたか。
何らかの推察に思い至ったのだろう、侮りを見せずに余裕の表情を引っ込めた【護刀】が突っ込んでくる。
またあの瞬間移動―――ならばこっちは!!
「小兎刀ッ!」
まずは両手の指の間一杯に召喚した短剣を、適当な力加減で真上へと投擲。
そして気配を読むも何もなく、両手に喚び出していた【巨人の手斧】と【序説:永朽を謡う楔片】をインベントリに格納しつつ全力で上へと踏み切る。
そして―――
「な、はぁッ!?」
斬撃の空振り音と共に、遥か下から聞こえてきたのは純然たる驚愕の声。
それは本体らしき【兎短刀・刃螺紅楽群】が破損したというのに、未だに分体を召喚して見せた事に対してではなく、
俺が一足で十メートル以上も飛び上がって見せた事に対して、でもなく。
紙飛行機のようなゆっくりとしたスピードのまま、落下する気配も無く真直ぐに天へと上る紅緋の短剣。
そしてその柄を蹴り付けて、当たり前のように闘技場の頭上五十メートル余りに舞い上がった俺の姿。その両方に対する驚きだろう。
イイ顔してるじゃん、願わくばずっとそこで眺めててくれ。
跳躍の頂点で落下を始める間際、再び召喚した小兎刀を摘まんで離す程度の些細な力で真下へ放る。
陽の光を受けて煌めく短剣は、またも物理法則に喧嘩を売る挙動で真直ぐにゆっくりと落下していき―――《ブリンクスイッチ》。
左手に再び【愚者の牙剥刀】、そして右に喚び出した【白欠の直剣】を足場にして、眼下へと先行する小兎刀を目指して跳躍し―――その小さな紅の柄を蹴り付けて、再び空へ以下ループ。
上空で一人勝手にピョンピョンやり始めた俺は、夥しい程の視線を一身に受けながらもその奇行というか奇巧を止める気配を見せない。
―――会場のざわめきが闘技場の遥か上まで届くどよめきへと膨れ上がるのに、そう時間は掛からなかった。
◇◆◇◆◇
「「―――…………………………」」
「あー……」
そういえば、まだやっていませんでした。
隣の二人―――それどころか特別席にいる全ての人間が絶句する様を見て、今更ながらにソラは思い至る。
散々格好良いところを見せつけられてしまって、つい忘れていた。
「ハルと言えば、アレですもんね」
トンデモない事は間違いなく、誰が見たって凄い事なのに、それを成すための動作が妙にコミカルで様にならない。
本人が涼しい顔で当たり前のようにやるものだから、余計にそう。実を言えばああいう所も、私は―――
「…………」
私は、何だと言うつもりなのか。不意にブレーキをかけた胸の内から逸らすように、目を伏せたソラを他所に―――
「いや、まぁ、そうなるな……」
「そうなりますよねぇ……」
呟いた隣の二人組が視線を向ける先。多くの混乱で満たされていた舞台は、次なる状況への変遷を見せていた。