守護の霜刃、無窮の天駆 其ノ弐
選抜戦の本戦、第四試合。
これまでとは異なり、幾人ものプレイヤーで賑わいを見せる特別席スペース。
「まさか、本当に……!!」
「おいおいマジか……!」
一般の観客席と一緒になって歓声を上げる有名人達に囲まれながら―――初めは彼らに恐縮して縮こまっていたソラもまた、今ではただ目の前の光景に心を奪われていた。
《観測眼》を用いてすら追い切れなかった埒外の高速連撃を、冗談のような手際で一つ残らず捌いて見せたハル。
彼がその勢いのまま踏み込み、紅の槍でもって堂々の一撃を決めたその光景に、思わずといった様子で隣のロッタ―――そしてその隣の序列第三位から、驚嘆の声が挙がった。
お互いに削り合い、体力の比率は七対七―――しかしながら、現状でどちらが押しているのかは明白。
届いている。
ここまで共に歩んできた相棒が。
自分の唯一無二のパートナーが。
誰よりも楽しそうに冒険に挑む、あの無邪気な青年が。
―――仮想世界の頂点に名を連ねる、序列第七位その人に。
「勝って……」
零れ出た言葉は、果たしてこれまでは口にしてこなかったもの。
気持ちを押し付けてしまうように思えて、「頑張れ」と濁してきたもの。
白熱する仮想の心拍を押さえながら、少女はいま、一心に願う。
「勝って、ください……!」
逸らせない視線に、想いを込める。
これまでに紡いだ絆がきっと、彼の元へ届けてくれると信じながら。
◇◆◇◆◇
「《この身に―――」
「―――驚いたよ」
おっと危ねぇ―――反撃を警戒して跳び退り、例によって紅蓮奮のバフを展開しようとしたところでアクションを中断する。
身体強化を発動してしまえば効果時間の減少は待っちゃくれないが、喰らったHPを紅布に蓄積した状態であれば保持に時間制限は無い。
バフアップを止めてクルリと回した紅蓮奮を後ろへ下げれば、試合の最中に口を開いた【護刀】は「悪いね」とばかりに微笑んだ。
「全く、想像の遥か上だ。君みたいのが一体どこで燻っていたんだ?」
……お話タイムって事で良いんだよな?
まさか序列称号保持者たる者が会話で気を惹いて不意打ち―――なんて狡すっからい事はしてこないだろうと踏んで、戸惑いながらも応じる事に。
「……燻ってたというか、そもそも仮想世界にいなかったというか」
素直にそう返せば、これまでの戦闘狂めいた凶悪な表情はどこへやら。キョトンと目を見開いた【護刀】―――囲炉裏は、口をポカンと開いて間抜け顔。
そんな間抜け顔すら整っているとか、イケメンはまっこと度し難い。
「いなかった……って、ちょ、っと待ちなよ。え、なに、それじゃあ君は……」
人伝に俺のことを聞いていると言っていたが、困惑を見せる囲炉裏はどうもそこまで詳しい事情を知っている訳ではない様子。
委員会所属だし面識もあるのだろうと勝手に判断して、ロッタにでも聞かされたものと思っていたが。
動揺を見せる彼を他所に、仮想世界に初めて足を踏み入れた日から今日までの日数を簡単に数えて―――
「大体、二ヶ月……弱くらいか? どうも、仮想世界新参者のハルです。以後お見知りおきを」
「―――…………」
おっと、そこまで崩れると流石にイケメンとは言えないぞ。是非ずっとそのままでいてくれ。
「……よく分かったよ」
残念ながらすぐに表情を取り繕った囲炉裏は、色濃い苦笑いを浮かべながら眉間に手を当てて首を振る。
「侮るどころか、どうやら君を単なるルーキーだと認識する事自体が間違いだったと」
「……こちらとしては、是非にそのまま侮っていて貰いたいところなんですが」
「どうやら口も達者なようだ―――本気、ではあったんだけどね。ここからは抜けてた『心』も埋め合わせて、心技体で臨ませてもらおう」
……あぁ、もう勘弁してくれよ。
瞬間、膨れ上がったプレッシャーは先程までの比にあらず。
もうそれがデフォルトなのだろう、相変わらず口元は緩やかな弧を描いて微笑んでいるというのに、ギラついた瞳はただ一つの感情で満たされている。
逆に冷気すら感じてしまうほどの、灼熱の戦意に。
「手を止めさせて悪かったね……構えなよ、ここからだ」
「っ……《この身に込めよ》」
悔しいが気圧されるまま、まるで自衛の如く紅蓮奮のバフアップを終えて構えれば……両手で刀を構え直した囲炉裏は―――【護刀】は、厳かな雰囲気で口を開く。
「あらためて御相手しよう―――イスティア序列第七位【護刀】」
重い。叩き付けられる重圧が、仮想の圧力を伴って俺の身を震わせた。
「いざ尋常に―――参る」
そして消え去る、異国の侍の姿。
「なに―――」
違う、動揺は後だ、動けッ!!
緊急回避の手札は既に切った、優秀な効果に比例した千二百秒とかいうアホみたいに長い冷却時間ゆえに、かの攻撃予測にはもう頼れない。
ならば―――!!
「《ブリンクスイッチ》ッ!!」
気配は捉えた。
チリッと何かを感じた左側面へ両手を翳し、呼び出したるは【巨人の手斧】、そして【序説:永朽を謡う楔片】の偉躯。
手の先へ喚び出した得物を掴まずいれば、展開した二振りはその超重量に従って落下。僅かな距離にも拘らず闘技場の床を砕いて―――
激音、衝撃。
「面白いッ!」
「瞬間移動はズルだろ!?」
どの口がと言われそうだが、生憎吐き出す言葉を選んでいる余裕など無い。
横薙ぎの一刀を見事に受け止めた盾替わりの二本と入れ替わりに、再び喚び出すは【魔煌角槍・紅蓮奮】。
刀の間合いで長物は不利? こちとらリアル準拠の肉体性能じゃねえのよ!!
右の順手と左の逆手。水平に構えた槍をそのままに、片足を軸に独楽のように回転する―――正直間抜けな恰好だろう。積んでるエンジンがAGI:350とかいうイカれ性能じゃ無ければなぁッ!!
ギュバッ!とおよそまともな人体の駆動では出しえない異音を上げて殺人独楽と化した俺の間合いから、危なげなく距離を取った姿を横線一色の視界で朧げに確認。
……、……、……―――ハイ今ッ!!
「ッらぁ!!」
アホみたいな回転運動をアホみたいなSTR:300で強引に制動し、ピタリと正面に捉えた【護刀】へ紅蓮奮を全力投擲。
「っ……ちッ……!」
あれだけの高速回転から、一拍も置かずに追撃が飛んでくるとは予想出来なかったのだろう。これまで通り憎らしいほど堅実な刀捌きで弾かれるが、舌打ちと共にその態勢が僅かに崩れた事は見逃さない。
「【愚者の牙剥刀】―――ッ」
一瞬の喚び出しラグすらもどかしく、引き金を引く。
紅い稲妻が弾けて、床を蹴り砕く勢いで脚が奔り―――『敵』は眼前。
「【序説:永朽を謡う楔片】ァッ―――!!」
更に新スキル《エクスチェンジ・ボルテート》起動!!
武器を切り替えれば切り替えるほど蓄積されるカウントを消費して、次の攻撃の威力を底上げする神オブ神スキル。
何でアクティブスキルのくせにコレ再使用待機時間無いんですかねバグだろ!!
ここまでの戦闘で蓄えられたブーストが蒼白のライトエフェクトとなって威容の語手武装へと宿り、コンマの硬直を強いられた【護刀】へと―――
「―――《無振》」
「ッ……!!」
叩き込まれる寸前。呟きと共に奴の周囲に展開した光の膜を目にして、この展開を予想していた俺は悪態を呑み込みながら歯噛みする。
ボスモンスターすら容易に叩き潰しそうなほどの威力を秘めた一撃は、その光の膜―――陽の光を受けて煌めく、細氷のベールの上を滑り落ちた。