性分にして領分
もうすぐ、予約していた園内レストランでの夕飯時という頃合い。
あと一個くらいアトラクションいっとく? まだ遊ぶ気か体力どうなってんだ貴様。なんて翔子&俊樹が性懲りもなく幼馴染漫才を始めんとした折のこと────
「っ……と?」
ポケットの中。俺のスマホが鳴動し、取り出してみれば液晶に表示されていたのは『ソラ』の二文字。嗚呼、つまるところ、そんなもの……。
「わり、電話。先に行っててくれ」
「ぁ、はーいっ」
後回しにする、なんて択は無い。
とはいえレストランへ向けて人混みの中を移動中。太陽が頑張っていた時間帯と比べて雰囲気が変わっただけで、周囲喧騒のデシベル自体は大して変わらない。
即ち、
『──、────』
「ごめん! ちょい移動するから待たれよっ!」
耳元に当てたところで、楚々とした少女の声などハッキリ聞き取れるわけがない。いや頑張れば言葉を拾うことはできるが、落ち着いた会話など不可能。
俺は手を振って見送る楓に他三人を預け、早歩きで喧騒の外れを目指した。
そして、暫らく。ようやく賑やかな音の波が薄れたタイミングにて。
「────やぁ、お姉さん一人?」
「メッチャ可愛いね、アイドルかと思ったよ!」
喧騒と自分の走行音のせいで聴こえないながらも、なんとなしスピーカーを当て続けていたのと逆側。いまだ遠くから流れてくる音の波を縫って、空いた片耳に『人が良さそう』と『軽白そう』のミックスされた声音が二人分届いた。
反射的に目をやれば、そこは長椅子が幾つも置かれた休憩スペースの一角。
居る人物を検めれば……おやまあ、なんたることか。暗闇でも相変わらず、それなりに輝いている整った顔は数時間前に勇姿を見届けたナンパコンビのソレ。
然らばと、彼らの奥。長椅子に座っている〝もう一人〟の方へ、自然と目が向いてしまい────俺は無意識の内に、小さく息を零していた。
感心が半分の、驚きが半分。
けれども一体その感心と驚きが何処から来るものか、なぜだか明確に言い表せない……──そんな、不思議でも確かな存在感を持つ少女の姿が、そこに在った。
年の頃は、おそらく高校生ぐらい。
薄手の白いコートを羽織り頭の上には同じく白のマリンキャップ。荷物の類は見当たらず、白く華奢な手は行儀よく揃えられた膝の上。
夜闇の中でもハッキリと視界に輝く、冷たい髪色のミディアムヘア。そして対照的な暖かみを感じさせる、榛色の綺麗な瞳……と、
その綺麗な瞳は今、困惑と迷惑に彩られ始めており────
『ハル……?』
「っと」
断じて、見惚れていたわけではない。言い知れぬ存在感に、正しく目を引かれただけ。惹かれたと表現するほどでもないゆえ、罪カウントは不動だろう。
ただまあ、一般論。
あくまで一般論として『随分と綺麗な子だな』といった感想を抱きつつ……。
「俺たち二人で来てるんだけどさ────」
「もし良ければ夕飯とか────」
「………………」
ともあれ俺は、耳をくすぐる相棒の声音を最優先。
チラ見した限りでは『恐怖』の色を少女の表情に感じ取れなかったことも理由の一つとして、休憩所の隅を目指すまま視線と興味を切って通り過ぎた。
◇◆◇◆◇
ソラさんの電話は、なんのことはない『声が聞きたくなって』のソレだった。
夕飯時の直前ということで、暇がありそうなタイミングを見計らい掛けてきたのだとか。いじらしさと愛らしさでドカ殴りされた俺が即時帰宅を真剣に検討したのは言うまでもないが、肝心のソラさんは数十秒ばかりで満足してしまったらしい。
まあそれがフリだということくらい容易も容易に察せられるが、ここでブレーキを踏まず甘やかしに入ると『子供扱いするな』と拗ねるのが最近のソラ。
ゆえに、あとで土産話を聞かせてほしいとかなんとか良い子の挨拶に快く応じるまま。お利口に我慢するソラよか俺の方こそ名残惜しく思いつつ、ほんの僅かな声音の交換を以って心に癒しと和みをフル充填────……した、その帰り道。
「………………おぉ……」
まだいるよ。そう軽く引いた俺の反応は、おそらく正常と言えるだろう。
ところ変わらず、休憩所の一角ベンチの一つ。
見るからに上手くいっていない様子なのは丸わかりだが、けれども続いているということは完膚なきまでフラれるラインには到達していない模様。
俺以外にも遠目からチラチラと視線は向けられているが……それらは好奇、あるいは無関心あるいは文句を言うほどではない些細な不快感といったラインナップ。
わざわざ面倒を被って助けに入ろうとする者は、時流も手伝って存在しない。
「…………………………」
相変わらず……なのかどうかは間を知らないため不明だが、口を開くことなく困った顔でナンパ男たちの口説き文句を聞き続けている少女も、まあグダついている一幕の原因だ。目を引く存在感に思考が読めないミステリアスも追加されたな。
────ともあれ、
「そんでコイツ、今度は絶対に可愛い子と恋したいって息巻いてて────」
「笑うなよバカ、理想は高くってなもんだろうが────」
「………………」
最早どんな会話の流れかさえも理解できないが、勇者二人の側も何やら必死。一体どれほどの熱意と覚悟を以って今日のナンパ行に臨んだのやら、美少女×一人きり×即死ナシという千載一遇のチャンス(?)に縋り退くに退けない様子だ。
これ、もう誰かが止めに入ってやらないと全員が救われないのでは、と。
思いつつも、再び。
やはり怖がっている様子には見えない少女の表情に、翔子たちに抱いている類の信頼を────無意識に、勝手に、押し付けていることに気付かないまま。
俺は、先程と併せて往復する形で、その場を通り過ぎようとした。
その時。
「っ……まあ、あれよ! なんというか、ずっと立ち話もなんだし────」
焦れて、逸ったのだろう。
ずっと自身の膝に置かれていた少女の白い手へ。勇者の片割れが唐突に、おもむろに手を伸ばしたところ。それまでは動かなかった彼女の細い肩が、
微かに跳ねた、その瞬間。
無意識だとか、反射的だとか、身体が勝手に動いただとか、言い訳はしない。
見かねた俺は、俺の意志で────
「ちょっと、いいかな?」
お節介へと踏み込んで、笑顔と共に声を掛けた。
つづく。




